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3.転生の姫と帰還の勇者

「ごめん……好きな奴が、いるんだ」

 ――俺は、元の世界に残してきた奴が居ますから。

 身を切るほどにつらそうな顔とふるえる声が、いつかの記憶と重なって聞こえた。


 一年生の二月、ヴァレンタインデー。

 恋の花咲くその日に、私は二度の人生で初めて失恋した。



 勇者君は良い奴だ。強さを鼻にかけたりしないし、困ってる人を見ると放ってはおけない。雨の日に捨て猫拾ってるのを見たときは、思わず「テンプレか!」とか叫んでしまった――その猫は結局うちで飼うことになったんだけど。

 うちの軒先でシラタマと名付けたその子と戯れているのを見つめるうち、「姫様」由来の根拠レスな恐怖や苦手感は次第に薄らいで……残った気持ちが「恋」なのだと、これまた「姫様」の記憶に照らしあわせて納得した。

 ……と、同時に、横で忌々しげに勇者君を見つめる誰かさんに返す彼の視線の暖かさにも気づいちゃったわけだけれども。


 軽薄そうに見えてその辺妙にきっちり線を引く勇者君と、男の「騎士様」の記憶を引き継いでるからか修行の中に乙女心を落っことしてきちゃった士緒ちゃんじゃ、こりゃいつまで経っても進展しないぞと面白……心配していた矢先のこと。

 夏合宿から帰ったあとの朝練の空気に、なにやら甘酸っぱいものが混じりだしたのはなぜだったのか。

 男子部による女子風呂覗き作戦@発案わたしの大騒ぎの陰で、それに参加してなかった二人の間に何やら嬉し恥ずかしイベントが発生したことだけはどうにか探り出せたものの、自分たちの醸し出す雰囲気にもお互いの気持ちにも――士緒ちゃんはたぶん自分の気持ちにも、まあったく気づいてない様子に、わたしを筆頭に部員一同悶え苦しむこととなった。

 ……嘘です。

 そんな面白すぎるネタをよそに知らせてなるものかとばかりに剣道部内にこの件に関する箝口令を布き、皆でなま暖かく見守りつつ適宜ちょっかいをかけて行こうの会を発足。覗き騒ぎよりもよっぽどこっちの方が男女両部の親密度をあげるのに役立った……二人の醸し出すストロベリー果汁200%濃縮な空気に当てられ、いつの間にやらカップルが数組できてたのは行き過ぎじゃないかという気もしたけれど……。


 会発足とともに木下君のあだ名は「勇者君」に満場一致で決定。

 そりゃ校内随一の百合カップルの片割れに懸想するとか、しかも「男役(タチ)」の方とか、勇者にもほどがあるというもので。

 美少年と言った方が通りのよい士緒ちゃんとのカップリングは、部内の腐ったメンバーをあぶり出すにも非常に有効で、文芸部と漫研の有志数人を抱き込んで発行した薄い本の売り上げで洗濯機を一台増設することに成功……って、そういう話はおいといて。


 そりゃね、勇者君も好きだけど、士緒ちゃんも大好きだからね。

 二人には幸せになって貰いたいと……むなしい代償行為だってのは十分自覚してるけども!

 しかしこの二人、こっちがさんざんお膳立てしてるのに、肝心の一線を全く越えやがらねえ……おっと失礼。つい地が出ました。

 お互い鈍いからか奥手だからか、いやまあたぶんその両方だろうけども、ピンクな空気の濃度ばかりが上がる一方で、全く事態は進展しないという拷問状態。いっそくっついてバカップルにでもなってくれれば、爆破のしようもあろうというものをと言うのはもはや部の総意。

 三人で行った縁日でわざとはぐれた時なんか、二人して必死に駆け回り、男子部員を引き連れて屋台フードをハシゴしてたわたしを捕獲してくださいやがりましたよ。泣き笑いしながら二人して手をさしのべてくださるとか、わたしゃ君らの娘か!惚れてまうやろー!


 だから、うん。

 ヴァレンタインデーに、人生初の手作り本命チョコなんてこっぱずかしいものを持って告白したのは、きっぱり振られてすっきりしたいってのと……ヘタレ勇者君にはいい加減はっきりと自覚して貰って、士緒ちゃんを落とすお手伝いを表立ってできるようにしようという、やむにやまれぬ事情ゆえのことでした。

 だから、断られたときは傷つくよりもむしろほっとした。ああ、勇者君はちゃんと恋心を自覚してたんだなあと。

 ……え?そこからなのかって?

