第二十七話 そして柚月家は……
最終話をお届けします。
時は春奈たちが家のTVでビッグ○イトに現れた二隻のUFO……クラウディアとソラリスを固唾を飲んで見守っていたころまで少し戻り――――。
「お姉さま、いよいよですね? ようやく、ずっと待ち望んでいた生まれ故郷に戻ってこれたんですもの……あとほんの少し、辛抱してくださね?」
そう話しかけてくれるのはもちろん、ボクの星船……アリス。
「う、うん。わかってる。それはいいの、これからの計画に必要なことだし、まぁ納得もしてる。……してるんだけどぉ! あ、あのぉ、フェリさん? このカッコ……ほんとにしなきゃダメ? その、もっと……さ、普通のさ、スーツとかでもいいんじゃないのかなぁ?」
ボクは今まさに着付けられてる様子を、姿見で見ながらまだ未練がましく言う。
着せられてるのは真っ白なドレス。
肩口はパフスリーブになってて腕側の際にはかわいらしいフリルが付き、両手には二の腕まで届く、長く真っ白な手袋。
開き気味の胸元はフェリさんの着付けのマジックなのか胸の谷間が少しばかり出来(ちょっとうれしかったのはないしょ……)、その胸から腰まわりにかけてはすっごくフィットした仕立てでカラダの線がしっかりわかっちゃう。
でもそこからはひらひらと幾重にも重なるフリルがふわりとやさしく広がりながら足元まで伸びていて……、どこをどう見たってほんと、お姫さまみたいなドレス。
そりゃまぁ、今までだって緋炎宮とかで散々着せられてたって言えばそうなんだけど……、まさか地球に来てまでこの姿見せなきゃいけないなんて、恥ずかしすぎるよぉ。(それになにより、きっと春奈やお母さんにだって見られちゃう! 春奈に見られた日には、後でどんだけからかわれるか……想像に難しくないよ)
「ダ、メ、です! ――姫さまっ、姫さまは七千幾百万の民からなるエカルラート領の代表、エカルラート領主、エカルラン卿なのですよ?
いえいえっ、違いますわ! 今回の我々の陣容からすれば、グラン公はライエル王の名代なのですから、姫さまは……そうっ、グラン星の代表であるといっても過言ではないのです!
そんな大事な晴の舞台、そこによもや姫さまをただのスーツ姿で出したとあっては本国で留守を預かっていただいている侍女長や宮仕えの方々になんと申し開きすればよいものやら。それに民も……しばらくお姿を見ることがかなわなくなる姫さまの着飾った姿、ぜひとも見たいと思っているに違いありませんわ」
はううっ……、いつもボクにはやさしいフェリさんが……オニだ。オニになっちゃった。
「はいはーい! 理由はともかく、私も姫さまのこのお姿には大賛成です! こんなにも清楚で可憐で、しかもかわいらしくって……、どうして姫さまがそんなに着たがらないのか、逆に不思議ですわ? ねぇ、リーズ」
「うーん、だよね~? ……えっと、姫さまはですねぇ、ご自身がどれだけかわいらしくって、どれだけ周りを魅了するかってことを~、まだ十分理解出来てないと思うわけなのよね~」
はわっ、アネットさんにリーズさんまでっ? もうみんなしてドレス、着せたがるんだから……。
「み、魅了だなんて……そんな、ボク……全然たいしたことないのに……」
そうやって、ボクがみんな相手にぐだぐだ言ってるうちにも着付けは仕上げに近づき、そして地球側との会談に向けての動きだって着々と進んでいってる。
「お姉さま! ディアの方、そろそろ動くようです。――アリエージュ、お姉さまの着付けは完璧にね? 私のかわい~お姉さまを地球人に見せつけてやるんだから、文句の付けようもないくらい……完璧に仕上げないといけないんだからね?」
もうアリスったら、何そこまで気合入れちゃってるんだろ。フェリさんたちもフェリさんたちだ。アリスと一緒になって張り切ってくれちゃってさ。ボクなんてきっと、ほんの脇役なんだから……そんなに気にしたって仕方ないと思うんだけどなぁ。
「ご安心くださいませ。私たちが腕によりをかけてドレスアップしておりますし……そもそも姫さまの存在自体が宝石のような方なんですもの――、万に一つの失敗もありませんわ。
それはもう地球の方々も、姫さまのおかわいらしさにメロメロになってしまうこと間違いなしです!」
ううっ、もうみんな好き勝手いっちゃって、恥ずかしすぎっ! ……そんな訳、絶対ないのに。
「あ~ん、もう、アリスもフェリさんたちも、もういいからぁ。ほら、フォリンたちもそろそろ動くんでしょ? ボクたちももう待機してたほうがいいんじゃない?」
ボクの言葉に、「そ、そうですわね」なんてようやく地上に降りる前の確認作業にとりかかろうと動き出すフェリさんたち。
ほんとにもうっ、静かに目立たないようひっそり帰ってこようと思ってたのに……なんでこうなっちゃったのかなぁ?
