ゆびわのおはなし。
女の子がひとり、その街に住んでいました。
お父さんとお母さんと、子犬のペロと一緒の、可愛いおうちです。
お母さんはいつも左手に、大切そうに指輪をしていました。
「この指輪はね、お父さんがくれたの。お父さんといっしょになる時に、約束としてくれたのよ」
お母さんはそう言って、いつもその指輪をなでているのです。
ある日のことでした。
お父さんは女の子をよんで、その首に何かをさげてやりました。
見るとそれは、お母さんの指輪とそっくりな、きれいな指輪でした。
「お父さんはね、これからちょっとお仕事があるからね。もしもの時は、お前がお母さんを守ってやってくれ。たのんだよ」
お父さんの言葉はよくわからなかったのですが、女の子は胸がちりっとしました。
「どうしてお父さんは、お母さんの宝物とおそろいの指輪をおいてくの?」
「これはおいていくんじゃない、貸すんだよ。帰ってきたら、ちゃんと返してね、かわいいおじょうさん」
お父さんはそう言うと、娘の頭をわしゃわしゃと優しくなでました。
それから、お父さんはでかけていきました。
テレビでやっていた、たいへんな事件のお手伝いをするために行ったのだと、あとでお母さんから聞きました。
女の子が指輪をあずかったことを言いますと、
「お父さんはね、それだけ、帰ってこれるって信じているのよ。それに、その指輪に、おまえを守ってほしいんだと思うわ」
そう言って、やっぱりやさしく笑うのです。
だけど、お母さんが疲れているのも、見ていてわかりました。
女の子は、指輪をぎゅっとにぎりました。
「どうかおとうさんがぶじにかえってきますように」
まいばんまいばん、そう言って何度もお祈りをするのでした。
――やがて。
お父さんは、ちょっとやつれてはいましたが、無事にかえって来ました。
女の子はあずかっていた指輪を、お父さんに返します。
「おまえにもういちど会うまではぜったいに帰らないとって、ずっと思っていたからね。ありがとう、かわいいおじょうさん」
お父さんはそう言って、やっぱりやさしく女の子の頭をなでまわしました。
……お父さんが出かけてから五年以上たっていました。
ぶかぶかだったお父さんの指輪も、親指だったらだいぶ指になじみかけてきています。
子犬だったペロは、すっかり大きくなっています。
でも、なによりも。
お母さんがいっぱい、いっぱい、泣いていました。
お父さんがいなくなってからも、お母さんはすごくがんばっていて。
その緊張の糸が切れたのでしょう。
お父さんが無事でよかったと、たくさん泣いていました。お父さんはそんなお母さんをやさしく抱きしめて、そして涙をぬぐってやりました。
「心配かけたね。娘も、大きくなっていたね。ずっと、家を守ってくれていて、ありがとう」
二人の指輪がやさしい色に光りました。
そして女の子は思ったのです。
自分もいつか、あんなふうに、すてきな人がそばにいてくれるようになるといいなと。
じぶんで買ったガラスの指輪を、わくわくしながら指にはめて、そうして、いつかそれをあずけられるだけの人に会いたいなと、そう思ったのです。
――だいじょうぶ。
きっと、しあわせな出会いはだれにでもあるのですから。