第九話 蒼空と謎空間と知らない世界
9/12 多少文章や言い回しを修正しました。
内容的には変わっていません。
それは突然だった。
「蒼空、学校から帰ってきて早々すみませんが、母船のほうに至急来てもらえますか? もしかしてあなたの存在が必要になるかもしれないので」
ガッコから帰って来て早々ディア(アバターのほうね)がボクにそう言って話しかけてきた。 ディアのアバターはとうとうボクん家に居ついてしまってた。
まぁ、居つくといっても生活感もなにもなく、せっかくお父さんにあてがってもらったお部屋もろくすっぽ使わず、前ちらっとお部屋を覗いてみた時も、イスに座ってただじっとしてるだけだった。
ごはんも食べないし、睡眠とってるのかすらわかんない。 お部屋には当然ベッドもあるけど使った形跡もないし……。 まるでスイッチが切れたみたいにじっとして動かない、女の人のアバターを見るのってすっごく不気味なんだけど。
まぁきっと、実際ディアが機能を止めてるかなんかで、動かなくなってるってだけなんだろうけど……。 ここに住むならちょっとは気を使って、普通に人間っぽい振る舞いして欲しいよ、まったく。
で、そんなディアが、偽装を解いて女の子に戻り、Tシャツにショートパンツってラフなかっこに着替えたばかりのボクのとこに来て、そんなことをのたまったわけなのだ。
「それはいいけど、いったい何の用なの?」
ボクは当然の疑問を口にしたけど……、
「それは戻ってからきっちり説明します。 ほら、準備はいいですか? 向こうではすぐ働いてもらわないといけませんからね、覚悟をよろしく」
「え? 何それ? 覚悟ってなに……さ……」
ボクは質問を返したものの、ディアの有無を言わさない転移のおかげで、最後まで声になることは無かった……。
ったく、ディアのばか。 おうぼうだ~! 着いたら文句言ってやるぅ~!
…………。
……あれ……?
……何?
……何かヘン?……
いつもならほんとに一瞬、瞬く間もなく宇宙船のディアの中に移ってるはずなのに……未だにそうなる気配がない。
っていうか、いつもなら一瞬で場所を移っちゃうから気付かなかったけど、ココっていったいどんな場所なんだろ……。
ボクはどこが上で、どっちが下だとか、方向が全然わからないのに加え、距離感や聴覚、触覚……ようは自分のカラダで感じられる感覚全て……ううん、ぶっちゃけ、ボクが持ってるディアからもらったオーバーテクノロジー、全ての機能が役目を果たしていないことに気付き……愕然とした思いに陥ってしまった。
右目を必死に見開き、そして感覚を研ぎ澄ましても何も感じないし、わからない。
周りには何にもない。 広いか狭いかすらわかんない。 色で言えば灰色の世界。
「ううっ、いったい何がおこったの? ディア! ディア!! 聞こえないのっ?」
<……ソ……ラ……無事……すか?……>
「うっ! ……今一瞬、ディアからの交感が入った!」
「ディア! これどうなってるの? ボク今どこにいるのっ?」
<………м¢……мЪ……иЮΗ……>
あぅ……なんかノイズが混じって聞き取りにくいよぉ……。
<かなら……む……えにいき……すから……ごぶ……じで……>
「ちょ、ちょっとディア~! 分からないよぉ! もう、どうなってるのぉ~」
ボクが一生懸命ディアと交感をしようとやっきになってる間にも、ボクの周りには急激な変化が訪れてきていた――。
灰色一色だった空間のある一点に黒い点が表れ、それはどんどん大きくなっていき、いつしかその黒点からは強力な引力というか、吸引力というか、何しろすさまじいばかりの力が発生していて、まるで周囲の空間ごと? 吸い寄せるかの如くなのだ。
ボクは遅まきながらそれに気付いたけど、時すでに遅く……あっという間にその黒点(今は空間といえるサイズに成長してるけど)に引き寄せられ、その空間がゆがむかのような奔流になすすべもなく飲まれ、いつしか意識すら奪われてしまっていた……。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ううっ……アタマいたい……」
真っ黒な空間に吸い込まれたボクは、一瞬意識を失ったものの今はなんとか、意識を取り戻してる。 とはいえ。 何ともいえない気だるさのなか、またすぐにでも気を失ってしまいそうだよ……。
ボクはどうやら無事、通常の空間に戻ってこれたみたいで、ちゃんと地に足をつけてふらふらしながらも立っていた。 それにしても気分が悪い。 一体なんなんだろ、この最悪な気分は……。
それに……だいたい、ここどこなのさっ!?
