第六話 キズナ
ボクは今、非常に、なんとも、とんでもなく、これまでにないくらい緊張した状況におかれてる。
なにしろ、家族全員からちょっと怖いくらいの顔と視線を向けられ、ダイニングルームのテーブルに着いてるんだもん。
6人がけのテーブルについてるのは、お父さんとお母さん。 それにこんなことになるキッカケを作ったくれちゃった春奈。
座り方は横に長いテーブルの片一方に、お父さんを中心に左にお母さん、右に春奈って感じで座ってて、ボクはその反対側で、向かい合うように一人座らされてる。
あ、ちなみにアソコからの出血は、春奈が訝しんだ目をボクに向けながらも、生理用のナプキンを持ってきてくれて、それをつけた。 付け方まで教えてくれたんだけど……妹にナプキンの付け方教えてもらってるボクって……。 それにしてもボクが、せ、生理だなんて……ほんとのほんとに、女の子になっちゃったんだって、いやでも実感させられた。 ふ、複雑だ。
ボクにとってはそれだけでも一大事だったっていうのに、今の状況はそれすらあっさり霞んじゃう、ゆゆしき事態。
ううっ、なんかボク……まるで悪いことしたか、怒られてるみたいで、居心地サイアク。
っていうか、やっぱ、ボクが蒼空だってこと……疑われてるのかなぁ?
……悲しすぎだよ。
「それで君は……自分が間違いなく私たちの息子の蒼空だって。 そう言いたいわけだね?」
お父さんがボクに疑いの眼差しを向けながらも、ボクがまだチビの女の子ってことから優しい口調で確認してきた。
「う……うん。 そ、その、信じられないかもしんないけど……。 こ、こんな女の子のカラダだけど……、ぼ、ボクは蒼空なの! 信じてっ? お父さん!」
ボクはそれこそ必死の表情でお父さんを見つめ、そう訴えた。
とは言うものの、ボク自身、そう簡単に信じてもらえないだろうなぁと思わざるをえない。 ボクの見た目……、今はペンダントを使ってないから、まさに素の姿。 紫がかった白い髪が腰まで伸び、さらに目立つ瞳は赤と碧のオッドアイ。 肌の色も真っ白で、何より男の子だったカラダは女の子そのものに変わってしまってる。
ボクの姿はあまりに異質で、これで蒼空だって信じろって言う方のが無理あるもん……。
それに、最初は素直にこんなカラダになった理由、話そうと思ったんだけど……家族を前に、そのことを言うのに躊躇してしまってる。
だって、あまりに突拍子もないことで、こんなこと話しても、気でもふれたんでは?って思われるのがオチで、怖過ぎて……とてもじゃないけど言えなかった。
「うーん……。 確かに顔付きは蒼空そっくりなんだが……、なぁ?」
お父さんは悩ましい顔をしながらそう言って、お母さんを見る。
お母さんはさっきからず~っと黙ってボクの方を見てた。 そんなお母さんがお父さんの言葉にようやく口を開く。
「……見た目はずいぶん変わってるけど、私にはこの娘がうそを言ってるように思えないわ……。 でも、それにしたってやっぱり女の子っていうのが……」
お母さんは頭からボクの言うことを否定はしなかったものの、肯定も出来ないって言う感じで、やっぱり悩んでしまってる。
春奈もさっきからずっとボクのことをじーっとにらんで、胡散臭そうな感じでこっちを見てる。
「お、女の子のカラダになっちゃったのにはちゃんと理由があるんだもん! ボク、間違いなく蒼空なんだよ? お願いだから信じて……」
ボクはそう言ったのを皮切りに、過去に家族と過ごし体験したことを、身振り手振りを交えながら、必死に、それはもう色々お話してみたりしたけど……、他人じゃ絶対知らないようなお話もいっぱいしたけど……。
信じてもらえるとはとても思えない、このどうしようもない……、性別の違いっていう壁に、なすすべもなく。
もうただ、ひたすら信じてって言うしかなかった……。
「言ってることは間違いなくお兄ちゃんしか、知らない、私とお兄ちゃんしか知らないはずのこととかもあったけど……。 でも、でもお兄ちゃんは間違いなく、とりあえずは男の子だったもん。 そんな、女の子じゃ……ないもん。 そりゃ、女の子と間違えられてばっかだったし、まぁ、顔がそっくりだってのは認めるけど……。 けど、せ、生理迎えちゃうような女の子じゃ、ないんだからっ!」
春奈ったら。 なんか、なにげにひどいこと言われてるような気がする。
それにお父さんは、生理って言葉にちょっとビックリしたみたいで、今はちょっとバツが悪そうな顔してる。 娘と、得体の知れない女の子(不本意ながらボクだけど)のそんな話に照れちゃってるみたい。
「だいたい理由あるっていうならちゃんと説明してよ? 男から女に変わるだなんてこと、どう説明してくれるのか興味あるよ?」
ううっ、春奈。
当たり前かも知んないけど、なんか追求がすっごく厳しい……。 はぁ、どうやったら信じてもらえるの?
