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隣の転校生は重度の中二病患者でした。  作者: 夏風陽向
「消失する黒の存在」
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消失する黒の存在 part3

「それはどういう意味かしら?」



 沙希(さき)は冷ややかな目と声で黒山(くろやま)に問いかける。沙希のその表情を見た人に誤解されがちだが、これは決して沙希が黒山を侮蔑(ぶべつ)しているわけではない。周りの人にマイナスなイメージを与えてしまうだけであって、沙希のこの表情は「真剣そのもの」であるだけなのだ。


 とはいえ、沙希の表情がどんな意味を持っていようとも黒山は気にしない。あくまでも無関心のまま、自分の意見を自分のペースで述べる。



「先程の蜘蛛の話と同じようなことだ。何かしら日常的に見る動物と視覚や記憶を共有し、その女生徒を見ているんじゃないか? ということだ」



 普通の思考を持つ人なら発想し得ないことを述べた黒山に、沙希は前に垂らした長い横髪の毛先を右手の指先で弄りながら返答した。



「……それは気にしていなかったわね。そこまで範囲を広げるとなると、かなり犯人探しが困難になりそうだけれど、その辺りも警戒してみようかしら」


「そうだな。案外、動物の視覚ではなく、そこにたまたま通りかかっただけの人間の視覚情報を傍受しているという可能性も……いや、それはないか」



 黒山は動物を介した視覚情報の共有と、能力を使わずにただストーキングしているという2つ以外の可能性についても考え、口にするが、途中でその可能性を自分で否定した。


 黒山自身にとってはそれで完結しているが、それを聞いていた代表者達……特に沙希にとっては何が言いたかったのか気になってならない。



「勝手に自己完結しないで。最後まで話しなさい」


「……わかった」



 了承する直前にほんの少し溜息が出ていたように見えたが、誰もそこは気にしなかった。



「女生徒の近くをたまたま通りかかっただけの人間が見た情報を傍受する能力を使っている可能性について考えた。だが、これには犯人にとって難点が2つある。……1つは、女生徒の現在地をリアルタイムで把握していないといけないということ。もう1つは、女生徒の近くを通りかかる人間を把握していないといけないから、実質犯人は女生徒とその周辺の情報を一目でわかる場所にいなくてはならない。しかも、女生徒にはバレない位置に、だ。よって、この可能性は無いと思った」


「でも、それは動物も同じじゃない?」


「そうだ。だが、動物を操る……もしくは類似した形の使い魔を造り上げることだってあるかもしれない。まずはそこからだろう」


「わかったわ。紅ヶ原からは以上よ」



 黒山の意見を受け、沙希と奈月(なつき)は当面の捜査に動物の有無を確認することを追加し、報告を終了とした。


 沙希が着席したのを確認した針岡(はりおか)は、表情こそやる気のなさそうな気が抜けたものだが、雰囲気とは何処と無く満足しているようで「うんうん」と言いながら、何度か頷いた。



「こうして議論してこその場だからだなー。こんな感じだが(みつる)、うまくやっていけそうかー?」


「はい。経験不足で黒山先輩のようには発言できないかもしれませんが、やっていけられそうです」



 針岡の問いに対し、充は不安を少しばかり口にしながらも笑顔でそう答えた。


 針岡はもう1度「うん」と頷き、これといって他の連絡事項もないので、今日のところはこれでお開きにすることにした。



「んじゃあー、そんなところで。かいさーん」



 普段なら奏太(そうた)鎌田(かまた)はすぐに退出するのだが、今回は充という新メンバーがいる。奏太は話さずとも勝手に情報を『収集』するので、わざわざ話しかけなくても良いのだが、そうは言ってもやはり新メンバーが気になるようで2人とも終わってすぐ、座っている充に話しかけた。



