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ロルフ  作者: 雨草ユキメ
7/7

陸 迂闊

中々進まない(白目)

 ―――――― 時が来たのね


 妖精女王(ティターニア)の言葉を反芻しながら、ロルフは自分を育んでくれた家へと走っていた。

 

 絶望の海の向こうにある大地、それが魔族たちの住処だ。そしてグランツ王国の最西端であるこの場所はそこから最も離れた場所。

 それが意味することは―――勇者が封じた災禍、魔王の復活。


(このままじゃ、国だけじゃなく…この世界自体が、)


「ミッシャ、シシィ、俺…っ!」


 ばたんっ。走っていた勢いを殺さずに飛びかかった扉は元々古くなり壊れそうな音を立てていた。確実にとどめを刺してしまっただろうことを認識しながら、ロルフは息を整えることも忘れて声を張り上げる。

普段であればシシィの怒号が飛んでくる行動だ。だが、今日はそれがない。


 いつもそれぞれに作業をしていた育て親たちは、なぜか今日は何をするでもなくただ玄関に佇んでいた。


「おかえり、ロルフ」

「……そして、いってらっしゃい」


 いつも通り優しく微笑むミッシャと眉間のしわを常よりも深めたシシィの間。そこにはそう大きくもない皮袋が置かれている。

 ああ、そうか。二人の育て親の顔を見比べながら呟き、ロルフはぐしゃりと顔を歪ませた。


 わかっていたのだ、二人には。この世界に異変が起きていることも、それが、ロルフの旅立ちの兆しであることも。


「ボクたちはもうこの世の争いには関わらないと約束しているから、共に行くことはできない。だけど……待っているから」

「……あんたの帰る場所はここだよ、ロルフ」


 知らず知らずの内に握りしめていた拳をほどき、何度かその動作を繰り返す。握っては開き、また握って、ロルフは深く息を吐き出した。無意味な行動を繰り返さなくては、とんでもないことを口走ってしまいそうだった。「行きたくない」「こわい」「ここに居たい」…。

それは、ロルフには許されない言葉だ。



 ―――――『ライニ、お前に任せる』



 兄の言葉が頭に蘇り、もう一度息を吐き出した。


「……ありがとう」


 やっとの思いで絞り出した言葉と共に二人の育て親を抱きしめた。


「…ロルフ、王都に行きなさい。あそこには様々な人が集まる、だから……いろんなことが知れるだろう」

「わかってるだろうけど精霊魔法は最後の手段だ。普段は使うなよ」


 大人しく腕に収まったミッシャとシシィは優しく、我が子のように慈しんでいたロルフの頭や背を撫でる。その言葉にロルフは何度も頷いて、もう一度「ありがとう」と呟いた。


 ミッシャの言う通り、まずは王都に向かおう。運が良ければ今のオドやケーニッヒの姿を見ることができるかもしれない。

 ロルフの本来の望みはケーニッヒから国を取り戻すことだ。そして、家族を取り戻すこと。魔王の復活と言う、望みどころではなくなる異常事態が起きてしまったがそれは変わらない。変わるはずがない。


 まずは、魔王を…自身に屈辱を味あわせたあの魔族を打ち倒し、本来の望みを叶える。


「…勇者の再来。その通りだったのかもしれないな」

「シシィ……」


 「勇者の再来」。幼いころ何度も言われてきた言葉。

 ……確かに、そうなのかもしれない。これは、ロルフの宿命。もしロルフがラインハルト…この国の王子のままだったとしても、魔王は復活した。そしてその討伐に向かわされたのはロルフだっただろう。民は、それを求めたはずだ。


 ――――――だが。


「これが宿命なのだとしても、俺が俺の意志で旅立つことは変わらないさ」


 抱きしめていた腕を解き、二人の間に置かれた皮袋を拾い上げる。


「俺が旅立つの父や兄との約束を果たすため、イアンの……ハイマートの人たちのような犠牲者を減らすため、平和な世界で、ここに帰ってくるため」


 大した重みを感じない皮袋の中には必要なものすべてが詰められているんだろう。拡張魔法の名残がある皮袋をかつぎ、ほほ笑む。


「―――――…いってきます」





      * * * *





 王国の最西端に位置する魔女の森から王都までは、休まず歩き続けても十日はかかる。ミッシャとシシィが用意してくれた地図とコンパスを睨みながら、ロルフはその道のりの長さに大きなため気を吐いた。

 幼いころに通った妖精の道を使うことが出来れば、あの時と同じように半日かからず王都へたどり着くことができるだろう。

 だが、あれは「死にかけて人としての存在が希薄だった」からこそ通れた道だ。今のロルフでは妖精女王(ティターニア)に頼み込んでも通ることはできない。


 今度は、自分の足で。力で。これからのことを考えるなら当然の第一歩だ。「よし、」小さく呟き歩き出した。






 ―――――――が。


(しまった……っ!)


