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うさぎぶし  作者: わに飯
1/4

雪山

思いついたのでつらつらと

不定期更新でテキトーに書いていこうと思います

 空は薄く白く見えた。

 同時に出ている月、二つの満月が筋のような雲を照らす。

 雪が深く積もっている。木々も雪を被り、ひどく重そうに頭を垂れていた。

 勾配は緩い。おそらく季節が巡れば一面の草原になるのだろう。

 山の稜線が月に照らされ、薄く白く見える。遠目には欠けたのこぎりの刃のような山だ。中腹のそのなだらかな雪原を過ぎれば登頂ルートは限られたものになる。道もひどく険しくなり、土地の猟師もそれより先には滅多に行かないのだと言う。

 しんとした雪原の静寂。それを嫌うように無造作に雪を踏みしめる音が響く。

 大ぶりの輪かんじきを履いた足が積もった雪を蹴散らし、踏み固める。あまり足下に気を配っていないのか、どこか無遠慮で乱雑で、力強い歩みだった。

 中肉中背、というよりは少々大柄だろう。毛皮のものらしい防寒着の隙間から覗く面影は若く、むしろ少年と言った方が良いかもしれなかった。


「……む」


 何かに気づいたかのように、小さく声が漏れた。

 遠くを見透かすように細めた目が、雪原の中の人工物を捉えた。

 猟師小屋だ。

 雪への対策だろう、支柱を立て、その上に居住空間を設けてある。雪に埋もれてしまっている本来の一階部分は、きっと薪が積まれ、倉庫にでもされているに違いない。


「ここで半分くらいか」


 男は小屋に近寄り、独り言を呟いた。

 少し首を傾げると、懐から羊皮紙を取り出し、目を走らせる。

 次いで空を見上げ、月の位置と星の位置を確認すると、よし、と言うように一つうなずいた。


「明日中には着くか」


 猟師小屋はただの目印だったらしく、男は休む様子も見せず、再び歩を進め始めた。


 ◇


 崖の縁に足跡が乱れていた。

 よくよく見れば足跡だけではない。人が倒れた跡、あるいはもみ合いでもあったのか、雪に血の染みらしきものもついている。

 男は不審げに目を細め、その続いている足跡を目で追った。

 複数人らしい足跡は、その履き物の大きさを考慮しても、ばらつきがある。ノーマルの人間種と同程度のものからその倍ほどの大きさのものまでだ。

 雪がちらほらと舞い始めた。

 山の天候は変わりやすい、すぐに吹雪が来て足跡を消してしまうかもしれない。

 何があったのかはともかく、追おうとするなら足跡の残る今なのだろう。

 男は考えあぐねたように、額を指でとんとん叩き、何気ない様子で崖に近づいた。

 切り立った崖から下を覗き込み、何かを見つけたのか、唸るような声を発したかと思うと──ためらいもなく崖から飛び降りた。

 二十数メートルもあるだろう断崖、ビルで言えば七階程度の高さだろう。普通に落ちればただでは済まない、どころか命を落としてもまったくおかしくないはずだった。

 垂直に近い壁面、そこから顔を覗かせるごつごつとした岩を足場に一蹴りし、着地。衝撃で深く積もった雪が舞う。

 雪がクッションになったのか、男はどうという事もなかったように再び歩きだそうとし、いぶかしげな顔になると、ため息を吐いた。


「あぁ、持たなかったか」


 ブーツに履いた輪かんじきが壊れていた。岩肌を体重を乗せて蹴りつけるなどすれば、それも当然かもしれない。

 男がとりあえずの応急処置を終えた時、天候が変わり始めていた。

 雲がかかり、月の一つを隠してしまう。雪はまだ本格的でないものの、身の芯まで凍り付かせるような寒い風が吹き始めた。

 さすがに寒さを感じたか、一つ身震いをし、白い息を吐く。男は周囲に視線を走らせ、崖の上から見えたものが間違いではなかった事を確認した。

 血痕、それに足跡だ。

 断崖からはあちこちにむき出しの岩が見えている、雪が積もっていないのだ。落ちる最中にぶつかり、堆積した雪を巻き込み落下したのだろう、と考える。


「一度は埋もれて、足をひきずりつつも歩いている」


 血痕と足跡を追いながら男はつぶやき、そして眉をひそめた。

 間近で見ればその足跡は靴底などではなく、裸足のそれにしか見えない、それに小さい。雪の沈んでいる深さからもよほど体重が軽い事がわかる。

 子供だろうか、と思い、あまり面白い事態になりそうもない事を予感したのだ。

 崖下の緩やかな斜面、足跡と血痕を追いしばらく歩くと、さらにまた崖となっているようで、男はかすかに暗い表情になった。

 天候はすでに荒れ始めており、吹いた風に雪が舞い見通しは悪い。そんな中、男は何を見たのか、やはり無造作に崖から身を降らせ、生えている木々を足場に、山の鹿か山羊のような足取りで下って行く。

 崖下は枯れ沢のようだ、男は周囲を見回し、目を瞠った。


 雪の白の中、紅い花が咲いているようだった。

 小柄な女だ、少女と言っても良いだろう。そんな少女が力尽きたように、岩にもたれかけていた。

 髪が白く、睫も白く、肌も白い。

 耳は長く、伝え聞く人の文化とは交わろうとしないアドラーの容姿とも似ていた。

 出血が多かった。いずれかの血管が傷ついたのか、この寒さの中凍り付くもなく雪に滲むほどだ。


「……おい!」


 男は近づき、内心では諦めながらも声をかけた。

 少女の反応は無い。

 よくよく見れば、手足には拘束具をはめられていたものらしい傷跡が見え、かろうじて衣服の体裁を保っているだけの服は、どこか男の劣情を催す目的のみに作られたもののようだ。