「おう、新入り。俺は鎌田 浩二(こうじ)だぁ! よろしくな!」


「俺は金子(かねこ)奏太だ。まあ、よろしく」



 鎌田は豪胆に。奏太は少し照れながら、充に挨拶をした。


 その横で黒山は、鎌田が充に自己紹介しているのをかなり意外に感じた。かつて会議室で戦った時はもっと彼は尖っていたからだ。


 もちろん、意外に感じたからと言って、それを顔や口に出すことは無かったが―――



「あ、こちらこそ、よろしくお願いします! でも実は俺、鎌田先輩とは出身中学が一緒なので、鎌田先輩のことは知っていましたよ?」


「うぉっ、マジかよ!? 俺は知らなかったぜ……」


「鎌田先輩はかなり有名でしたからね。一方的に知っていただけですよ」


「あ? 俺が有名……?」



 充がその理由を答えにくそうにしているしているのを察した奏太は、勝手に『収集』していた情報から得たその理由を、充の代わりに話した。


 ちょっとした偏見を混ぜながら。



「素行の悪さでだろ? 関西だとか神奈川辺りにはいそうだが、この辺で浩二ほど素行の悪い奴はそうそういない」


「俺以外にも悪い奴、いただろ……。まあ、あいつらは意外と先を見据えてる部分もあったから、程々にしてたんだろうがなぁ」


「それにしても鎌田先輩。確か、瑠璃ヶ丘に進学されたと聞きましたが?」



 実を言うと、充は鎌田が瑠璃ヶ丘の制服ではなく、琥珀ヶ関の制服を着ていることに驚いた。鎌田は素行の悪さ故に有名であった為、どこへ進学したのかもほとんどの後輩が知っていたのだ。


 今度は鎌田が答えにくそうに右手で後頭部を掻きながら、どうにか過去を口に出した。



「あー……っとな、瑠璃ヶ丘でもちっとばかしやらかしちまってな。退学にされるところを校長がどうにか転校って形にしてくれたんだよなぁ」


「そうだったのですか。琥珀ヶ関へ進学した元同級生から『鎌田先輩がいる』と聞いた時には俺も驚きましたよ」


「へへっ、まあ、そうだわな」



 鎌田でも過去を語るのは少し気恥ずかしく感じるのだろう。今度は右手の人差し指で顎を掻いていた。


 鎌田が語った過去は間違いではないが、事実と若干異なる点がある。


 本当は同じ中学を卒業して一緒の高校に進学した清村(きよむら)卓也(たくや)によって、やってもいない喫煙をでっち上げられ自宅謹慎になったところを、更なる追い討ちをかけるかのように暴力事件まででっち上げられ、退学処分とされることになったのだが、鎌田は今や自分をちゃんと見つめてやり直している清村を「今更悪者にしたくない」という思いがあって、充にはそこまで細かくは話さなかったのだ。



「ま、そんなわけで今の俺ぁ、奏太と一緒に琥珀ヶ関の代表者をやってるってわけよ。よろしくなぁ、充!」


「はい! こちらこそよろしくお願いします」



 照れ隠しのつもりか、鎌田は奏太の肩に無理矢理右手を乗せて肩を組むと、そのままこの場を後にした。


 黒山ほどではないが、奏太もあまり人とは関わり合おうとしない。それでも、鎌田に肩を組まれて嫌そうにしないのは、相方として認めている証なのだろう。


 琥珀ヶ関の2人組が話し終えるのを見計らって、紅ヶ原の2人組も入れ替わるように話しかけてきた。


 ―――といっても、どちらかといえば充ではなく黒山に、だが。



「透夜がものを教える立場になるだなんて、未来はどうなるかわからないものね」



 沙希が嫌味っぽくそう言うと、奈月がすかさずフォローに入った。



「でも、透夜に教わるならきっとすぐに一人前になるんじゃないかな!? 一応、報告で充くんの能力は聞いてはいたけど、どんな使い方をするのかちょっと楽しみだなー!」



 それぞれ自分が思っていることを述べる2人だが、充に対して完全に大切なことを忘れている。


 お世辞にも「社交的」と言えない黒山がそれに気付き「やれやれ」と言わんばかりにフォローを入れた。



「充。こっちの性格がきつそうな方が地嶋(ちしま)沙希。そして、こっちの騒がしいのが天利(あまり)奈月だ」


「なっ……!」


「ふぇっ!?」



 意外と毒のある紹介に2人の女子高生は顔を歪める。そんな彼女らを見て、充は少し困った顔をした。



「ははは……よろしくお願いします」


「「…………」」



 しばらく黙り込んだ2人の女子高生。充の挨拶を受けながらも俯くと、やがて何かのスイッチが入ったかのように変なテンションで挨拶を返した。



「性格がきつそうな女だけれども、どうかよろしく頼むわね、充君」


「こちらこそよろしくね、充くん! 騒がしいけど、ごめんねー!!」


「は、はあ……」



 沙希と奈月は笑顔だった。だが、その笑顔はどこか恐ろしさを感じる。所謂(いわゆる)「目が笑っていない」というやつだ。


 入学以来……いや、もっとそれ以前から何かと女子に縁がある充は2人が「怒っている」ことに気が付いた。自分に好意を抱いている相手ならどうにか(なだ)めることが出来るかもしれないが、彼女らは黒山に好意を抱いている。そんな相手からこうして(けな)されたわけなのだから、充にはどうすることも出来なかった。