 最後にもう一度、優しかった彼らにお別れをと思い訪れた村人たちの墓。色とりどりのルーエの花畑に佇む数人の人影を見て、ロルフは自分の浅はかさに頭を抱えた。

 ここから森へ帰り、別れを告げて戻ってくるまでに有した時間はおよそ三時間弱。この国の騎士たちの動きが速くないことを知っていたからこその迂闊さだった。

 とっさに身を隠した大木に寄りかかり天を仰ぐ。この国の騎士団が正常に機能していなくとも、彼は、ヴィリーは独自で速やかに動くと知っていた筈なのに。


「エーミル、妖精の気配はする?」

「……いいや、ここに彼らはいない。居るのは俺たちだけだ」


 村長ヘクトールの墓の前で片膝をつき、騎士の礼を捧げるヴィリー。その後ろに控える白髪の騎士と赤髪の騎士が言葉を交わしている。彼らに、特にエーミルと呼ばれた生真面目そうな白髪の騎士に覚えがあるロルフは、やはりあの時連れていた三人が「ヴィリーの信頼する人物」なのかと一人頷いた。

 一人だけ外れた場所で花畑全体を見渡すクリーム色の髪をした騎士にも視線をやり、そして、素早く身をひるがえした。


 ――――――見つかった?


 けだるげな、それでいて力強い何かを孕んだ空色の瞳。真正面からかち合ったそれが瞼に焼き付いて離れない。

 だが、ロルフと彼の騎士はかなり離れた場所に立っている。ロルフのように魔力で強化でもしなければ、姿など捕えられはしないだろう。

 うるさく鳴り喚く心臓を押さえながら、もう一度そちらを伺った。


「………はぁ……」


 何事もなかったように仲間たちのもとへ歩み寄る騎士の姿を見て、思わず安堵の息がこぼれた。

 そうだ、見えるはずがなかったんだ。空色のあまりの力強さに、怯んでしまった。


 だが長居するわけにはいかない。名残惜しいが、墓参りはまた今度にしよう。

 また、この旅を終えた時に。



 ひゅん。



「…!?……っ」


 何かが風を切る音がした。そう認識したときにはすでに遅く、あまりの激痛にロルフはその場に片膝をついた。

 どろり、と何かが腹を伝う感触。見下ろしたそこにはやけに()(矢の軸・棒部分)に向けて広がっている矢じりが腹を突き破り顔をのぞかせていた。痛みを最大限与えると同時に殺傷能力が非常に高いものなのだと窺わせる。それでいて扱いづらい矢だろうということも。

 こんな矢じり、重い上に空気抵抗を受けるに決まっている。だが、彼は使いこなして見せた。遠く離れた場所で、木陰に隠れるロルフを射抜いて見せたのだ。


 視線だけで振り返った先に居る、弓を構えてこちらを睨みつける赤髪の騎士を、その後ろに居るクリーム色の髪をした騎士を見てロルフは自嘲気味に笑った。


(やってくれる。気付いていたんだ、目が合っていた! それでいてそれを俺に悟らせずに仲間に報せたんだ)


 つくづく自分の浅はかさには呆れさせられる。

 ―――だが、この程度なら。矢じりが貫通しているなら体内に残る心配もない。腹側に出ている箆をへし折り、背中側から抜き去る。

震える足に力をこめ、どうにか立ち上がった。


「痛いじゃないか! まったくもう」


 初級の水魔法と火魔法をそれぞれ込めた魔石を足元に落とし蒸気をつくる。その次に落とした風魔法を込めた魔石により蒸気は緩やかに広がり、周囲を覆い尽くす霧となる。

 無属性魔法を込めた魔石を噛み砕き、まったくの別人の声がロルフの口から響き渡る。

 その発音は独特の訛りを含んでいて、三年前の過ちは繰り返さない。


「折角状況を知るためにここに入れてあげたのに、挨拶もなく矢を射るなんて! 僕だったからよかったものの、ほかの妖精だったら死んじゃってたよ! もしそうなったらどうなっていたか……わかるよね?」


 止血の薬草を乱雑に風穴に詰め込みながら、口調だけは元気な少年を意識して声を張り上げる。モデルは修行に励むロルフを度々からかいに来た妖精の国の王子だ。そう、妖精女王(ティターニア)の息子である。