 境遇も判ろうというものだった。

 男はため息を吐く。


「まったくいつの世も……」


 そんな年寄りめいた事を口の中でつぶやく。

 せめて葬ってやろうと、その小柄な体を抱き上げようとし、男は驚きに目をまばたいた。

 ──まだ息がある。

 よし、と頷き、背嚢から大きな毛皮を引っ張り出すと、それで少女を包み、抱え上げた。


「強い奴だ、もう少し頑張れよ」


 聞こえてはいないだろうが一声をかけ、吹雪の中、それをものともせぬ足取りで歩き始める。


「……道が合っていればいいんだが」


 誰ぞが聞いていたら、力が抜けてしまうような独白を残して。


 ◇


 ぱちり、ぱちりと木の爆ぜる音がする。

 鉄のストーブの上に置かれた鍋の水が沸き、室内の空気に湿り気を与える。

 昨夜の吹雪で積もった屋根の雪が、熱で溶かされたのか鈍い音を立て落ちていった。


「……ぁ」


 注意していなくては聞き逃してしまいそうな小さな声が、少女の口から漏れた。

 男は耳ざとくそれに気づき、簡易的なベッドに寝かせている少女に近づき、様子を見守る。

 少女の顔色は相変わらず白い、ただ唇や頬には薄く紅くなり、血色はそう悪くないようだ。

 やがてゆっくりと瞼を開けた。赤い、紅玉のような瞳だ。夢うつつなのか──ひどくぼうっとした様子で、目の焦点も定まらない。


「あー、……気分はどうだ?」


 かける言葉に迷ったのか、ためらいを含んだ言葉になった。

 少女は未だ意識がはっきりとはしない様子で、のろのろと男に視線を合わせ、しばらく停止し、やがてああ、と呟いた。


「……ヒロだ、そっか、学校かあ。すごい……夢見ちゃってさあ……」


 途切れ途切れに言い、再び瞼が閉じかかる。

 ヒロ、と呼ばれた男は驚きに目を大きくしながらも、首を振り、口を開いた。


「ああ、大丈夫だ。眠いなら……寝ておけよ」


 何が大丈夫なのかは判らないが、とりあえず、といったように口に出す。

 少女は未だに夢と現の合間に居るのか、うん、と間延びした返事をし、少し安らいだように目を閉じた。

 静かに寝息を立てている事を確認し、男はため息を吐いた。


「なんとなあ……」


 こちらで学校という単語を聞くことになるとは思ってもいなかったのだ。日本語とこちらの共通語、それが混じり合った言葉でもあった。

 男は困惑した様子で頭を振り、再びため息を吐く。


「ああ……まあ、いいや」


 考えても埒が明かないと思ったのか、元より深く考える方ではないのか。そんなつぶやきを口にしつつ、男はストーブに薪を一つ入れた。


 ◇


 少女が再び目を覚ましたのは、さらに一日が経った頃だった。

 天候は再び悪くなり、吹き付ける風と雪で戸板が軋む。

 小屋が質素ながらも頑丈な作りになっていることに感謝する。

 寝台の上の少女の様子は先日よりも苦しげだ。熱があるのか、顔を赤くし、額には汗が浮かんでいる。

 発熱の苦しさで目を覚ました、と言っても良い。

 男の姿を認めた瞬間、身を強ばらせ、震え、苦痛に呻き、次に諦めた様子で目を閉じた。

(大分酷い目にあったようだ)