「……なんだよ?」



 充は「せめてもの」という思いで、黒山を見る。しかし、黒山には何も伝わっていないようだ。



「さて、性格がきつそうな女が側にいては充君も困ってしまうだろうから、私は先に失礼するわね」


「そうだね! 騒がしいのがいられても困るだろうし、ボクも帰ろうかなー! 行こう、沙希ちゃん」


「ええ」



 2人は一切、黒山の方を見ずにこの場を後にした。充はもちろん、針岡から見ても彼女らが怒っていたのは明確だったのが、やはりそれでも黒山には最後まで伝わらなかった。


 扉が閉まり、階段を降りていく音が消えてから、ようやく充はまともに口を開くことが出来た。



「黒山先輩。女子に対してあのような発言はやめるべきです」


「あのような発言……? 充、何が言いたいのかよくわからん。はっきり言ってくれ」


「はぁ……。ですから、性格がきつそうだとか、騒がしいとか言うのはやめるべきだと言っているんです。2人とも怒っていましたよ?」


「そうなのか?」


「……やはり気付いてなかったんですね」



 沙希と奈月と黒山の3人にどんな絆があるのか知らない充は、沙希と奈月の2人が何故、黒山に好意を抱いているのか理解出来なかった。


 だが案外、過去を知っているのかどうかはこの際あまり関係ない。


 何故なら「奈月と沙希の過去」という情報を『収集』した奏太でさえ、2人が黒山に好意を抱き続けられる理由が理解できていないからだ。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 針岡に追い出されるわけでもなく、自主的に旧・虹園塾を後にした黒山と充は解散せずに帰り道を歩いていた。



(……何故、ついてくる?)



 ーーーといっても、黒山は充に用があったわけではない。どちらかというと、充が勝手についてきているだけだった。


 もちろん、充には目的がある。



「黒山先輩は、随分と経験に富んでいるんですね」



「何が」と言わない辺り、この質問に関しては(いささ)か言葉足らずだと言えるが、黒山はこの質問の意味を勘違いせず理解した。



「ずっと、やってるからな」


「ずっと? この1年だけではなくて?」



 充は虹園(にじぞの)光輝(こうき)から代表者となるよう勧誘を受けた際、黒山の話をほんの少しだけ聞いていた。


 黒山透夜という人間がどんな人間なのかはまだわからないが、少なくとも「彼が最初からこの地にいたわけではない」ということは知っている。



「……黒山先輩は、一体いつから代表者をやっていたのですか?」


「…………」



 黒山はその質問を受けて俯いた。


 充が横目でその顔を覗くと、黒山はかなり恐い顔をしていた。


 気温は高い。寒気を感じる要素など何もないはずなのに、充の背筋が凍り付いた。



「充。お前には関係のないことだ」


「そう……ですか」



 背筋が凍る思いをしたからと言えども、やはりどれだけ重度の中二病患者と戦ってきたのかは気になる。しかし、それは触れてはいけないことなのだと充は自重した。


 引き下がった充を見て、今度は黒山が思い出したかのように質問をする。



「ところで充。先程も言ったが、お前は治療中だったはずだろ? 何故、代表者になることになった?」


「すみません、口止めされてますので」



 黒山の経験上、治療と判断された重度の中二病患者が代表者になる例はない。大体、無力化した代表者が仲間に勧誘するか、もしくは定例報告会にて勧誘の提案がされるくらいだ。


「黒山が知っている範囲で」という話であれば、確かに充の代表者入りは異例だと言えるが、人生には案外「異例」や「case-by-case」がつきものだったりする。……大体は、異例に当てはめられた人間にとって都合の悪いものなのだろうが。