ボクはみんなのおかげで実現した里帰りに感謝の気持ちを持ちながらも、今のこの状況に呆れるほかない。
でも――、ほんとみんなには感謝してるんだ。
領主に就任して以来――、
たくさんの政務に領地の視察、それにエカルラートや、もちろんライエルに関するお勉強(ボクのアタマの中、データとしては入ってるんだけどなぁ)と……忙しい毎日、ずっと気を張りっぱなしで心を休める余裕もなく、大切な家族とも会えない……そんな日々が続き――、精神的にかなりまいってきてたボクは、ついには何もしたくない、考えたくもない……無気力な状態に陥ってしまった。
それどころか、どんな病気も寄せ付けない、宇宙でだってへっちゃらな、不死身に近いカラダを持つはずのボクが……力は抜けフラフラで、顔色も驚くほど青白くなり……ついにはベッドで寝込んでしまう事態になっちゃった。
最初のうち、みんなは少し休めば気分も替わり、改善されるだろうって考えてたみたいだけど、心を閉じ込め内こもってしまったボクの気力は戻ることはなく……症状はまったくと言っていいほど改善されないままだった。
でも――、そんなボクの症状を治す特効薬が何か? だなんて……ボクを知る近しい人たちにはすぐにわかることであり、結果、ボクが里帰りすることになったのは必然だった。
けど……、
まさかライエル王自らがボクの里帰りの際、その存在を明かすまでのことをフォリンに指示するだなんて……ボクの想像の斜め上、まさに青天の霹靂って感じのできごとだった。
ライエル王の一声であっさり里帰りが決まり、とんとん拍子で準備が整いグラン星から地球に向けて出発するとき、ボクはもちろんアリスに乗ったんだけど……その際、アリオスさんに侍女さんズも一緒に連れてくよう強く言われちゃった。
ボクもアリスも別に来なくてもいいって言ったんだけど……ボクの今の立場で地球に行けば色々やっかいで煩わしいことが起こることは間違いないし、その応対をアリスだけでこなすには無理があるってことで押し切られちゃった。
それにしても……ほんと、どーしてこうなった?
ボク一人お家に帰り、家族に会えれば……、それだけでよかったはずなのに。
なぜかエカルラート、ううん、フォリンも一緒に行くからグラン星、しいてはライエル全体の友好使節団(まぁ友好になるかどうかは地球側の対応次第かもしんないけど)みたいなことになってしまった。
うれしいけど憂鬱。
これが今のボクの正直な気持ち。
何も問題が起きないことを祈るほかないよね?
はぁ……、
やれやれだよ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「多くの地球人類が見守る中、まず出てきたのは過去、宇宙人といえばコレと言えるほど有名である『グレイ』を彷彿とさせる、全身エナメルを思わせる質感をした銀色のスーツで覆った、小柄な宇宙人でした。しかしグレイなどと違い、その表情は十分、人類にも似て、それに髪もちゃんとあり……その様は、我々人類ともしっかり友好を築けそうなしっかりとした知的な印象を受ける宇宙人でありました。
しかし、まだ続きがありました! なんと、もう一隻のUFO。そこから現れたのはなんと人類と見まがうばかりの姿をした……なんとも美しく可憐な容姿をした……一見すると地球にいる少女と言ってもおかしくないほど我々とうり二つの宇宙人だったのです! しかもその少女は、これも同じ人種なのでしょうか? 目が覚めるような美女三人にまるで守られるかのように現れ、我々を驚きから覚めることを許してくれそうにありません」
まだ人々の驚きも冷めやらぬ場で、しっかりその仕事をこなすアナウンサー。この異様な雰囲気の中、中々見上げた心がけであると言えるだろう。しかしその落ち着きも、異星の白い少女とその付き人? たちの行動で過去のものとなる。
「先ほども言いましたが、その少女はなんと異星のお姫さまであり、守るように立つ美女三名はその少女の侍女であるとのこと。うーん、それにしても……何度でも言いますが、我々と区別がつかない姿形をしており、服装にしても特に侍女の三名の服装は地球のいわゆるメイド服とこれまた酷似ており、なんとも興味をそそられるものがありますねぇ!
