釜の蓋
クラウスが!
クラウスが!
目の前にいるわ!
アタシの愛する『最弱種族の竜槍者』の主人公、クラウスが目の前に!
クラウスが両目をいっぱいに見開いて、アタシを見ている。
はあああん!
目が合った!
クラウスと目が合ったわ!
というか。
え?
え?
つまり、アタシはクラウスに、膝枕をしてもらっているということ?
このぬくもりはクラウスのぬくもり?
アタシは今、クラウスの中にいるの?
ウソ!
ウソ!
こんなことが!
こんなことが!
現実になるなんて!
アタシはクラウスを見つめたまま、感激に言葉を失った。
「え、えっと……?」
クラウスがアゴを引いて顔を遠ざける。
ああん!
もっと近くに来て!
「クラウス様?」
クラウスの父親が怪訝な声を上げる。
「クラウスはこの子と知り合いなのか?」
クラウスは戸惑った顔で父親を見て、黙ったまま首を横に振った。
戸惑った顔も良いわあ。
そのままこちらを見てくれないかしら。
「じゃあ、何で……。ん? 馬車が来る」
クラウスの父親の声が硬質なものとなり、場に緊張が走った。
まさか新たな敵?
クラウスの父親は、クラウスごしに道の先を見ていた。
アタシはクラウスを見つめていたい気持ちを抑えて、クラウスの腰の横から身体を少し傾けて顔を出し、クラウスの父親が見ている方に目を凝らした。
アタシたちが来た道から、馬車が来るのが見える。
あの馬車は……。
「アタシの家の馬車だわ」
まだだいぶ遠いけれど、ボルネフェルド家の紋章が、馬車の屋根付近に小さく見えた。
敵ではないことにホッとする。
でも、まずいわ。
「手当をありがとうございました」
まだ続く背中の痛みを我慢しながら、アタシは身体を起こす。
「まだダメだよ。治りきっていない」
クラウスの父親が止めようとしてくる。
けれど、完治するのを待つ時間はなかった。
「いえ、おかげさまでだいぶ楽になりましたわ。もう大丈夫です。それより、早くこの場を発ってください」
「どうしてだい?」
「ごめんなさい。本当ならきちんとお礼をしたいのだけど、アタシの家の者がアナタたちに対して失礼なことをするかもしれないので……」
アタシは顔を曇らせる。
あの馬車にいるのがマリアンネだけならそんな心配は必要ないけれど、他の使用人もいるならどうなるかは分からない。
最悪、クラウスたちを襲撃犯の仲間だとして、捕らえることもあり得る。
アタシの両親は魔族を差別する貴族派。
アタシが助けてもらったことを説明しても、魔族に助けてもらった事実を消そうとして、事実を捻じ曲げるかもしれなかった。
「ああ、なるほど」
失礼なことの意味を理解してくれたようで、クラウスの父親は苦笑した。
「君が気にすることはないよ。君のせいではないのだから」
さすがクラウスの父親ね。
とってもお優しい方だわ。
これは……。
たまらないわね。
ステキな性格に精悍な顔つき。それに、厚い胸板のたくましい身体。
アタシの目にはとても魅力的に映った。
「そういうことなら、すぐにここを離れよう。行くぞクラウス」
「うん」
クラウスとクラウスの父親が立ち上がる。
「本当にありがとうございました」
アタシは痛いのを我慢して、ペコリと頭を下げた。
「無茶をせず安静にするんだよ」
それだけ言って、クラウスとクラウスの父親は森の中に入り、すぐに見えなくなってしまった。
アタシは二人が消えた先を見つめ続ける。
もっとクラウスといたかった。
それが、正直な気持ち。
前世で恋い焦がれ続けたクラウスが目の前に現れて、胸が張り裂けんばかりの衝撃だった。
もっとお話しして。
もっと顔を見つめて。
もっと触り……。まくるのはまだダメね。
それは大人になってから。
とにかく、もっと時間を共有したかったわ。
共有して、もっと親密になりたかった。
でも、今はまだその時期じゃない。
もう戻って来ないことは分かっているけれど、アタシは二人が入って行った森から、目が離せなかった。