 それはともかくとして。黒山の問いに対し、充は即答した。質問されることを予想していたということもあるが、この場合はそう答えられるように「刷り込まれている」と捉えられる機会的な答え方だった。


 しかし、黒山は何となくこの「異例」が誰の差し金なのかは予想できていた。予想はできていたが、黒山にとって不可解だったのはその狙いである。



「そうか。……大体の予想はついているが、虹園(やつ)は何を企んでいる?」


「ふふふ……」



 続く質問に充は笑いを堪えられなかった。真剣な表情、真剣な質問だというのは充にもわかっていたが、充にとって可笑しかったのは内容ではない。


 ほんの少し笑った後、歩くスピードを少し上げて黒山を追い越し、振り向いて止まる。


 そして、黒山と向き合って闇を彷彿させる黒山の瞳を真っ直ぐに見て口を開く。



「こういうことには勘が鋭いんですね。……ですが、何が狙いなのかは俺にも本当にわからないので答えられません。俺が代表者入りしたのは、定例報告会で自己紹介した通り。黒山先輩のお手伝いをする為ですよ」


「何の説明を受けていないのにか? 代表者を受けることでお前に何のメリットがある?」



「ザッ」と音を立て、黒山も充と向き合って止まった。異性だけではない、同性すらも引き寄せそうな美しい瞳を睨み付ける。



「もちろん、それなりの対価は貰っています。それに俺は、颯太とは違う形で槙田さんを守ろうとしているだけですよ。それが、俺に出来る友への償い方だと思ってます」


「…………」



 嶺井(みねい)颯太(ふうた)槙田(まきた)唯香(ゆいか)。2人は充の同級生である。


 唯香は重度の中二病患者だけでなく、異性を引き寄せて理性を崩壊させてしまう能力を持っており、常時ではないものの、時折効果が発動してしまって窮地に陥ることがある。


 かつても今も、幼馴染である颯太の『破壊』によって守られているし、最近は唯香の能力発動も落ち着いている。


 しかし、それでもいつ、唯香の能力が発動するかはわからない。格闘技に長けている相手ではない限り、普通の人が相手なら颯太が『破壊』を使わずとも無力化することが出来るので問題ないが、予め重度の中二病患者を取り締まれるならそれに越したことはないと充は考えたのだ。


 それらは事実であり、黒山にとっても納得できる話だ。虹園が何を企んでいるのか気になるところではあるが、ひとまずは充の言い分で納得することにした。



「……わかった。思うところはあるが、お前の言うことを信じる」


「ありがとうございます。何卒、ご鞭撻のほどよろしくお願いします」



 充はわざとらしく、尚且つ、礼儀正しく黒山に対してお辞儀をした。



「…………」


「それでは俺はこれで。失礼します」



 黒山の横をすり抜け、充は帰宅する為、自分の家へと向かう。



(……家、逆方向だったのか)



 性格的な意味で「人種が違う」こともあるが、黒山はより一層、充という男が理解出来なかった。


 実のところ、充は黒山の代わりに青木(あおき)が来ることを知らない。そして黒山も、充が「そのことを知らない」ということを知らずにいた。

読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。今回は本作と関係ない、ちょっとした文章を。


「しんどい」


残業を1時間で切り上げ、更衣室で着替えてから駐車場へ向かうと、ちょうど夜勤の早出残業に出る為、出勤してきた人とすれ違った。

その人は自分と同じくらいの年齢に見える女性だった。

暗くてはっきりと顔は見えなかったが、不思議と私にはその女性が輝かしく見えた。

それが1週間前の話。結局その日はただすれ違って挨拶するだけだったのだが、今朝の出勤時に大雨の中、更衣室へ小走りで向かっていると、たまたま出勤時間が被ったのか、正面にその女性が歩いていたのだ。

清楚な雰囲気と、しっかり染まられた茶髪。私は彼女を追い抜きつつ挨拶をすると、彼女が返してくれた挨拶は、これまた今まで聞いたことのないような、明るく爽やかで心地の良いものだった。

働く職場が違うであろう彼女の名前と所属がわからないが、一体彼女がどんな人なのか。私はきっと、それが気になり過ぎて夜しか眠れなさそうだ。本当にもう、しんどい。ーーー終。



ラノベに憧れて文章を書くのも良いですが、こういうのもぜひ、書いていきたいなと思います。


また次回。来週もぜひ読んでください! ありがとうございました。

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