うっかりしたけれど
医師による診察を受けた結果、身体には異常がないと診断された。
けれど、染み付いた女言葉が簡単に直るわけもなく、うっかり使うたびに両親や使用人たちに心配され、前世の記憶を取り戻してから数日後、ついに熱で頭がおかしくなったと判定された。
自分の部屋の鏡台の前に座り、アタシは鏡台にヒジを付いて両手でアゴを支え、長いため息を吐いた。
「仕方のないことだけれど、結構こたえるわねえ……」
父に話しかければすげなく返され、母に話しかければ目をそらされる。
両親の腫れ物にでも触るような態度に、アタシは傷付いていた。
しかも、女言葉がバレないよう、知り合いに会うのも制限されている。
もちろん貴族同士の集まりなんてもってのほかで、パーティーの招待を受けても、高熱を出して以来、病弱になったという設定で全て断られていた。
こういうのを軟禁って言うのかしら。
こんな扱いが嫌なら女言葉をやめて、前世を思い出す前までみたいにふるまえばいいんだろうけど……。
アタシは気付いたのよ。
このまま女言葉を使い続ければ、未来が変わるかもしれないって。
前世を思い出して女言葉を使っていなければ、“俺”はこんな状況に置かれていなかったもの。
これは劇的な変化よ。
どこまでライトノベルの筋書き通りの未来になるのかは分からないけれど、これは死亡フラグを折りたいアタシには、見逃せない変化だった。
それを考えれば、むしろ女言葉ウエルカムじゃないかしら?
アタシは『最弱種族の竜槍者』の主人公と戦う気はさらさらないけれど、戦争へ強引に借り出されないとも限らないし、未来がどうなるかなんてアタシには分からない。
分かっているのは何もかもが『最弱種族の竜槍者』と世界設定と人物設定が同じってことだけなのよ。
物語が始まるのはまだまだ先で、ライトノベルと同じなのか確認することも出来ない。
過去話もされていたけれど、それは思い出として語られていたに過ぎないから、情報としては不確かだった。
もしかしたら、たまたま偶然、前世のライトノベルと似ていましたーってことも考えられるけれど……。
ちょっと無視できないぐらいにそっくりすぎるわ。
アタシはもう一度ため息を吐きながら、鏡の中の自分を見た。
切れ長の青い瞳に、筋の通った高めの鼻。ほっそりとしたアゴをしているが、適度に痩せているだけで、ガリガリというわけではない。
挿し絵のジークベルトよりか少し幼いけれども、その顔はジークベルトそのものだった。
これも偶然ですう、なんてどうして言えようか。
ジークベルトはヒロインの婚約者というポジションなだけあって、顔の造作はかなり良いのよね。
目つきの悪さを除けば、だけれど。
さすが『最弱種族の竜槍者』の主要悪役なだけあって、悪そうな顔をしているわ。
くっ。
せっかくのイケメンがだいなしよ!
アタシは心の底から悔しがった。
貴族なだけあって肌はつやっつやだけど、つり目ぎみの三白眼はいただけない。
「くりっくりの丸い大きな瞳だったら、もっと可愛かったのに残念だわ」
キラキラの金髪も相まって、目つきさえ良ければ、薄幸の美少女ならぬ薄幸の美少年として、ここから誰かに救いだされていたかもしれない。
「なーんて夢を見る年頃でもないけれど、この顔じゃ万が一にもないわね」
助け出されるより、死んだと思われていたのに実は生きていて、ゾンビの如く復活してくる顔だもの。
アタシは鏡の中の自分を見ながら、フゥとまたまたため息を吐いた。
「ホーントこの欠点さえなければかなりイケメンなのにね」
アタシは鏡に映る自分の目をちょんちょんとつつく。
そんな風に自分の顔を嘆いていると、部屋の扉がノックされた。
「ジークベルト様。リーゼロッテ様がいらっしゃいました」
マリアンネの声だ。
「わかったわ」
アタシはリーゼロッテを迎えるべく、部屋を出て玄関に向かった。