……説明なんて絶対出来ないよ。
事故でカラダがめちゃくちゃになって、異星人にカラダを作りかえられましたなんて……そんなこと、女の子のカラダになったこと以上に、信じてもらえるわけないんだもん。
春奈……。
昨日。 ううん、ほんのちょっと前までは、鬱陶しいくらいになついてくれてたのに……。 小さいころからずっと、ボクべったりっていうくらいだったのに。
ぐすっ、なんだか悲しくなってきた……。
「あら、お嬢ちゃん……泣かないで」
お母さんは、目に涙をいっぱい貯めたボクを心配して声をかけてくれたんだろうけど、なにげにはなたれたその言葉……、お嬢ちゃんって言葉。
その言葉にボクは深いショックを受けてしまった。
「お母さん、そんな。 お嬢ちゃん……だなんて」
そんな他人みたいな言い方……。
ボクは悲しくて、もう涙が止まらなくなり、とうとうぽろぽろと涙をこぼし、泣きだしてしまった。
「ああっ、ごめんなさい。 傷つけるつもりなんて全然なかったのよ。 ほら、泣かないで?」
そんなボクにお母さんが謝りながら慰めてくれるものの、やっぱり蒼空って呼んではくれない。
だめなのかなぁ?
ボクは泣きながらも、もう信じてもらうなんて無理かもしれないと考え出す……。
そしてそんな中、お父さんが、更に止めを刺すようにこんなことを言う。
「それにしてもやっぱり、にわかに信じることは出来ない。 男が女になるだなんて……。 君はいったいどこの誰で、しかし、なぜこんなに蒼空に似てて……、そもそも蒼空はどこへ行ってしまったんだ?」
そんなお父さんの言葉とともに一斉にボクに向けられる家族の目。
その目はいままでボクに……、蒼空って息子に向けられてた目じゃなく……。
どこか他所の子を、まるで迷子の子供でも見つけてしまって困っているような、そんな眼差しでもって見られてしまっていた。
ボクは愕然とするしかなかった……。
そしてしばし誰も言葉を発しない、むなしく、悲しいだけの時間が過ぎていく。
そんな時だった――。
「この星の原住民というのは存外薄情な人種なのですね? たかだか雄が雌に変わったくらいで自分の家族や、子供のことを信じてやれないなどとは?」
ボクは慌てて、その声がした方を見る。
お父さんたちも、もちろん一斉にそっちを見てた。
そこに立ってたのは背の高い、まるでどこか雑誌のモデルのように整った姿と容姿をした女性。
ストレートの長い銀髪に、どこまでも無表情で感情なんてないんじゃないかって思える顔をしてる、でもとてもきれいな女の人で……、だけどボクも会ったことのない人だった。
<蒼空、私です。 お困りのようでしたのでサポートのため転移してまいりました>
アタマに響く、最早なじみの声。
<え? ディアなの? でもその、お、女の人だよね? それも地球の人の……>
ボクは突然のディアからの遠隔感応通信に驚きつつ、転移してきたのだろう女性とディアが結びつかず、思わず聞き返した。
<このボディはこの地球の原住民に合わせて作製した私用のアバターです。 ここでのフォリンの調査活動の際、私自身が同行する場合に使用しているものですが。 お気に召しませんでしたか?>
もうこの中二コンピュータは……いつもいつも。 もっと事前に説明するとか、現れる前に遠隔感応通信してくるとか、方法は色々あるだろうにさ!
