消失する黒の存在 part2
沙苗の家に虹園親子が来訪してから最初の水曜日を迎えた。
水曜日といえば、毎週恒例で代表者達による定例報告会がある。
黒山には特にこれといって報告することが無かったが、他の2校から受ける報告はあるかもしれないので、いつも通りに誰よりも早く(といっても、建物の管理責任者である針岡よりは遅いが)旧・虹園塾の建物に到着し、いつも座っている席に座った。
そこまでは「いつも通り」であったが、他の代表者を待っていると、見慣れない顔の男子生徒が入ってきたのに黒山は気付いた。
黒山と同じ瑠璃ヶ丘高校の制服を着る男子生徒は、この場においては「見慣れぬ顔」であるものの、黒山は彼と面識がある。しかし、黒山にとって謎なのは「何故、彼がここにいるか」ということだ。
疑問を口に出そうとした時、彼は黒山の元へ寄り、一礼をしてから隣の席に座った。
「ご無沙汰しています、黒山先輩」
「お前は確か……萩野充だったか? 何故、お前がこんなところにいる?」
ゴールデンウィーク直前、重度の中二病患者として能力を使い、問題を起こした男である。
と言っても事実、彼が本当の意味で自分の欲に従って起こしたのではなく、むしろ被害者側が持っていた「襲撃者を惹かせる要素」が原因だったので、彼自身は無害だと言える。
だがしかし、クラスメイトである嶺井颯太との一騎打ちに敗れ、重度の中二病を治す為にカウンセリングを受けていたはずだ。
少なくとも、黒山が事件後に報告された内容では2ヶ月前の状態は「治療中」であったはず。今ここに充がいることに混乱よりも不審感を感じた。
充は誰にでも受け入れられる優しい笑顔を浮かべて黒山の問いに答えた。
「先輩のお手伝いに、ですよ。ご存知なかったのですか?」
「いや、聞いていないな……」
黒山の持っている情報と、充に与えられていた情報では齟齬が生じている。
(……どういうことだ?)
黒山が顎に手を当てて考え始めていると、その考え事を中断させるかのように針岡が3回拍手して宣言する。
「さーて、定例報告会を始めるぞー。……んだが、その前に充。挨拶してくれ」
「はい」
充はスッと立ち上がり、他の代表者の姿をそれぞれ見ながら自己紹介をした。
「萩野充です。今年、瑠璃ヶ丘高校に入学したので皆さんより歳下ですが、精一杯、黒山先輩のお手伝いをさせていただきます。よろしくお願いします」
充の存在には皆一様に驚いたようであったが、充の自己紹介に対して自然に拍手で応えた。
その直後、黒山は針岡の方を睨み、その真意を問う。
「どういうつもりだ? 俺はこんな話、聞いてないぞ」
「後輩育成の為だー。紅ヶ原や琥珀ヶ関はお前と違って、ちゃんと他に戦力となる重度の中二病患者がいるからなー。お前もこの機に、代表者をやってみたらどうだー?」
「確かに、萩野充が持つ能力は無力化に使える。だが、俺は1人で十分だ。それに萩野充は現在、治療中だったはずだろう!?」
先程まで冗談混じりかのような笑顔で問いに答えていた針岡だが、その問いに対しては急に真顔へ表情を変えて答えた。
「透夜、上からの指示だー。従え」
「ちっ……!」
黒山自身、例え「上からの命令」と言われても引き下がる性格ではない。それどころか、誰が相手であろうと気に入らなければ反論するのだが、今回は舌打ちだけで引き下がった。
ただし、それは決して納得したからではない。「指示を出された下っ端側」である針岡に何を言ったところで無駄だということがわかっているからだ。
少し険悪な雰囲気になってしまったことに困る他の代表者達だったが、1番不安そうな顔をしたのは他でもない充だった。
「黒山先輩。俺では先輩の足を引っ張ってしまうからでしょうか?」
「いや」
瞬間的に冷静になった黒山は、充の問いを即座に否定した。
彼の持つ『運命』の能力は、相手との相性さえ悪くなければ相手の戦意喪失を狙うことができ、比較的安全に無力化を図ることが出来る。
能力の効果、今後のことを考えれば充の存在はプラスになると言える。
「あー……そろそろ再開していいかー?」
黒山が黙ったところで、針岡は定例報告会を再開しようと声をかけた。
針岡にとって、黒山が納得できたかどうかなど、どうでも良いことだ。教育者としては失格な考え方ではあるが、今現在、ここでの針岡の立場は先生ではなく責任者。学校よりも社会の構造に近いこの場においては、納得できなかったとしても、針岡自身はもちろん、責任者達にも従ってもらわなくてはならない。