そう思ってた矢先、
「ЮЭёーーーーーーーーーーーーーーー!」
聞いたこともない言葉の、でも間違いなくせっぱつまった高い声。 そう、悲鳴が辺りに響きわたった。
それと同時に地面全体を揺する、地震のような激しいゆれが、まさしく声の聞こえたほうから伝わってきた。 ボクはふらつくカラダのせいでマジこけそうになっちゃったけど、なんとか踏ん張り、その声のほうを見た。
辺り一面は草原のようで見通しはすごく良く、その声の主はすぐに見つけることが出来た。
たぶん距離にして5、600mくらい先。
そんな距離でもボクの目ならバッチリ良く見える。
そこには、どうやら怪我をして動けなくなったのか、剣を片手に、片ひざ着いて座ってしまってる、皮で出来た鎧? を着た男の人。 そしてそれをかばうように抱きついてる、小さな女の子。 近くには何人か、まるで無造作に放り投げられたかのような体勢のまま微動だにしない……ううっ、たぶんもう生きてなさそうな、人たち……。
そして女の子たちを守ろうと、その前には震えながら剣を構えた、まだ少年然とした男の子。
その剣はたぶん、その動かなくなった誰かのものなんだろう。 サイズが全然、その子にあってないもん。
そして、その子が周りをキョロキョロと警戒するように見回してるその最中。 また地響きが始まる。
「なに? なんなの? 今度はさっきの揺れよりはるかにおっきいよ!」
ボクのカラダはもう限界のようで、今にも倒れちゃいそうだ。 この揺れに耐えるだけでいっぱいいっぱいだよ。
今さらながら気付いたんだけど、ボクの生体エネルギー、枯渇寸前になっちゃってる。 きっとさっきの変な黒い点に吸い込まれたのがが原因なんだろうけど……。 そのせいでさっきから体調が悪いんだ……もう、なんてことぉ……。
まぁ、ボクが着てるのはいつのまにやら例のゴスロリ衣装だから、日差しさえあびれば、また使えるエネルギーは補充可能だろうけど。 ……ボク自身の失われたエネルギーは衣装からは補充できない……。 そればっかりはちゃんとごはん食べて、栄養とらなきゃ。
そんなコトを考えてたら、さっきの子の目の前で地面が急激に盛り上がってきて、ついには爆発したかのような勢いで土砂を撒きちらし、そこから現れたのは――。
「で、でか! 気持ちわる……」
なんか海で魚釣りに使うエサ……そう、ゴカイのような形した気色悪い生き物だった。 ただしサイズはそんなエサどころの話しじゃない。 ドラム缶より一回りは太そうな、節くれだった胴には、ムカデのような細かい足が列をなして生えてる。 体長は地面から出てる分だけでも7、8mはありそう。
一体地中の中にどんだけ潜ってるんだろ? うへぇ、想像するだけでキモイ。
そのゴカイの化け物ったら、そのイソギンチャクみたいな口を男の子に向け、攻撃に移ろうとしてる。 口の周りには無数の触手が蠢いてそれがまたやたらとキモイ。 しかもそれが伸びて、男の子を絡めとろうとしてる。
その子は必死に手に持った大振りな剣を振り回してるけど……はっきりいって全然効果なさそう。 ぐにゃぐにゃ動いてる触手に、あんなフラフラしたなよっちい剣の扱いで切りつけたって、切れるとはとても思えないよ。
つうか、そもそも切れたとして、だから何って感じだよ。 大きさ違いすぎるんだもん。
そしてとうとう、その子ったら力尽きてしまったみたいで、剣を振り回す手が止まちゃった。 更にはその疲れからか、剣を杖代わりにし、肩で息をしながら、体の動きすら止めてしまった。
とたん、女の子がまた言ってる意味は分からないけど、大きな声で悲鳴を上げる。
男の子はその声に反応はするけど、その動きは緩慢でその悲鳴の相手の動きに対処出来るとは到底思えない。
ゴカイの化け物の触手がその子を絡めとろうと激しく動き出す。 その触手の根っこには鋭い歯が同心円状に何重にも並んでて、あそこに放り込まれたりなんかしたら……。
ボクはもう傍観を決め込んでることなんて出来なかった。
でもこの距離を移動することすら、今のボクにはもう出来そうにない……。
でも……こいつなら。
「プラズマボール!」
ボクはこの距離でも放てる、得意の技を右の手のひら上に生み出す。 それと同時に頭痛とめまいが激しくなる。
「はうぅ、もう限界……。 お、お願い、当たって~!」