お、おや? 今美女の一人が姫である少女になにかささやきかけました。
少女はそれに頭をかしげつつ、コクリと頷いております。うーん、なんともかわいらしい仕草で、小さい娘を持つ私としましては、どうにも保護欲を駆り立てられる光景であります」
アナウンサーのその言葉に、歴史的な出来事に居合わせた幸運な数千の人々からも納得の雰囲気が満ち溢れる。
「しかし、しかしです。どこまでも我々そっくりな姿形をしているように見えますが……大きく違う点があります! 懸命な視聴者の方々はすでにお気づきの事実かと思いますが……あえて言わせいただきます」
TV画面上ではアナウンサーの言葉に合わせ、蒼空たちの姿がズームアップされる。
「そう、この宇宙人、お姫さまを始め、その侍女三人に至るすべての人類型の宇宙人の背中には――、翼が、そう、まるで鳥を思わせる、翼が生えているのです!」
アナウンサーの言葉に煽られて会場内のおこる、大きなどよめき。TV画面でもその翼のアップが映し出される。
そしてまるでそれを待っていたかのように、宙に浮かぶ輝く円盤の上に立っていた四人が動き出す。(その円盤自体もなかなか興味深いもので、中にはそれに注目しているものたちもいたりする……)
まず動いたのはアネットとリーズだった。
二人はその背中に窮屈そうにたたまれていた翼を待ってましたとばかりに勢いよく広げ、軽く羽ばたかせて見せる。羽ばたきにあわせ、いくつか離れ飛ぶ羽毛。
もちろんその様子に、会場の人々のどよめきが大きくなる。そしてそのどよめきの中、更に今度はフェリがその翼を惜しげもなく広げ、その優美な姿を見せつける。
三人の美女が見せるその姿に、会場はどよめきからどんどん興奮状態になってくる。
会場の人々の興奮はもちろん翼がついた人間、いや宇宙人か……がいること自体のせいももちろんあるが……、人々の興味はそれだけで尽きるものではなく……、当然等しくすべての人々が考えているだろう。
この宇宙人、空を飛べるのか? と。
本物の鳥でさえ、形骸化し飛べないものもいるのだ。しかもこの宇宙人たちの姿、翼はあるもののどう見ても飛べるような体格をしているとは思えない。女性らしく出るところは出た、魅力ある体付きではあるものの、それは飛ぶためのものではないのは間違いないところだ。
更に人々の目は今だ翼を広げていない、かわいらしい宇宙人のお姫さまに向く。
「うーん、なんと申し上げればよいのでしょう? 会場の人々、そして視聴者のみなさま、すべての人が思っていることでしょう? 人が空を飛べるのか? と。
私の目の前に居るお姫さまにもそれはキレイな翼が生えているように見えます。彼女もその翼を広げ、飛び立つことができるのでしょうか? 今、まさにその疑問の答えが出ようとしているのでしょうか? 会場は今、その期待でなんとも異様な雰囲気に包まれています――」
その時、会場が大きな唸りにも似た人々の歓声が巻き起こる。
「ああっ、今、美女三人が翼を広げた状態で……ついに飛び上がりました! お、驚きました。ひ、人が、人が空を飛んでいます。
おっ、今、黒髪の美少女が白い少女、お姫さまにその手を差し出し……お姫さまもその手を取ろうと手を伸ばしました!」
そして一際大きな歓声が巻き起こる。
とうとう蒼空がその透きとおるかのような白い翼を広げ、軽く羽ばたく姿を見せたからだ。
「ついにお姫さまがそのなんとも美しい翼を広げ、今まさに飛び上がろうとしております!」
地の底から湧き上がるような歓声。
人々の頭上に舞い上がる、翼を広げたどこまでも可憐で美しく、どこか儚げな少女。そしてそれを守るように周りを飛ぶ美しい侍女三人。
その姿はまさに天使のようであり、中継を見ていた信仰心の強い人々の間では、まさにそのものであるかのように扱う者まで出る事態となったようだ。
蒼空の翼からは絶え間なくキラキラと綺麗に輝く、リン粉のような光の粒子が振りまかれ、それが更に神秘的な様相を見せる。もちろん侍女三人の翼からもそれは出ているのだが蒼空のそれには及ばず、控えめな輝きを見せている。
人々はしばしその姿に見惚れ、あれほどうるさかった歓声やどよめきも鳴りを潜め、どこか恍惚とした表情を浮かべ、ただただ見入っている。
そしてそれは蒼空たちが先に地上へと下りた、フォリンの元へ降り立つまで続いた――。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
お姉ちゃんたちが衝撃の地球来訪を遂げてからまる二日。
未だにお姉ちゃんからはなんの連絡も来ない。
そりゃ、あの世間の天地がひっくり返るような大騒ぎ状態を見れば、連絡する暇もないのかもしれないけど――、
ったく、あのちびロリ姉めっ! ずいぶんじらしてくれちゃってさっ。
私の前に姿現したときにはもう……ひどいんだからねっ!