「じゃあ、各校の報告から頼むぞー。今日は琥珀ヶ関からなー」
報告する順番には特に決まりがあるわけではない。
報告しておきたい重大なことを針岡に事前報告をしておいた場合や、報告が始まった時に立候補しない限りは針岡の気分で順番が決まる。
今回は琥珀ヶ関の次に瑠璃ヶ丘。そして最後に紅ヶ原だ。
報告に向かない鎌田浩二は座ったまま、相方である金子奏太の方を見た。
奏太はそのまま立ち上がり、報告を始める。
「前回報告した事件については解決した。情報を収集しているうちに犯人がわかってな。幸い、戦闘に使える能力を持ち合わせてなかったから、突き付けたらすぐにお縄についた」
琥珀ヶ関は工業高校であり、その生徒は過半数どころか殆どが男子だ。クラスによっては希少価値とも呼べる女子が1人程度所属していたりするが、休み時間ともなれば他の少ない女子と群れを形成する為、案外近付けないという男子生徒が少なくない。
他校の女子生徒と出会いや接点があればまだマシなのだが、無いにも関わらず色恋沙汰に興味が絶えない生徒が事件を起こしてしまうことがあるのだ。
今回の場合、琥珀ヶ関では「強い妬みが原因で、他のライバル男子生徒に不幸を訪れさせる」という重度の中二病の能力を利用した事件が発生した。
奏太の能力で情報を『収集』し、場合によっては鎌田の『怒り』で無力化をしようとしたが、相手は妬んでいる対象にしか能力を行使することが出来ない為、最初は否認していたものの、鎌田の強い口調に怖気付いてしまったので容疑を認めたという結末だった。
もちろん、真偽を問わず、無理やり自供させるのはやり方が悪いので注意を受けたり、針岡やもっと上から信用されなかったりしてしまうので、奏太は余計なことを言わなかった。
犯人は確かにその生徒で正しいのだから、実質的には何も問題はないのだが―――
奏太はもう1つ気になったことがあったようで、それも付け足しで報告にあげた。
「そういや、情報を集めている中で気になったことがあってな。何か、コウモリのような鳥のような……そんな飛行する何かを飛ばしている奴がいた。それも何度もだ。ちょっとおかしいと思わないか?」
その報告に、相方である鎌田と黒山以外の代表者達は困惑した。不審な動きといえば確かにそうなのだが、それが重度の中二病患者と何の関係があるのかわからなかったからだ。
この集まりは警察や検察では解決できない……というか、信じ難い事件を解決・防止するための組織だ。そういった不審者のような内容はそれこそ警察の仕事である。
奏太の報告に補足する為、鎌田も立ち上がった。
「他の生徒にも聞き込みしてみたんだがよぉ、どーも、鳥が好きで……ってぇ奴には皆んな心当たりがねぇみてぇだ。鳥だかコウモリだかは知らねぇが、もしかしたらこれも重度の中二病患者に関係してるんじゃねぇか? ってな」
「……その人は鳥かコウモリを飛ばして、何をしているというの?」
奏太と鎌田の報告に対して、紅ヶ原の代表者の1人である地嶋沙希は真っ直ぐ綺麗に手を伸ばして発言した。
沙希の質問は最もなものだ。本来、奏太の能力『集められる為の硝子棚』があれば、使った対象の知識と記憶を集めることが出来る。今やその量が膨大なので、最近収集した内容であればすぐに思い出すことが出来るが、少し前となると奏太の精神世界内にある『硝子棚』から呼び起こしてくる必要があるので、若干時間がかかる。
とはいえ、報告する準備として呼び起こしておくのは当然。実際、奏太も『硝子棚』から再び情報を頭に入れようとした。
―――しかし。
「残念ながら、そいつに該当する情報はごく普通の生徒であることしか無かった。そいつの記憶から読み取れた内容も割とあやふやなもので、はっきりはしてない」
「そう」
ほとんど情報を得られなかったという答えだったばかりに、沙希の反応は冷たいものだった。……ように奏太は感じた。
実際、沙希の内心を代弁するなら「そんなつもりはない」なので、本当に奏太がそう感じただけだ。
「…………」
沈黙の空間が出来てしまったので、針岡は黒山の方を見た。
「透夜はどう思うー?」
黒山は再び顎に手を当てて、経験上で予想を語る。