 だってもう一方の誰かさんってば、こっちがいくら水を向けても全くピンときてないみたいで……これで勇者君までだめだったらどうにもなりませんって。

 

 まあ、別の意味でだめだったんだけどね!

 あんにゃろ、試合の時はやたら思い切りがいいくせに、いざ背中を押してやってもぐだぐだぐずぐずと……わたしが士緒ちゃんとどんだけ一緒にいたと思ってるんだ。大丈夫だったら大丈夫だってのに!

 わたしに遠慮してたて部分もあったんだろうけどさあ、それにしてもねえ。


 そこからさらに一年、じれじれぐだぐだもたもたと、さんざかこちらの気を揉ませたあげく、「これ以上もたつくなら女子部有志で押し倒して、お婿に行けない体にしてやる」と最後通牒を突きつけられてようやくヘタレ……っと勇者君が告白にこぎ着けたときには部員一同ほっと胸をなで下ろした。


 だから、そう、油断、していたんだと思う。


 高一のヴァレンタインの時は、「高二になる前に決着つけなきゃ」って焦ってた。

 高二になって、無事衣替えも乗り切り、夏。

 海だ山だ合宿に大会に夏祭りだと浮かれて騒ぐうち、召喚のことなんてすっかり忘れてて。

 秋が訪れ文化祭も終わり、衣替えの声を聞く段になってようやく、タイムリミットが迫ってるんだと、今まで夏休みの宿題でも放置してたみたいに大慌てした。

 戦々恐々のクリスマス、神頼みのお正月を経て無事迎えたヴァレンタイン。戦に引き裂かれる若人たちの結婚を、命を賭して取り持ったされる聖人様の霊験もあらたかに、告白イベントまで滞りなく――うんまあいろいろあったけど済みまして。

 三月入って半ばも過ぎて「コウニ」と呼ばれるのも残りあとわずか、ここまで来たらもう無事に完走できるんじゃないかと、転生だとか勇者召喚なんてアイタタなわたしたちの妄想で、この後は見事爆誕したバカップル見ながら砂糖を噛むような一年過ごせるんじゃないかと……気を抜いたその日、士緒ちゃんが木下君にお返事をするはずだったホワイトデー。


 士緒ちゃんと――例によって茂みから様子をうかがってたわたし以下剣道部員有志の目の前で、あの馬鹿野郎、召喚されて行っちまいやがりましたとも。

 



「やっぱここに来てたか」

「……ん」

 告白と召喚の舞台となった剣道場裏手の草っぱら。

 私が声をかけたのはぼんやりとたたずむ士緒ちゃんの後ろ姿。

 あれから毎月十四日になると、日が暮れるまでここに立ってるのが習慣になってた――月命日じゃないんだから。とはさすがに口に出しては言えまい。いやもう三回ほど言ったけど。

「今日だけは本当に帰ってくるような気がしてさ。なにせ……ホワイトデーだし」

 わたしの非難するような視線に気づいたのか、士緒ちゃんが申し訳なさそうに弁解を始める。

 ますます命日っぽいからやめなさいってのにもう。

「さすがに大学行ったら顔出すわけにもいかないしねえ」

「……そういうことにしておこうか」

 憂い気に睫毛を伏せる士緒ちゃんは、この一年ですっかり美人になった。

 凛々しい顔立ちは今まで通りだけど全体にどこか線の硬さが取れたというか、女らしいスタイルと事件以来伸ばしっぱなしのサラサラストレートな黒髪もあいまって、今の士緒ちゃんを男と見間違う人はいない。

 何よりも……

「くっ、このふざけたサイズの乳があのヘタレのものかと思うと!」

「ちょっ、こら、やめっ!」

 がっしと握りしめ――ても、わたしの小さな手には収まりきらない、EだかFだか最近はGとかいう声まで聞こえてきたらしい二つの巨大な肉の球を揉みしだく。

「士緒ちゃんの乳はわたしが育てた!」

「……否定しづらいのがなんとも!っていいかげんやめろ!」

 殺気が膨れ上がるのを我ながら素晴らしい敏感さで察知し、脳天に落とされかけてた拳骨を華麗に回避。

 

 わかってる、士緒ちゃんが女らしくなったのは、勇者君に恋をしたから。

 元男じゃなくてあたりまえの女の子だってことを受け入れてから、その心に引っ張られるように体もしぐさも女らしさを増していった。

 それとともに条件反射の「騎士様」も鳴りを潜め、今じゃ百合ップルと呼ばれることもめっきり減った。

 ……私が士緒ちゃんに振られたって噂になったのだけは納得いかないけど……まあ、振られ女には違いないから甘んじて受けよう。

 

