ランチタイムで
「そろそろランチなどいかがでしょうか?」
あと十回で素振り千回というところで、声をかけられた。
マリアンネが来ていたのは、視界の端に捕えていた。
もうそんな時間なのね。
素振りをしたままマリアンネに頷いて、食事の用意を始めてもらう。
「残り十かーい!」
「はい……!」
リーゼロッテの腕はほとんど上がっておらず、剣先もフラフラになっていた。
「残り少しよ。頑張りましょう」
「はい!」
残りの十回をリーゼロッテとともに剣を振る。
「千回!」
最後の一回を振った時、リーゼロッテは剣を落とした。
「もう、ダメ〜……」
両腕をダラッと伸ばし、リーゼロッテは疲れ切った顔をする。
リーゼロッテの頬を汗が伝った。
限界ね。
「お疲れ様。さあ、食事にするわよ」
アタシはリーゼロッテが落とした剣を拾い、マリアンネがいる木の下まで行き、自分のと一緒に剣を木に立てかけた。
「わーい」
リーゼロッテと二人で、マリアンネが用意してくれたシートの上に並んで座る。
マリアンネは木の下に、シートを敷いてくれていた。
日陰になっていて、ランチをするのにちょうど良さそうだわ。
木が風でさざめき揺れるたびに、木漏れ日もチラチラと揺れる。
運動後のほてった身体には、たまに吹く風が気持ち良かった。
「こちらをお使い下さい」
マリアンネから濡れたタオルが渡される。
「ありがとう」
アタシは濡れたタオルで手を拭いた。
「どうしたの? リーゼロッテ?」
リーゼロッテはまだタオルを受け取らず、キョロキョロと周りを見ている。
「いらしたのはマリアンネだけでしょうか?」
「ああ、大丈夫よ。マリアンネ以外は来ないように、お願いしてあるから」
「はい。私だけでございます」
「何だ。そっか」
リーゼロッテは少しだけ固くしていた顔をゆるめた。
リーゼロッテはアタシとマリアンネ以外がいる時は、きちんとした喋り方をする。
本来ならどんな時でも喋り方には気を付けなければいけないけれど、誰だってリラックスはしたいわよね。
女言葉を使うアタシと接するうちに、リーゼロッテの喋り方はくだけたものになった。
「さあ、食べましょう」
アタシはシートの中央に置いてあるバスケットを開けた。
「あら、おいしそう」
バスケットの中には、サンドイッチと果物が入っていた。
筋肉に良い食事をリクエストしておいたけど、なかなかおいしそうだわ。
サンドイッチはタマゴサンドにサーモンサンド、お肉のサンドイッチもあって、ボリューム満点だった。
「どうしたのリーゼロッテ?」
リーゼロッテはまだタオルを受け取っていない。
手を下ろしたまま、受け取ろうともしていなかった。
身体を動かしてお腹が減っているはずなのに、どうしたのかしら?
「そ、それが……。手が上がらなくて……」
ああ、なるほど。
素振りの練習で腕が上がらなくなったのね。
「ふふ。凄く頑張ったものね」
アタシはリーゼロッテの頭を撫でる。
リーゼロッテはアタシが褒めると嬉しそうに笑った。
もう。
可愛いんだから。
アタシはマリアンネからリーゼロッテの分の濡れたタオルを受け取り、素振りでかいた汗を拭いてあげる。
リーゼロッテは少し戸惑った顔をしたが、すぐに目を細めて気持ち良さそうな顔になった。
「アタシが食べさせてあげるわ」
「え!」
リーゼロッテを拭きながらアタシがそう言うと、今度は目を見開いて、リーゼロッテは驚いた顔をした。
ウフフ。
顔が大忙しね。
「だって腕が上がらないのでしょ? 遠慮はいらないわ」
アタシはタオルを置いて、バスケットに入っていたナイフを取り、リーゼロッテの分のサンドイッチを一口サイズに切る。
そして、フォークで一口サンドイッチを刺し、リーゼロッテの口に持って行った。
「はい。あーん」
「え! え!」
リーゼロッテの瞳が右往左往している。
身体をそわそわさせていたけれど、やがて決心したのか、リーゼロッテは目をギュッとつぶって口を開けた。
あらやだ可愛い。
目をつぶる必要なんてないのに、恥ずかしかったのかしら?
フフフ。
アタシはサーモンサンドをリーゼロッテの口に入れる。
モグモグと口を動かしていたリーゼロッテは、目を開いてパアッと顔を明るくした。
「おいしい!」
アタシもお肉のサンドイッチを食べる。
「これもおいしいわ。コショウがきいているわね」
リーゼロッテにもお肉のサンドイッチを食べさせる。
「うん! これもおいしい!」
アタシは雛鳥に餌をやる気分で、リーゼロッテの口の中にヒョイヒョイとサンドイッチを入れていった。
リーゼロッテに食べさせるのは意外と楽しく、なかなか良いランチタイムとなった。