 こんなことをしたと知られればしばらくからかいの種にされるだろうが、いざと言う時の口裏合わせはきちんとしてくれる。

 この場を煙に巻くためだ。仕方ない。


「そう、我が母妖精女王(ティターニア)は君たち人間を見離し、それどころか、怒りに駆られて呪いすら振りまくかもしれない!」

「我が母、だと?」

「そうだよ、僕は妖精女王(ティターニア)の一人息子。ここには頼まれてやってきたのさ。君たちがちゃんとここにたどり着き、真実を知って村に向かうか確認するためにね」


 エーミルと呼ばれていた騎士の言葉にロルフは笑みを深める。三年前の時と言い、彼は随分と騙されやすいようだ。

 そして彼の発言でまた、周囲の人間も虚言を真実だと受け止める。

 なんだか悪人染みてるな、俺。現実逃避を始めようとする頭を振った。


「……妖精だったの? ヘンゼル」

「…さぁ? 俺が見たのは人影と金色の目だけだぜ。ただ、妖精は小さな人間の姿なんだろ? あれはどう見ても俺と同じくらいの背丈だったぞ」

「…ああ。妖精は基本的に小さな人の姿をしている。だが、力の強い妖精は俺たちと変わらぬ大きさを持つ者もいるらしい」

「だってさ」

「へぇ」


 緊迫した空気が消えていることに気付き、とりあえずと短く息を吐く。だがまだ安心はできない。立ち上がりただ悠然と周囲を見回すヴィリーの姿を見つめながら、ロルフはもう一度気を引き締めた。


「良く知ってるね、エーミル君? だっけ。今妖精の国で好んで人の姿を取るのは我が母と僕くらいだけれど、その認識で間違いはないよ。エルフもまた、僕ら妖精の上位種と呼べる。だから君たちと変わらない大きさをしているのさ。

 まぁ僕らとエルフはまた違う存在だから、妖精の国には住んでないんだけどね」


 さぁ、どう出る。

 妖精の国と化したこの花畑の出口、人の世界との境目にたどり着いたロルフはじっと、騎士たちを見つめる。

 しばしの沈黙の後、動いたのはやはりヴィリーだった。


「貴殿が妖精女王(ティターニア)の子息であらせられるならば、謝罪と共に問いかけを送りたい」

「あはは、随分と不遜な言い方だね。いいよ、答えてあげる」


「……有難き幸せ。

 ――――この墓を作ったのは、我がグランツ王国第五王子、ラインハルト殿下…。そうだな?」



「……はは、知ってるかい? 確信をもっているものは、問いかけとは言わないんだよ」


 不気味なほど静まり返ったそこに、驚き動揺する者は誰もいない。まさかと思っていたことに確信を与えられ、ロルフは乾いた笑いをこぼす。

 それでも平静を装って口を開こうとしたと同時に、その気配に気付いて絶句した。



 ―――――― ヴィリー・ファブレ



 清浄なこの場によく合った、澄み通った声が響く。


妖精女王(ティターニア)……」


 そう呟いたのは、誰だったか。



 ―――――― あなたの言う通りよ ここは ラインハルトが村人たちのために作ったお墓

  ―――――― そして ここを荒らされないよう私が妖精の国の一部にした



 少女の姿を象った妖精女王(ティターニア)は踊るように宙を舞い、ヴィリーの目の前に降り立つ。その後ろに控えていたエーミルは半ば反射的に片膝をつき頭を垂れていた。

 自分を見上げる存在に怯むことなく、ヴィリーは淡々と「生きている、ということですね」と問う。

 妖精女王(ティターニア)は優しく微笑むとただ静かに頷いた。


「…なぁ、あんた」

「っおい、ヘンゼル」


 誰もが口を噤む中、一歩前に踏み出したのはクリーム色の髪をした騎士、ヘンゼルだった。

 咎めるエーミルに目もくれず、ただ真っ直ぐ妖精女王(ティターニア)を射抜く。


「あんたは王子殿下の場所を知っているんだろ。それなら、会わせてくれないか。隊長だけでも」

「ヘンゼル」

「隊長、でも」

「いい。いいんだ、今は」


 しばしの無言。種類は違えど力強い何かを孕んだ空色と琥珀色が見つめあい、短く息を吐き出したのはヘンゼルだった。


「……わかりましたよ。性急すぎましたね」



 ―――――― あの子はまだ貴方に会うことを受け入れられないの もう少し 待っていてあげて


「もちろんです。俺は、あの方が生きているだけで……十分だ」


 恐る恐る視線を上げた先。妖精女王(ティターニア)を見下ろすヴィリーを見て思わず、ロルフの喉から掠れた声がこぼれた。

 「どうして」。熱い何かがこみ上げる胸をかきむしる。


(どうして、そんなに幸せそうに笑うんだ……っ!)



 ―――――― いい騎士ね ラインハルトは幸せ者だわ

  ―――――― ラニ 帰るわよ



 俯き唇を噛みしめていたロルフは妖精女王(ティターニア)の言葉にはっと顔を上げる。少し悲しげに眉をひそめた彼女が自分を見ていることに気付いて、ロルフもまた眉尻を下げて笑った。



「わかったよ母さん。それじゃあね物騒な騎士さんたち! ラインハルトに会えるといいね!」



 そうして、ロルフは境目を超えた。

 清浄な空気に慣れていたために苦しくなった胸をかきむしりながら、わざと道には出ずに木々の間を駆け抜ける。

 先程のヴィリーの表情と五年前の幼かったヴィリーの表情が浮かんでは消え、また浮かぶ。


 漏れ出る嗚咽を噛みしめながら、ひたすら走った。




この展開もう使えねぇぞ……うへへへへ…

感想意見等ございましたら是非ともよろしくお願いします

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