「たしかにあの勇者君なら根性で帰ってきそうなもんだけどね」

「どーにかなるもんなのか、それは」

「人間努力と根性があれば何でもできる!……若干の例外はあるけど」

「……例外事象のほうじゃないかなあ」

 はふうと大きなため息が士緒ちゃんの口から漏れた、その時。

 見覚えのある……っていうか忌々しくも忘れようったって忘れられない魔法陣が、私たちの目の前に忽然と現れた。

「士緒ちゃん、これって!」

「ああ!」

 驚きと喜びの声をかわす私たちの前で、魔法陣から立ち上った目もくらむような光の奔流が収まった時、魔法陣の代わりにそこにいたのは――


「返事聞きに還ってきた……とぉっ!?」

 一年ぶりに見る懐かしい顔は日に焼け、身にまとう厚手の布の服と同様すすけ傷つきくたびれて……にやりと笑ったそいつの言葉が終わるよりも早く、駆け寄った少女が一人。

「一年遅刻だ、馬鹿野郎……」

 涙でかすれる声が、勇者君の胸元で小さく悪態をついていた。


 ……出遅れちゃったなあ。

 思わず差し伸べかけてた手を、きゅっと胸元に引き寄せる。

 しかたないよね、士緒ちゃんは無茶苦茶修行してるし、追いつこうと特訓はしてるとはいえ味噌っかすなわたしじゃ反応速度の差はけた違いだもの。

 それに……あんなに全身で「返事」してる士緒ちゃん差し置いて抱き着いたりなんかしたら、馬に蹴られて成層圏まで飛ばされるってなもんだ。

 

「これでも頑張ったんだが……一年か。こっちは三年くらい経っちまってたから、まずますってとこだろ」

「遅いわ!三日で帰れ!」

「無茶言うなよ……てか、士緒だよな?」

「他の誰に見えるんだ、この節穴!」

「いやだって、お前、そんなに胸……ごっ!?」

 あとは恋人達にお任せして……と、こっそり立ち去ろうとしかけたところで、会話が台無しになりかかってたので強制割り込み……鉄の塊でも殴ったみたいに痛かった。拳大丈夫かなあ、もう。

「はいはい、乳繰り合うのは誰もいないところでゆっくりねー」

「乳っ……!」

 真っ赤になってかわいらしい士緒ちゃんを見つめてくすっと笑う。

「おかえり、木下君」

「ああ……ただいま」

 ……いろいろ我慢して取り澄ましたあいさつ絞り出したってのに、なんで手を差し伸べるんですか。士緒ちゃんまで一緒になって、腕広げちゃって……もう!

「ああもう、おかえり!」

 ゆがむ視界の中で、わたしは二人の胸の中に飛び込んだのだった。




******



「そろそろ自重するのやめようかと思って」

 かけうどんのおつゆをちゅるちゅるごくん、と一滴残らず飲み干して、丼をテーブルにとんと突くと同時に宣言。

「え?」

 揃ってひどく意外そうな声を上げたのは、私の目の前に並んで座るバカップル。なんで飯食うのによっかかり合ってんだおい。

「うんその『え?』がどこから出たのかは置いといて」

 「置いといて」のジェスチャーで、丼が右から左へ大移動。おっと、持ったままだった。お隣の人ゴメンナサイ。

「いや、お前が自重したことなんてあったか……てぇっ!?むこうずね蹴るんじゃねえよ!痛いだろ!」

「あんたの足蹴る方が痛いわ!鉄の棒かあんたの足は!っていうか人間なみに痛覚あるのにびっくりだわ!」

「だから人を人間のカテゴリーから勝手に外すな!」

「え?」

「……いやあのちょっと俺だって普通に傷つくんですけど」

 今の「え?」は私と士緒ちゃんだけじゃなくて、先ほどお食事の邪魔しちゃったわたしの隣の席の人まで声揃えてたからね。

 世間一般の勇者君に対する認識なんてこんなもんである。ざまあ。


 ここは大学の食堂、昼にはちょっと遅い時間とはいえまだまだ賑やかな様子が、昼休みがかっちり決まってた高校との違いを感じさせる。

 私と士緒ちゃんは志望通りの学部に進み、勇者君はというと……これまたなぜか無事進学できてるから納得いかない。

 どうやらエスカレーター式とは言わないまでも付属高校であったのを利用して、単位だとか入学資格だとかをごにょごにょしたらしいんだけど……大学剣道部の実績作りとか客寄せパンダというか、おとなのきたないじじょーは、みずきおばかさんだからわかんなぁい。