 男は内心でそう思い、ひとまずはと用意していた薬草を鍋に入れ、煎じ始め、なるべく怖がらせないように、とどこか慣れない口調で言った。


「心配しなくていい。まず悪いようにはしない」


 これはこれで、弱った女を誑かす悪い奴のようにも聞こえるか、などと男は首をひねる。

 だが少女には、その言葉の意味より、声に驚いたものらしい。

 息を飲み、閉じた目を開き、まじまじと男の顔を見つめる。枯れて、かすれたような声が出た。


「……え。あ。う、嘘。ヒロ?」

「……その名前で俺を呼ぶ君は誰なんだ」

「わた、た……ぐ」


 何かを言おうとした所で苦しそうに顔をしかめ、息を詰まらせる。

 男は、ちょっと待て、と言い、煎じた薬湯に水を入れ冷まし、素焼きのカップに移した。


「ちょっと我慢しろよ?」


 言いつつ、少女の背中に手を当て、軽く身を起こさせる。毛皮をあてがい、支えとした。

 痛そうに顔を歪める少女が落ち着くのを待ち、男はカップを手に取った。

 察して少女が受け取ろうとするも、くぐもった苦鳴を漏らす。


「やめとけよ、両手とも折れてる。無理に動かすな」


 男は動じない体でそう言い、少女の口元にカップを持って行く。


「甘草湯と似たようなもんだが、どうやら痛め止めの効果はこっちの方が上だ、飲んどけ。ずっと楽になる」


 一口ずつ含むように、と少女に飲み方を注意しながら傾けた。

 余程喉が渇いていたのか。若干甘いとはいえ少女は貪るように飲み、あっという間にカップを空にしてしまった。


「じきに痛みは和らぐ、熱が出てるのはむしろ良い証拠だ」


 まだ物足りなそうな少女の表情に苦笑しつつ、男はそう言った。ややあって、話せるか?、とも聞く。


「……う、ん。んぐ……大丈夫」


 少女は喉の調子を確かめるように声を出し、あらためて確認するように目前の男の姿をまじまじと見、口を開く。


「僕、だよ。穂月──稲葉穂月。春海市二子坂住まい、青海高校二年の、覚えてて……」


 くれたかという言葉は言葉にならず、少女は顔を伏せる。

 男はややあって、呆然とした様子で、ああ、とうなずいた。


「ホヅキ……、穂月か!? いや……そりゃ覚えてるが。あいつは……なんだ。どういえばいいか、ずいぶん様変わりしたようで……いや待て、待て。ありえん」


 男はそう言い、息を吐いた。ありえんと言ったものの、少女の言った事は少なくとも『この世界』においては誰一人知るよしもない事なのだ。

 さらに己の境遇を思い、男は、そういう不思議もあるのか、と再度嘆息した。

 頭に浮かんだ様々な疑問をとりあえず隅に追いやり、体感時間で──三年前に行方不明になった友人を思い浮かべ、しみじみと言った。


「正直、死んだと思ってたよ」


 少女は余程複雑な気持ちなのか、泣き笑いの表情になる。


「僕も、死んだと思ってた」