もう絶対わざとやってるに違いないんだ。 っとに、たち悪いったら……。
<お気に召すもなにも……もっと出てくる方法、考えてよ? いきなり人ん家に、現れるなんて非常識すぎっ! 来てくれたのはうれしいけど……余計怪しくなるだけじゃんか!>
ボクは心の中で言うだけ言って、そして、恐る恐るお父さんたちを見る。
まだ呆気にとらたまま、ディアのアバターを見つめてるみんな。
<まぁ任せてください。 蒼空のことを認識させるなど容易いことです>
ディアが自信たっぷりにボクに語ってると、さすがにお父さんが我に帰り、ディアに向って何か言おうと動き出した。
「き、君はなんだ? 何を勝手に人の家にあがり込んでるんだ? しかも、何やら訳のわからないことを言ってたようだし。 くそっ、君といい、この蒼空ソックリの娘さんといい……もう何がなんやら、さっぱりわからん! さあっ、警察を呼ぶぞ、早く出て行きたまえっ!」
お父さんがすごい剣幕で怒ってるのに、まったく動じないディアは、マイペースで語り出す。(まぁ、動じるわけないけど……)
「私はクラウディア。 地球でいうところの、うみへび座銀河団の中にある、銀河連邦に所属するM83銀河内、第3恒星郡を中心に支配する族国家「ライエル」より、この星を監視、観察に来ている存在といえるでしょう。 あなたがたに姿を見せるのは本来ありえないのですが、蒼空に免じてお見せしているのです。 まぁ、以後お見知りおきを」
ディアのあんまりな自己紹介に、お父さんたちはなんとも言えない顔をする。 そしてやがてそれは、からかわれたという判断に変わり……、
「君、ふざけるのもたいがいにしろっ。 もう我慢ならん。 出て行かないなら……」
「おや、信じていただけないようですね? 蒼空と同じですか? うーん、仕方ありません。 それならば、いやでも信じられるようにしてさしあげましょう」
ディアは、怒り出したお父さんの言葉にかぶせるようにそう言い放つと、そのきれいな、でも無表情な顔をさらにひきしめる。 きっとお得意の脳内への強制干渉だ……ボクの大事な家族なのに。
「うっ、な、なんなんだ? これは」
「な、なにこれ? 頭イタイよぉ、お兄ちゃん」
お父さんの目が驚きで見開かれる。
春奈が思わずボクを呼ぶ。 ……ボクは胸が痛くなる。
お母さんも、何が起こったのかわからず、不安な表情を浮かべながら痛みに耐えてる。
ボクはそんなみんなに何も出来ず、ただ見つめるだけ。
気持ちを共有できない。 なんだか一人、仲間外れになった気分……。
……あ、あれ? でもちょっと待って!
<ディア! どうしてお父さんたちに、遠隔感応通信を利用した情報操作が出来るのさ? 確かボクがそれ出来るのって、アタマの中に交感用のナノチップを埋め込んであるからって教えてくれなかった? ま、まさか……ディア?>
ボクはその恐ろしい考えを、ディアに確認してみた。 結果は聞くまでもないことだとは思うけど……。
<ご明察です、蒼空。 実はこんなこともあろうかと、前もってあなたの家族には通信用ナノチップを埋め込んでおいたのです。 なに、簡単なことでした。 まぁ、あなたのものと違い相互交感は出来ず、私からの一方的なものではありますが、これまでのことを認識してもらうにはそれで十分でしょう。 どうです、すばらしいでしょう? いくらでも賞賛していただいて結構ですよ?>
能面のように無表情のまま、銀髪の女性=ディアは、ボクの方を見てそう伝えてきた。
ボクはほんと、呆れ果てて、怒る気力さえ無くなってしまった……。
<蒼空くん。 すまん……、私じゃこいつの暴走は止められなくてね。 だが、こう言ってはなんだが、これで全ていい方向に向うはずだ。 君の家族には、今まで君に起こったこと全ての情報が伝達されている。 まぁ、ちょっと強引過ぎたかもしれないが……。 しばらくしたら目を覚ますはずだ。 ディアには罰として、しばらくサポートでそちらに居させるからぜひこき使ってやってくれ>
フォリン……あなたも結局、似たようなもんだよっ、もう……。
しばらくしディアの強制的な情報操作が終わり、お父さんたちは、突然の遠隔感応通信による、膨大な情報の嵐に耐えられず気を失ってしまい、テーブルに突っ伏してしまってる。
ボクはなんとも言いようのない、むなしくも悲しい気持ちになって、みんなを見つめるほかなかった。
「春奈、ごめんね……」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「お姉ちゃ~ん! ねぇ、ツバサ見せてよ、翼!」
翌朝、この日は日曜ってこともあり、ボクがベッドで色々疲れ果てて眠ってたら、春奈がいつものパターンでいきなり飛びこんできた。
「はぅ!」
ボクはビックリして飛び起き、そして言ってやる。
「は、春奈。 もういつもいつもいつも! どうしてノックしてから入れないのさ? っつうか、お、お姉ちゃんって何?」
「はぁ? 何ぼけたこと言ってるの? お姉ちゃんっていえば、私には一人しかいないじゃん。 ほれほれ」
春奈はそう言いつつ、ベッドの枕元に置いてある鏡をとると、ボクの顔が写るように差し出してきた。
そこに写ってるのは、もうお家にいる限り偽装の必要がなくなった、女の子であるボクの顔。 何度見ても風変わりだ……。 目の色が左右で違うなんてどうなの?