 まあこうして三人そろって――進んだ学部はてんでバラバラだけど――無事大学進学し、たまにスケジュールが合ったらこうしてお昼ご飯を一緒に食べる関係になってるのは重畳と言えよう。

 

「愛人とか目指してみるかな、とね」

「ちょっと、瑞姫!?いくらなんでも不倫とかはリスク多いんだから!」

 瑞姫「ちゃん」とは呼んでくれなくなったのは少し寂しいけど、相も変わらずこうして心配してくれる士緒ちゃんは得難い親友だと思う。

 その横でうんうんと頷いてる勇者君も、本当にこっちを気遣ってくれるのが全身から伝わってくるし。

「たとえばどんなリスク?」

「子供の認知の問題とか……あとはやっぱり奥さんとの確執?離婚訴訟とかになれば慰謝料や養育費の問題も……」

 少し頬を赤らめつつも、士緒ちゃんが「リスク」を指折り数える。

「子供に関しては諦めてるからいいとして……確執とか離婚……するの?」

「……は?」

 私の問いかけに間抜け面並べた二人に、してやったりとほほ笑んで見せるのだった。


「いやいやいやいや、ちょっと待て!相手俺かよ!」

「のんのん」

 慌てて声を荒げる勇者君にちちちと人差し指を振る。

「え?あたし?何度も言うけどそういう趣味は……」

「いやいや」

 きょとんと小首を傾げて自分を指さした士緒ちゃんのかわいらしいしぐさににやりと笑い。

「ゆー、おーる。ご夫婦共有の愛人として囲っていただこうかと」

「はああああ!?」

 周囲で聞き耳立ててた野次馬一同と、「ご夫婦」の悲鳴が食堂内にこだまする。


 士緒ちゃんも好き、勇者君も好き。ならば、二人の愛の巣に合意の上でお邪魔して、一緒にラブラブするのが一番都合がよいじゃあないか。

 修羅場だ離婚だ慰謝料だというのは、あとから契約不履行を不満に思うから発生するのであって、最初から織り込み済みなら問題あるまい。

 もちろん食費光熱費諸々の生活費は自前できちんと稼いでくるから、手のかからない猫の子一匹飼うと思えば良かろう。なんなら家事や育児一切受け持たせていただくくらいの腕前と覚悟はあるわけで。有能なハウスキーパーまで手に入るなんて、まあお得。


 ――と、立て板に水に説得はしたものの、貰ったのは愛人になる許可ではなく、たんこぶ二つと小一時間のステレオお説教。

 我が野望の達成までははまだまだ遠そうである。



 ……三家の親御さんたちにはすでにご納得いただいているのは、今のところは秘密にしておこう。


Q.一年二年のじれじれラブラブ話は?

A.ありませんd(´▽`)b



本編には関係ないかもしれないキャラ紹介:



斉藤士緒/騎士様

 法学部所属。目指すは警察官なのだが、最近「かわいいお嫁さん」でもいいかな、とか考え始めた。

 瑞姫ちゃんに特訓を受け、メシマズはひとまず脱した模様。

 修吾君てばもう「娘さんを俺に下さい」をやりに行ったのだが、士緒ちゃんのご両親には泣いて感謝されたので拍子抜け。

 娘がいつ「嫁」(たぶん筆頭候補は瑞姫ちゃん)を連れてくるのか、本気で心配されていた模様。


木下修吾/勇者君

 体育学部所属。学部とは半分名ばかりの、スポーツ特待生抱えておこう枠。

 将来的には実家の道場を継ぐことが確定している。親はむしろ好きに生きろと言ってくれたが、いろいろ考え合わせたうえでやっぱり剣の道を選んだ。

 道場では「若先生」と呼ばれだしたが、改めて入門した「若奥様」こと士緒ちゃんと二人の鍛錬風景は、色々な意味で余人がついていけるレベルではない。


渡辺瑞姫/姫様

 教育学部所属。目標は高校教師。

 最近修吾君に魔法を習っているらしい。お前はどこへ行くつもりだ。

 目下友人二人の愛人に収まろうと根回し中。やっぱりお前はどこへ行くつもりだ。

 努力の人としての特性を(無駄に)発揮し、外堀は着実に埋まっている……



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