デートという名の
遠出と言っても、目的地は屋敷からはそんなに離れていない森の中で、湖の近くにひらけた原っぱがあり、そこで語らうという名目である。
アタシには誰かがいるところに出かけることは許されていない。
女言葉のせいで。
森の中とはいえ、本来なら出かけることじたいに良い顔をされないのだけれど、そこは婚約者のリーゼロッテがいるので、デートとして特別に許されていた。
デートらしいことなんて微塵もしていないけれどね。
湖のそばで、アタシとリーゼロッテは剣を構えて対峙していた。
可愛らしい瞳で睨まれても恐くないけれど、キャッキャウフフとは遠い雰囲気で、アタシの気分は沈む。
「ジークベルト? どうしたの?」
リーゼロッテが睨むのをやめて、心配そうな表情でアタシを見た。
あら。
顔に出ていたかしら。
アタシは心配かけないように、リーゼロッテに微笑む。
「いいえ。何でもないのよ。さあ、再開しましょう」
そして、アタシとリーゼロッテは剣の打ち合いを再開した。
この遠出はデートとは名ばかりで、実際にはリーゼロッテと剣の練習をしていた。
リーゼロッテには兄がいる。
兄が家庭教師に剣の授業を受けているのを見て、リーゼロッテも教わりたいと思ったのだけど却下され、近距離戦となる剣の練習をするよりも、遠距離、中距離の戦闘となる魔法の技を磨きなさいと両親に言われたと、リーゼロッテが説明してくれた。
確か『最弱種族の竜槍者』のリーゼロッテは、火魔法の使い手として、トップクラスの実力を持っていた。敵に接近されなければどうということはないと勝ち続けていたけど、主人公とのバトルで接近戦に持ち込まれ、リーゼロッテは負けてしまう。それで、主人公の強さが知れ渡ることとなり、主人公の元に様々な人物たちが集まっていく。
というのが、『最弱種族の竜槍者』の序盤の展開。
リーゼロッテの接近戦が苦手という欠点は物語後半にも響き、戦争中においてジークベルトにもそこを突かれてピンチに陥る。
アタシはリーゼロッテと絶対に戦わないけど、ことは戦争。
どうなるかなんて分からないのだから、可愛いリーゼロッテの欠点は出来るだけ減らしておきたいわ。
「脇が甘いわよ!」
アタシは切りかかって来たリーゼロッテの剣先を、自分の剣で受け流し払う。
払われた剣の勢いに負けたリーゼロッテの身体がフラリと右に流れ、無防備な身体をアタシに晒す。
アタシはそこを逃さずリーゼロッテに突進し、すれ違いざまにリーゼロッテの頭を剣の腹でコツンと叩いた。
「ああー……。また負けた」
振り返ると、リーゼロッテががっくりと項垂れている。
「脇が開いていたわよ。その状態では剣がふらつくし、簡単に払われてしまうわ。それに、剣に力がうまく伝わらず、力をのせることも出来ないのよ」
アタシはリーゼロッテの後ろから抱き付くようにして手を回し、リーゼロッテの手の上から自分の手を被せて説明をする。
「剣を握る時も両手でただ握るのではなく、しっかり小指をしめて……。って身体が固いわよリーゼロッテ。そんなガチガチにならず、もう少し力を抜くのよ」
「わ、わかったから! わかったから今度は一人で構えてみる!」
「あら。そう?」
アタシはリーゼロッテの正面に回り、リーゼロッテの構えを確認する。
「大丈夫そうね。それじゃあ、そのまま素振りといきましょうか」
アタシは後退り、リーゼロッテから少し離れてアタシも剣を構える。
「素振り千回!」
アタシの宣言を聞き、正面のリーゼロッテがギョッとした顔をした。
「そんなに振るの?」
「その構えを身体へ叩きこむためよ。敵と戦う時に、いちいち構えを確認なんかしていられないもの。自然に構えられるようになるまで、徹底的にやるわよ。こういうのは積み重ねが大事なんだから」
「でも、千回は……」
眉をハの字に下げ、リーゼロッテが情けない顔をする。
「素振りは剣を扱うための筋力を付ける意味もあるの。振る回数を少なくしたら意味がなくなるわ。それに、お兄ちゃんに勝つにはこれぐらいやらないと。ね」
アタシはリーゼロッテにウインクした。
リーゼロッテは“お兄ちゃん”と聞いてハッとした顔をする。
そして、眉をキリリと上げ、リーゼロッテの顔に覇気が戻った。
負けず嫌いなリーゼロッテには、効果覿面ね。
何かというと兄と張り合い、頑張るリーゼロッテ。
年上だから負けたってしょうがないのに、それでもリーゼロッテは勝とうと努力する。
眩しいぐらいに真っ直ぐで、色んなものを捨てて大人になったアタシには、リーゼロッテがキラキラと輝いて見えた。
アタシはそんなリーゼロッテを好ましく思っていた。
「やる! 千回やる!」
リーゼロッテが元気に叫ぶ。
「そう来なくっちゃね」
アタシとリーゼロッテは素振りを開始した。