乙女の憧れは
アタシは膝の上のリーゼロッテが、もぞもぞと動くのを感じた。
起きたのかしら?
読んでいた本を持ち上げて、本ごしにリーゼロッテの様子を見る。
リーゼロッテのまぶたがゆっくりと開き、パチパチとまばたきをした。そのままゆっくりとまぶたが閉じようとして、今度はカッと見開いた。
「え! え!」
リーゼロッテがガバリと起きた。
リーゼロッテの身体にかけていた肩かけが、するりと落ちる。
「膝ごめんなさい!」
「あら、いいのよ。よく眠れたかしら?」
アタシは肩かけを取り、リーゼロッテの肩にふわりとかけた。
「うん。とっても。ありがとう」
リーゼロッテは肩かけの端を掴んで、恥ずかしそうにしながらも笑った。
「それは良かったわ」
アタシは読んでいた本を自分の隣に置く。
「ジークベルトは何を読んでいたの?」
「これは『月夜の仮面と薔薇の騎士』という恋愛小説よ」
アタシは本をリーゼロッテに渡す。
ジークベルトの蔵書にはさすがに恋愛小説はなかったので、マリアンネに頼んで、他のメイドに買って来てもらった。
前世のアタシはライトノベルも読むけど、少女小説も読んでいた。
「王都へ向かっていた貴族の娘が道中で襲われるのだけど、そこを仮面の男に助けられるの。その後も何度も命を狙われるのだけど、その度に仮面の男に助けられ、貴族の娘は仮面の男に恋をしてしまうのよ」
「ふーん」
リーゼロッテは本を地面に置いてパラパラとページをめくる。
「面白いの?」
「ええ、とっても。颯爽と現れる仮面の男が凄くかっこいいのよ。ヒロインのピンチに風のように現れて、敵をあっという間に倒しちゃうの。あと敵のアジトから、ケガをしたヒロインをお姫様抱っこで助け出すシーンが最高なのよ!」
アタシはこぶしを振り上げて語った。
「お姫様抱っこがいいの?」
「そうよ! お姫様抱っこは乙女の憧れじゃない!」
前世でも、お姫様抱っこは憧れだった。
でも、乙女として生きることを選択した時には、誰かにお姫様抱っこをしてもらえるような体格じゃなかった。
それに気が付いた時は、自分の巨体を呪ったわ。
どうして大きく育ってしまったのかと……。
ん?
でも、待って。
もしかして、今のアタシなら、お姫様抱っこも可能じゃないかしら?
今のアタシはまだ子供。
たとえ男だったとしても、子供の体格ならお姫様抱っこも余裕じゃない!
アタシはこの事実に震えた。
夢が叶うかもしれないなんて、感激だわ!
「って、あら? リーゼロッテは興味ないのかしら?」
つい一人でテンションを上げてしまったけれど、アタシはリーゼロッテの様子に少し冷静になる。
リーゼロッテは本のページをめくっているものの、その瞳に熱は感じられなかった。
「されたくない? お姫様抱っこ」
「うーん。別にされたくはないかな」
リーゼロッテは女の子が好きそうなものに、こんな感じで興味を示さないことがあった。
女子トークでリーゼロッテとキャッキャウフフしたいアタシとしては、少々物足りなく思っていた。
男兄弟がいると男の子っぽくなることがあるけれど、リーゼロッテもそれかしら?
そういえば、『最弱種族の竜槍者』のリーゼロッテは、他のヒロインたちに感化されてデートとかに興味を持っていたわね。
まだ乙女になる時期ではないのかしら。
残念だけど、これはしょうがないわね。
「ジークベルトはされたいの? お姫様抱っこ」
「ええ。されたいわ。素敵な殿方の腕の中で、ギュッとされながら身体を預けるの」
アタシは胸の前で手を組み合わせる。
「そして、アタシは殿方に腕を回して、殿方と見つめ合うのよ」
その見つめる先にあるのは、澄んだブルーの……。
って、また一人で盛り上がるところだったわ。
リーゼロッテは相変わらず熱のこもらない瞳で、本のページをめくっていた。
「読んでみる?」
せめて本の感想でキャッキャウフフ出来ないものかと、アタシはリーゼロッテにすすめてみた。
ダメもとだけどね。
「……読んでみる」
リーゼロッテからは意外な言葉が出た。
「本当に?」
「うん。参考になりそうだし」
意外と乙女の目覚めは近いのかしら?
恋愛小説を参考に、乙女趣味に興味を持ってくれれば嬉しいわ。
「なら他にもいっぱいあるから貸してあげるわよ!」
「……とりあえず、これだけでいい」
「あらそう?」
五冊でも十冊でも貸してあげたかったのに。
残念だわ。
まあ、急ぐこともないわね。
ここからゆっくりゆっくり好きになってもらえばいいのだから。
「じゃあ、そろそろ帰りましょうか」
まだ明るいけれど、日は傾き始めていた。
アタシの家からリーゼロッテの屋敷へは少し時間がかかる。
そろそろ帰らないと、リーゼロッテの帰宅時間が夜になってしまう。
アタシはリーゼロッテ乙女化計画を頭の中で練りながら、帰る身支度をした。