 言い、夢をまだ見るような目で宙を追い、涙を流した。


「あの時の僕が夢だったのか、いまの僕が夢なのか判らなくて、でもヒロが居るって事は現実なわけで、僕は……居たんだね。現実なんだ、どっちも」


 そう言い、少女は静かに涙を流した。


 ◇


 ややああって落ち着いたらしい少女に、男は質問を幾つか投げかけた。

 そして再びの嘆息と共にかつての友人、若干背は低かったものの、普通に男子高校生をしていたはずの友人なのだと認める。


「しかしまあ……」


 男はこめかみを揉みつつ言った。喉の渇きを覚えたのか、銀の水筒を持ちだし、ぐびりと煽る。果実の蒸留酒らしい濃い香りが束の間漂った。


「マンガかライトノベルみたいな目に遭ってんなあお前」

「ヒロだって……でも同意。まさか僕がTS主人公みたいな事になるなんて」


 聞きつけない言葉に男は首をひねり、思い出したのか、ああと頷く。


「確か性転換とかの変わった小説とか好きだったか。お前が居なくなってからお姉さんが俺に相談に来たぞ。PCを覗いたらしい。何か家族にも相談できない事で悩んでたんじゃないのかって」

「な……!」


 少女は絶句し、ただでさえ白い顔がさらに青ざめる。次いで恥ずかしさでも感じたのか赤く染まり、頭を抱えようとしたのか、腕を動かし痛みで悶絶した。

 しばらくし、若干落ち着きを取り戻した少女は、赤みの残る顔のまま、うう、と悲嘆の声を上げた。


「もう生きて行く自信がない、死ぬ。死なせて」

「……参考までに聞くが、一体どういうのをため込んでたんだ?」


 えっと……、と少女は口ごもった。昔の記憶を引っ張り出すような、遠い目をして言う。


「ネットで拾った小説とか……コミックとか、えーと、まあ。エロ系の画像とかもにょもにょとか……ああ、やばい。昔書いた詩とか絵とかそのまま。うわぁ……」

「さらに言えばアレなゲームとかもか」

「……ふふ、触手ものとか……緊縛……」

「お前、結構エグい趣味してたんだな」


 少女はうなだれ、ため息を吐いた。心なしか目からハイライトが消えているようにも見える。


「中二の病が治らなかったんだよ……こう、ノワールとかエログロとかリョナとか暗黒的な言葉のものがあるとついふらふらーって」

「それが全て家族にバレたわけか。強く生きろ、俺は味方になってやる」


 少女はのろのろと顔を上げ、男を見上げる。やがて目から涙が溢れ、したたり、服に染みを作った。


「ほ、本当に。ヒロなんだなあ。ぼ、ぼ、僕は……う、うぅ」


 麻痺していた感情が抑えきれなくなったかのように、しゃくり上げ、くぐもった呻きを漏らし、泣き始める。

 男は泣かれるのが苦手な様子で、いかにも困ったように頭を掻き、むうと一声呻くと、仕方なし、と言った具合に傍らの掛け布を取り、少女に被せた。その上から頭に手を置き、わしわしと撫でる。