それにしても世の中の騒ぎったらそりゃもうハンパなかった。
TVはどのチャンネルも宇宙人のこと、UFOのことを延々特番組んで放送してる。にわか評論家もたくさん登場し討論番組も後を絶たない。
それに宇宙人の、地球の科学では到底太刀打ちできない……ある意味魔法のような科学技術っていうのをイヤって言うほど見せ付けられ、世の学者さんたちはそのあまりの差に愕然とした思いを抱いたに違いない。実際そんな技術の差を検証する番組もたくさん放送されてるし、ネットでも色々比較したサイトが乱立してる。
宇宙人がやってきたうみへび座銀河の話題とかもいっぱいあって、そのあまりにも遠いところから来た……地球のロケットやシャトルなんかでは何万年かかろうが決してたどり着けない……気が遠くなりそうな距離を飛ぶ宇宙人のUFOの話もからませつつ、世間を驚かせていた。
でもそんな科学報道に匹敵する、ううん、そんなの目じゃないほどの過熱報道ぶりを発揮してる存在がある。
銀河の妖精。
真っ白な翼を持つ美少女天使。
異星の美姫――。
他にもたくさんの賛美の言葉と共にたくさんの呼び名が付けられた、宇宙人の少女。
言うまでもなく――、
私のお姉ちゃんの……蒼空だ。
ったく、報道見るたびに頭痛くなってくる。
世の人が事実を知ったら驚くだろうな?
世間を騒がす宇宙人の姫さまが実は地球の日本、そこに住んでた平凡な一中学生に過ぎなかったんだと知ったら……。
まぁとは言え、今のお姉ちゃんの姿を見て地球人だって言うほうが無理あるし、きっと誰も信じないだろうけどさ。
140cm少しの小さな体。その背中に白い翼を生やしてて、髪の毛は淡い紫がかった白。かわいらしい小さな顔の額に深い青の綺麗な石みたいなのが埋め込まれてて……その目は赤と碧のオッドアイ。
その翼を広げれば激しく羽ばたくことすらしないのに大空高く飛び上がる……なんとも不思議な力を持つ――、はるか彼方、グラン星エカルラートから来たお姫さま。
私の知ってる……知ってたお姉ちゃん……は、知らない間にそんな謎に満ちて不思議な、そして一般人なんかがとても近寄れない存在となっていて――。
TVのいろんな報道や特番を見るたびに……もう私たちのところ、お母さんやお父さん……そして私の前には姿を現さないんじゃないか?
そんな不安にかられてきてしまう。
そんなことを考えて、さみしい気持ち……わきあがってくること抑えられないよ……。
お姉ちゃん……なんで連絡くれないの?
まさか、まさか向こうに行って私たちのことなんて忘れちゃったの?