「そうだな……。飛行する動物に対しては知らないが、家の中でよく見るような蜘蛛に似せた使い魔を能力で作り、その視界を共有するという奴なら取り締まったことがある。もしかすると、今回の場合もそういう可能性があるかもな」
黒山の予想に対して、奏太以外の代表者達は「成る程」と思った。しかし、奏太はその予想を肯定出来なかった。
黒山がその予想を確定だと言い切れないのには、奏太が思ったことと同じ理由がある。
「視界を共有する……ってなると、視界を共有したという情報を読み取れるはずだろ? 透夜の予想は間違いだと俺は思うけどな」
奏太の反論に、沙希と沙希の相方である天利奈月は「ムッ」とした顔で奏太を見た。
奏太は「スッ」と窓の方へ目を向けた。
奏太を庇う意図があったわけではないが、黒山はその反論を肯定した。
「奏太の言う通りだ。感覚の共有であるならば、見た・聞いた・感じた内容を奏太が読み取れる。となると、そこに別の何かがあるのかもしれないな。……いずれにせよ、調査してみる価値はある。そいつが重度の中二病患者でないなら警察に通報するか、放っておけばいいだけだからな」
黒山の意見に、奏太と鎌田の2人はもちろん、針岡も縦に首を振った。
「それじゃー、2人はその調査に取り掛かってくれー。けどな、事件が起こったら解決を優先しろよー?」
奏太は無言で。鎌田は「ああ」と言って再び首を縦に振り「報告は以上である」という意思表示で椅子に座った。
「ん。そしたら、次は瑠璃ヶ丘だなー」
黒山は無言で立ち上がる。正直、針岡は瑠璃ヶ丘の教員なので、普段から報告できるし、黒山は結局自分で解決しようとするので瑠璃ヶ丘だけのことで言えば報告する意味がほとんど無い。
しかし、それは黒山の独断でしか無い。本来の姿で言えば、場合によっては他校の代表者や協力してくれている重度の中二病患者の力を借りなくてはならないので、どんな些細なことでも情報共有する必要がある。
それだけでなく、意外なところで繋がりもあったりするからだ。
「報告することは無い。……そういえば、そろそろ文化祭の準備が始まるって聞いたな。何もなければいいんだがな」
それだけ言って黒山は椅子に座った。事件の発生はそれとなく報告するのだが、解決については詳しい話をしない。よって、大体は針岡が補足説明をして終わりとなる。
今回は特に報告事項が無かったので、針岡も補足はしなかった。
「まあ、文化祭は浮かれやすい時期だからなー。その瞬間に重度の中二病患者として目覚める奴がいなかったとしても、隠してた能力を発動して問題を起こす例も無くはないからなー。……んじゃー、最後に紅ヶ原。頼むなー」
「はい」
普段、針岡に対してタメ口……というか、殆ど「上から目線」で話す沙希だが、指名された時は「キリッ」と返事をして立ち上がる。
これは敬意を払っているというよりも、教育の賜物というものだろう。
「紅ヶ原でもこれといって事件は起こってないわ。……けれど、最近『視線を感じる』と相談してきた生徒がいたの。不審者の可能性もあるし、警察に届け出る前に確証が欲しかったから、私と奈月で警戒してみたけれど、それらしき不審者は見つからなかったわ」
「でも、何とかしてあげたいんだよねー……!」
奈月は座ったまま、自分の思いを口にした。
その報告を受け、誰も「自意識過剰なのでは……?」という発言はしなかった。
「誰も思わなかったか?」と問われれば、それはまた別の話なのだが。
黒山は沙希の報告を聞いて思うところがあったのか、手を挙げて質問をした。
「沙希。それは人に限ったことなのか?」
読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。
作者としては非常に言いにくいことなのですが……。
正直、黒山より充の方が無力化に適任なのでは!? と書きながら思ってしまいました。
能力の内容は黒山とどっこいなところがあると思いますが、性格で言えばよっぽど充の方がやりやすいかもしれません。社会的に見ても、充の方が大人ですからね。
久々に定例報告会を細かく書いた気がします。この章は何かと定例報告会の場面が出てくるものになるかと思います。
それではまた来週。次回もぜひ読んでください!
もし差し支えなければ、感想も下さると嬉しいです。褒めるところがなくて「こういうところがつまらない」というのでも、私としては研究材料になりますから……!




