そして散る
だから、雨は嫌いなんだ。
朝雨音で目を覚まして今日が雨の日だと知る、
昨日は集団のお客様がおおくてだいぶ遅くまでみっちり働かされた。
便所へ行こうと立とうとすると激しい腰の痛みが襲ってきた。
「…っいったぁ、」
そして、その痛みの原因である私の横でぐぅすかと寝ている老人を睨みつける。この男は染物屋の多江“オオエ”という奴だ。こいつが昨日の私の最後の客かと思うと吐き気がする。…まぁ、気持ち悪い。なんて感情この“吉原”に来てから捨てたはずなんだがな。
もう大分歳のジジィの癖に猿みたいに求めやがって…と内心毒づいていると
「…もう起きたのか昨日は久々に楽しませてもらったぞやはり若いおなごの肌は格別じゃな。」
…どうやら起こしてしまったようだ。
朝から何食わぬ顔でさらっと変態発言をしてくる所を見るとまだまだ死なないな。と思いつつ得意の作り笑顔で
「あい、楽しんでいただいたのなら何よりでありんす。」と返す
「それにしても、いつ見てもお主の目は綺麗な色じゃな」
「そうでありんすか?」
「あぁ、濁りのない奇麗な金色しかし、その色とはまるで逆のお主のただならぬ色気と落ち着きはらった雰囲気月夜姫“ツキヨヒメ”と呼ばれるのも頷けるわい」
「姫だなんてわっちには似合わないでありんすよ。わっちは月夜だけでも勿体無いくらいでありんすのに。」
「お主は自分を下に見過ぎじゃ、もっと堂々として居ればよいのに。聞いたぞ?あの江戸一の腕前と言われている本条の若旦那の……名前はなんといったかな?」
多江の口からこの名前が出てくるとは予想外だった私は動揺を隠すように頭に浮かんだあの人の顔を消すようにして静かに告げた
「…佐京“サキョウ”…様でありんすか?」
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あの後多江は「また来る次も楽しませてもらうぞ」
と言う発言もちゃっかり残して帰っていった
多江から、あの人の名前を聞いてからずっとあの人の顔が消えてくれない。雨が建物にあたり跳ね返る音がよく聞こえる、そう、今日は雨の日、あの人が
………佐京が来る日だ。