悲しいよ……。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
蒼空たちが地球に来て早一週間が過ぎ。
宇宙人到来の喧騒にもようやく落ち着きが出てきたかという矢先、政府より会見を開くとの通達が報道各社に届く。
主催は文部科学省。
今回はビッ○サイトなどという奇をてらった場所ではなく、お膝元、霞ヶ関のとあるビルの一室で行なわれる旨の通達である。ただし、肝心の会見内容についてはこれといって記載もなく、各社の取材陣は何が発表されるのだろうと一様に首をひねっていた。
会見に宇宙人、そしてくだんの姫の出席がなかったこともあり、会見は粛々ととりおこなわれたのであるがその内容についてはなかなか驚きに満ちていた。
また、一部自主規制を願われた内容もあったものの、報道管制がしかれるわけでもなく、記者たちは早速自前のモバイル端末でその興味深い会見内容をまとめる姿が多数見受けられるのであった――。
翌朝、各社のニュース番組にその内容が報道され、その番組はとうぜん柚月家、春奈の目にとまることは必然だろう。
『グラン星エカルラートの姫、日本の学校に留学を希望?』
『日本の一般家庭へのホームステイが実現?』
春奈はその番組で踊るテロップを見て、しばし呆気にとられてしまう。
「な、何ソレ? 留学? そ、それにホームステイ?」
春奈が呆けながらも番組を見ていると、キャスターの説明が耳に入る。
《なるほど、お姫さま……ええと正式な名前は「ソラ=エカルラン=サー=スカーレット」さまと言うんでしたか……、そのソラ姫がですね、地球のことをもっと知りたいとおっしゃられた? それで文科省と宇宙人の代表であるグラン公との間で色々話し合いがもたれたと? そういう流れになってるわけですね?》
キャスターが番組の解説員の男に、視聴者に説明するようにしながら確認する。
《そうですね。そしてその話の中で、どうせなら地球人の生活も感じてみたいというソラ姫の強い要望もあり……ホームステイするという話になってきたということですね》
《ほうほう! それはまた大胆なお話ですね。それでソラ姫が通うことになる学校やホームステイ先の選定とかはどうなってるのでしょう? さぞや選ばれた先は大騒ぎになることでしょうね?》
キャスターのその問いかけを耳にし、春奈はピクリと反応し、一緒に見ていた日向や雅行に問いかける。
「ねぇお父さん! こ、これ、一体何言ってんの? お姉ちゃんどっかの学校に入るの? ホームステイってどういうことっ?」
春奈はここ最近、なかなか連絡をよこさない蒼空に対する不満から、ちょっと……というかかなり不機嫌な口調で父、雅行を攻め立てる。
「うっ、うん、そうだなぁ……まったく、蒼空のやつしょうがないな。きっとわがまま言って政府の人を困らせてるんだろ?」
春奈の口撃に目を泳がせながら、苦し紛れともとれる言葉を返す雅行。
そんな雅行を見て苦笑いの日向。
「もうお父さん! ふざけないでマジメに答えて。お姉ちゃん、私にひとっ言の連絡もよこさないくせに……こ、こんな留学とか、ホームステイとかっ! もう、なんなのよぉ……」
春奈はそう雅行に言い募っているうちにだんだん感情が高ぶってきて……いつしかその目には涙が浮かんでくる。もう悔しいやら情けないやら――。
そして、なによりのけ者にされているようで寂しい。
そんな複雑な思いから……ついには堰を切るように泣き出してしまう春奈。
戸惑う雅行に変わり、日向が春奈をそっと抱き寄せ、やさしく頭を撫でてやっていたその時だった。
『ピンポーン』
『柚月さん、こんにちは。ご在宅でしょうか?』
インターフォンが鳴り、続いて挨拶をする引き締まった男の人の声が聞こえてくる。
その声に渡りに船と、雅行が応対に出て行く。
その際、日向と雅行はお互い目配せをしていたのだが、日向の胸に抱かれ泣いている春奈はそれに気付かない。
玄関からは複数の人と話しをしているらしい雅行の声。来客の中には女性も居るらしく、まだ若々しいながらもしっかりとした落ち着いた綺麗な声も聞こえてくる。
春奈もようやく落ち着きを取り戻し、来客が入ってくるかもしれないと、その顔の涙を拭い身だしなみを整える。
それを見てやさしく微笑む日向。
しかしその顔はどこか少し、いたずらっぽく笑っているように見えなくもない。それはいつも春奈が蒼空にしていた表情にも似て、そこはかとない愛情に満ちた表情なのだろう。
やがて話しがまとまったのか、男の人は挨拶とともに出て行ったようであるが、それと同時に玄関から複数の人が入ってきた気配もする。
春奈はなぜだか心臓がドキドキしてくる。
案内をするお父さんの声が聞こえてくる。
足音が近づく。
四人以上は居そうな足音――――。
――ああ、心臓が破裂しそう。
何この緊張感。
お父さんと一緒に歩いてくる人たち。
すっごく軽い足音。
ああ、もう目の前まで来た! なんだか確認するのが怖い。
どうして?