ボクはふらつきながらも右目でしっかり標的を捕らえ、まばゆいばかりに輝き、細かく放電を繰り返す、きれいだけど凶悪な……その高密度の光の塊を、右手をつきだし……やつめがけて放ってやった。 エネルギーが足んなくていつもの1/5の威力もなさそうだけど……生物相手ならたぶんじゅうぶんだよね。
とはいえ、プラズマボールは地上でも宇宙と変わらず、目標に迷うことなくすさまじい勢いと輝きを持って飛んで行き、ついにはムカデの化け物の頭頂近くに直撃した――。
蒼空の放った光の玉、それがムカデの化け物に直撃すると、何ともいえない音が辺りに響き渡る。
プラズマボールの激しい放電音と共に体液が蒸発する音、肉が焼ける音、……そして一際大きく聞こえる、化け物の苦しげな泣き声とも悲鳴ともとれる、断末魔の叫び。
そしてついには力尽き、地面へと倒れたゴカイの化け物の周りは、焼けた肉と蒸発した体液でなんともいえない空気に包まれていた。
地中に残された体は、頭がすでに吹っ飛んだかのように無くなってしまっているにもかかわらず、まるでまだ意思があるかのようにうごめいているのか、細かい地震のような振動がまだ続いていた。
男の子を絡めとろうとしていた、まるで意思をもっていたかのような触手も、その主を失うと、力なくその場で重力に従い、次々と地面に落ちて行く。
助かってほっとし、思わずその場で崩れ落ちたのもわずかの間、男の子は小さな女の子、そして怪我で動けなくなっている男の人の元へと駆けつける。
お互いの無事を確かめ合う三人。
男は傷を負ってはいるものの、致命傷という訳ではなさそうで、その顔からはすでに笑顔すら浮かんでいた。 男の子と女の子はそれを見て、いかにも安心した表情を浮かべる。
そんな中、女の子が蒼空のほうを見て、慌てた声をあげる――。
『兄さま! 大変。 さっきの光を出した人、倒れちゃってるよ!』
女の子の言葉に蒼空のほうを伺い見る兄さまと呼ばれた少年。 どうやら二人は兄妹らしい。
『あ、ほんとだ。 ど、どうしよう?』
『何のん気なこと言ってるの? あの人は私たちの命の恩人なの。 兄さま、早く様子見てきてください、ほらっ』
まだまだあどけない表情の残る女の子は、白っぽい金髪をゆるい三つ編みにして腰近くまで伸ばしている。その髪はキラキラと輝き美しい。 そしてそのかわいい顔、小さな体に似合わず、案外、気が強そうな感じである。
そんな妹の剣幕にたじたじの、兄である少年。 少年は、体は妹より当然大きく、同じく白っぽい金髪を肩口で切り揃え、その整った顔は多少弱々しげではあるものの、利口そうで、歳も3つ以上は離れていそうなのだが、どうも妹に頭が上がらないようで、先ほどから言われるがままでなんともたよりない。
そして少年は男の顔を見る。
『いいさ、ユーリー。 行ってきなさい。 ここはもう大丈夫だ。 早く行ってサーニャを安心させてやればいい、それに命の恩人を見捨てたとあってはアレに何と言われるか』
男は苦笑いしつつそう言って、少年……ユーリーをけしかける。
『わかったよ、父さん。 行ってくる。 サーニャ、父さんのことしっかり看ててよ? 何かあったらすぐ大きな声だして呼ぶんだぞ』
『うん、わかったから早く様子見てきてあげて。 さっきから全然動かないの。 心配だよ』
『う、そうか。 それはまずいな……』
サーニャのその言葉にユーリーも心配になり、慌てて駆け出し蒼空の元へと走っていくのだった。
ユーリーを気丈に送り出したサーニャは、先ほどまでの勢いはあっという間に無くなり、悲しそうな表情が表に出てくる。
『盗賊のやつら……下っ端の人たちがやられちゃったら、あっさり私たちのこと置いて逃げていっちゃったし……。 私たちもここで死んじゃうかと思って……私、怖くてたまらなかった。 地竜が出てきたときはもうダメかと思った……』
そう言いながら男を見上げるサーニャ。
そんなサーニャの頭を優しくなでてやっている男。 実はこの二人の父親であり、名はレオニードという。
この周辺の草原、それにその周りを深く覆う森林を領主より預かる、狩猟民の村長として20年近くを過ごし……、エルク猟をする際の技術や統率力はもちろん、剣の腕、人格全てにおいて非の打ち所がないと、周囲からいわしめられるほどの男である――。
――私が、今こんな状況に陥ってしまったのは盗賊どもが、自分が持っているとウワサされている竜殺しの宝刀を狙ってきたことがきっかけだった。