最初、意味無く付けられてた眼帯だけは、速攻外してやったけど(フォリンがすっごく残念そうにしてたけど)、髪の色といい……あいつらほんっとにボクで遊びすぎだよ!
「お姉ちゃん? おーい。 もしもーし?」
「はぇ? あ、ボクがお姉ちゃんだなんて……変だよ。 男なのに」
「ったく、まだそんなこと言ってんの? あきらめわっるー! せっかくお父さんたちも認めてくれたんだから、堂々としてりゃいいじゃん!」
春奈ったら順応しすぎだよ。 昨日あんだけボクのこと疑ってきたくせにさ。
ボクは思わずほっぺをぷくっと膨らませ、ふて腐れる。
「きゃー! お姉ちゃん、かっわい~! もうたまんないよ~」
そう言うや春奈め、ボクにおもっきり抱き付いてきちゃった。
「わっ、わわぁ~」
ボクは春奈を支えきれずベッドに二人して倒れこむ。
春奈はボクの胸のあたりに顔をうずめ、じっとして動かない。
「春奈? あれ、どうしたの?」
「お姉ちゃん……ごめんね」
突然謝ってくる春奈。
「私たち、お姉ちゃんのこと疑って、他人みたいに扱っちゃたりして……。 ショックだったよね? 寂しかったよね?」
春奈……泣いてる。
「春奈。 そんなのもういいんだ。 だいたい信じろっていうのが無理だったんだしさ……。 それに今はこうしてまた姉妹? に戻れたんだし」
ボクは胸に顔をうずめてる春奈のアタマを、優しく撫でながらそう言う。
「う、うん。 そ、そうだよね。 へへっ、姉妹だよね。 なんかお姉ちゃんが出来るって不思議だよ」
春奈が顔を上げてボクに言う。
「そうだね。 まぁボクはちょっと……まだ釈然としないものあるけど」
「ふふっ、ほんとあきらめ悪いんだから。 昨日生理まできちゃったくせに。 私がナプキンあげなかったらどうなってたのかなぁ? あっ、そういやアソコ、まだ生えてなかったよねぇ? ほんと、今思うとかわいらしかったよ~」
そう言ってニヤリと笑う春奈。 くぅ、なんてやなやつ!
春奈めぇ、ボクの黒歴史、掘り返さないでよ~。
「それにしても、お姉ちゃん? 胸……ないね?」
ううっ。
「あ~ん! 春奈のばか~!」
ボクはベッドから起き上がり、胸を隠すようにして春奈から離れた。
もう、ほんと、なんてやつだよ春奈ってば。
「ごめん、お姉ちゃん。 もう言わないから許して~。 大丈夫、これから成長するよ。 身長と一緒にさ?」
カッチーン!
ボクもう怒った。
「ああ、もう知らない! 春奈のばーか、ばーか。 もう出てって」
ボクは起き上がってきた春奈の背中を押し、部屋から追い出そうとする。
「ああ、うそうそ! ごめんなさーい。 もう言わないから許して~」
そんなやりとりをしながら壊れかけた姉妹の絆を再確認するボクたち……。
そしてあと二人、ボクの大事なお父さんとお母さん。
お父さんはまだちょっとバツが悪いみたいで、ボクと顔を合わすと赤い顔をしてすごすごと退散していく。 なんで顔赤いんだろ?
お母さんはそんなお父さんを見て苦笑いしてる。 そしてボクのアタマを優しく撫でてくれて、最後に抱き寄せて、「ごめんね」って言ってくれた。
ボクは自然と涙が溢れてくる。 でもそれをとめることなんて出来なかったし、今はいっぱい泣きたい気分だもん……、いいよね。
ちなみにディアはというと未だに家に居たりして、春奈に余計な知識を教えこんでる。
その結果が――。
「だからお姉ちゃん、翼見せてって。 つ・ば・さ~!」
「わ、わかったから、そんなおっきな声で騒がないでよ~」
これなわけである。
やれやれだよ。
すこしくどかったかな?