「苦労したな穂月」


 短い、無骨な慰めの言葉。

 せき止めていたものが流れ出るかのように、嗚咽は激しくなり、やがてゆっくりと落ち着きを取り戻してきたようだった。


「もう、大丈夫、サンキュ」


 そんな声が聞こえ、掛け布を戻すと、少女は赤い顔でうなだれている。

 何か言いたそうに顔を上げ、男と目を合わせると、再びうなだれた。


「ピ、ピンチだ」

「うん? どうした?」


 聞くと、少女はのろのろと顔を上げ、言いづらそうに答えた。


「……トイレ行きたい」

「小か大か?」

「……小」


 そう言うと、男は立ち上がり、荷物の中から革袋を取り出した。形は空豆のようでもあり、胃袋のようでもある。どうやら水筒として使っていたようだ。先端の口金を緩め、栓を外し、少女に向き直る。


「ま、まさか」


 さっと顔を青ざめさせる少女。

 男はうん、と頷き、言った。


「動ける状態だと思ってるのか? 麻痺してるだけかもしれないが、そんだけ話せるのが不思議な程の重体だぞ」


 具体的には、と、肋骨二本、左足腓骨骨折、右足首脱臼、末端部凍傷、腕の橈骨、尺骨骨折、裂傷、打撲、と数え上げた。


「……うわあ」

「立派な重症患者だ。骨や外傷は俺でも処置できたが、内臓の方はまったく判らないしな、できればとっとと診療所にでも運び込みたい」

「……ヒロは医者にでもなった?」

「なってないが、多少は心得がある」


 さて、と男は躊躇なく掛け布の中に持った水筒を突っ込み、もぞもぞと該当部分に口をあてがおうとした。少女はびくりと大きく反応し、何を思いだしたか震え始める。

 男はそれにあえて気づかないそぶりで、冗談めかして言う。


「少し股の力を緩めて開け、それだと漏れて大惨事になるぞ」

「……う、うぅ、何という恥辱プレイ」

「大丈夫だ、天井の染みを数えているうちに終わる」

「そのネタつ、使いどころが違っ」


 やがて、ひどく顔を赤くして唸る少女を尻目に、男はちゃぽちゃぽと音を立てる水筒の中身を、薄汚れた壺の中に捨てる。

 うー、となおも唸る少女の隣に腰掛け、腕組みをして言った。


「これくらいで恥ずかしがってたら大の時はどうするんだよ」

「大……って、え。まさか……」

「差し込み式便器ってのが世の中にはあってだな、まあ体の下に入れて使うちりとりみたいな物なんだが。幸いあれくらいならここにあるもので作れそうだ」

「……な、治るまで我慢してやる」

「我慢してる様子が見えたら腹を押すからな」


 そりゃもう猛烈に、と男は妙に堂に入った様子で心臓マッサージのような動きをしてみせる。

 少女は避け得そうにない己の未来の運命にがっくりとうなだれた。


「うう、この鬼畜、外道、変態、サディスト」

「はっはっは、命の恩人に良い度胸だ」


 冗談めかして言い、少女の様子を見、言葉を続ける。


「まあ、そろそろ疲れたろ。今は何より寝るのが一番だ」

「……うん、実は結構辛かった。寝るね」

「ああ」


 少女は背中にあてがわれた毛皮を取るのも待たず、落ちるように寝てしまった。

 男はそっと少女の体を浮かし、当て物を取り、仰向けに寝かせた。寝返りで怪我部分を悪くしないよう両側に毛皮を当てて動きにくくする。


「しかし、なあ……」


 つぶやきが男の口から漏れた。

 だんだん過去の自分を思い出していくように饒舌になっていった少女、その寝姿をじっと見る。

 かつての友人、かつて男性であったはずの稲葉穂月。認めはしたものの、感覚としては未だに半信半疑といった所だった。

 男は腕を組み、椅子の背にもたれかかり、見るとも無しに天井を見上げた。

 冬の間はこの小屋は閉ざされるのだろう。冬期の乾燥した空気を利用するためか、梁からは無造作に干し肉が吊り下げられている。


「まあ、今は」


 命が消えなかった事を素直に喜ぶ事にしよう。

 男はそう頭の中でつぶやき、勢いの弱まってきたストーブに薪を新たに放り込んだ。

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