商人を装って村に入った盗賊の一部が、私やソフィアの隙を見てサーニャを誘拐し、……私に娘が大事なら宝刀を持って指定の場所に来いなどとほざいたのだ。
私は一人で行く気だったのだが、ユーリーのやつめこっそり馬車に忍び込んでいたようだ……。
取引場所としてやつらが指定したところが、地竜の巣があるところだというのは村民ならみなが知っていることで、そんな危ないところに息子を連れていくなど……、ましてや人の命など虫けら同然に思っている盗賊と取引しに行くのだから、2重になにが起こるかわかったものじゃないのだ。
私は自分の不注意のせいで、娘が誘拐されたことにより……やはり相当平常心を失ってしまっていたのだろう。
そのことに対し、情けなさ、そして衰えを感じずにはおられなかった。
結果としては案の定、盗賊のやつらは地竜を怒らせ自ら墓穴を掘り、多くの犠牲を出したようだ。
私はそのドサクサに紛れ、娘を奪い返せたまでは良かったのだが、途中やつらに気付かれてしまい、うかつにも足を切りつけられ動けなくなってしまった。
迫ってくる……怒れる地竜相手に、ユーリー一人が私たちを守ることなど当然出来はしないし、そんなことを望んでもいない。
すべては私の責任だった。
盗賊の偽装を見抜けなかった私の怠慢が全ての元凶だ。
ユーリー、サーニャ。
まだまだこれからが人生の始まりとも言えるのに、こんなところで終わらせてしまうなど……。 すまない……ふがいない父を責めてもらってもかまわない。
それに愛する妻、ソフィア。 子供たちを守ってやれなくてすまん。
お前に返してやれなくて……ほんとうに申し訳ないと思う。 お前の顔を泣き顔にさせてしまうことが残念でならない。
……だとしても、だとしても。
ソフィア、愛している――。
私はそうして覚悟を決め、それでも最後は二人の子供と一緒に逝けるのならと、あきらめの境地になっていた。
再び大地がゆれ、地竜が現れ……それでも一人最後まであきらめず、私たちの前に立っていた、震えながらも逃げずに私たちを守ろうとしてくれた、誇らしい息子。
その息子にやつの、地竜の触手が伸び、その恐ろしいばかりの鋭い歯が近づいてきた……その時。
奇跡は起きた。
まさに一撃で……あっけなく、その恐ろしい姿を無残な姿に変え、横たわる地竜。
あのすさまじいばかりにまぶしい光の玉はなんだ?
以前、領主の居城で見たことはあるが……それとは比べるべくもない威力。 あれが魔法だというのか?
だが、地竜を滅ぼすほどの威力のある魔法など……。
しかも、かの人物は矢も届かぬ遠距離からその攻撃をしかけてきた。
わからん。
そもそも私に魔法などという訳のわからぬ技? の知識などないのだからな。 考えてもしかないことだ。
だがしかし、私の驚きは更に増すことになる。
ユーリーが、抱き抱えて連れ戻ってきた命の恩人は……年端も行かぬ少女だった。 ユーリーが苦も無く抱えて来たところを見ると相当軽いのだろう。
見た目、サーニャとさして変わらぬ背格好だが、その顔は相当に幼く、もしかしたらサーニャより子供かもしれない。
そして、その服装はその辺りの村民や領民のものとは思えず、もっと上流の……たとえば裕福な商人の娘や、よく知らないが貴族の娘が着るようなドレスに似ているのではないかと思えた。
それにしても、紫がかった白い髪とは……変わった髪の色をしている。
私がそんなことを考えて、なかなか動きを起さないでいると、子供たちはシビレを切らしたのか、
『父さん、この子どうするの? オレまさかこんな小さい女の子だとは思わなくてビックリしちゃったよ。 様子見に行ったときはすでに気を失っててさ、仕方ないから連れてきてしまったけど……』
『父さま、お家に連れて帰って介抱してあげましょうよ。 命の恩人なんだし、こんなところに置いておくなんてこと……言わないですよね?』
二人の子供たちが私の顔を期待に満ちた目で見てくる。
そんな子供たちに誰が逆らえるというのか? いやいない!
私は子供たちと共に、命の恩人ではあるものの、ある意味相当怪しげな少女に違いないのだが……村の屋敷へと連れて帰ることになったのだった。
馬車は無事だろうな?
ふとそんなことを考える私は、自分は十分冷静だ……と思い込ませるのに、多少は役に立っただろうか? などと、考えたりしているのだった。
暴走してます。