そしてついにお父さんがドアを開けた?
私の目に飛び込んできたのは――――。
それはちっちゃな女の子。
まっ白でかわいい天使。
背中の翼を器用にたたんでて、純白の清楚なワンピースを着たお姫さま。
こっちを見て……少ししてはにかんだように笑った。
そうそれは……、私の大事な大事な……家族。
「お姉ちゃん!」
「は、春奈!」
お互い……声をかけたのはほとんど同時。
私はついさっきまでの感情なんてすっかり忘れ去り、お姉ちゃんに向け駆け寄り……、
思いっきり抱きしめた。
お姉ちゃんも負けじと私を抱きしめてきた。
「春奈……会いたかったよ」
すぐ耳元から聞こえるお姉ちゃんの鈴を鳴らしたようなかわいい声。
そして相変わらず小さなお姉ちゃんの体。
変わらないな……。
「私も。私も会いたかったよ……」
そう言ってからぎゅっと、更に力を込めて抱きしめた。
逃がしてしまわないように……。
またどこかへ行ってしまわないように――。
「春奈、く、苦しいよ……」
「知らない! 私にだまってたバツ! ずっと、ずっと寂しかったんだからね? こんな、こんなサプライズ……しなくていいのに。……ほんとにもう……ばかっ」
ちょっと拗ねたように言った私の言葉に、お姉ちゃんは少し体を離し上目使いで言う。
「ご、ごめんったらぁ。ぼ、ボクだってずっと、ず~っと、寂しかったよ。
でも、でもさ、ボクの今の立場で……これから気兼ねなく春奈やお母さん、お父さんと会おうと思ったらさ……。それに普通にガッコ、行けるようにするにはどうしたらいいか?って考えたら……さ。
すっごく悩んだんだから。
そんでもってそれをディアやアリスに相談したら……こうなっちゃったんだもん」
お姉ちゃんがちょっとむくれた顔でそういいわけする。
もう、そんな顔して上目使いで見ないでよ。我が姉ながらすさまじいばかりの破壊力。つうかこれ、磨きかかちゃってるよ。
でも……お姉ちゃんも色々考えてたんだ。私だけ寂しい思いしてたんじゃないんだ。
ふふっ、やっぱ姉妹なんだもん、当然よね。
私は離れかけてたお姉ちゃんを逃がさないよう、もう一度思いっきりぎゅっと抱きしめてやった。
お姉ちゃんはかわいい声をあげ、文句を言ってきたけど知らないよ。
私だけにナイショにしてたバツだ。
お父さんやお母さんは、きっと先に聞いて知ってたに違いないんだもん。学校のこととか、なによりホームステイのことなんてさ。いきなり決まってはいそうですかなんて出来るはずないもん。
ほんとひどいよね。
しばらくはこれをネタにいじってやるんだから……覚悟しときなさいよね。
お姉ちゃんとの再会に落ち着いたところで、何気にその後ろに目をやると、そこにはTVでも見た三人の翼を生やした女性。
艶やかな黒髪の綺麗なまだ少女といった雰囲気の女の人と、白っぽい金髪が眩しいこれまた綺麗な、更にモデル顔負けのスタイルをした二人の女の人が立ってた。
その表情はすっごく優しくて、三人が三人ともお姉ちゃんを見てた。
侍女さんだったっけ?
私の知らないお姉ちゃんを知ってる人たち――。
ええいっ、何感傷にひたってるの私。
これからはきっと、きっと一緒に過ごせるんだよね?
私は何も言わずにそばにいてくれてるお父さんとお母さんを伺い見る。
うんうん頷いてくれるお父さん。そして優しく微笑んでくれるお母さん。
ほんとわかってんのかな? お母さんはともかく、頷くお父さんをちょっと訝しんで見る私。
でもなんか……ほんと久しぶりに幸せな気分だよ。
私は知らず知らずのうちに満面の笑みを浮かべていたのだった――。
そして蒼空は……。
――ボクは最初ちょっとふててた春奈にぎゅっと痛いほど抱きしめられてから……でも久しぶりに会った喜びを分かち合いながら……お互い涙した。
留学って理由でこっちに留まり、ホームステイって形でわが家に戻ってきた。(こんなこと考えたのはもちろんディア。なんかほんとずるがしこいっていうか……。まぁおかげでこうしてお家に戻って来れたんだけど)
そう、これからは周りに遠慮することなく一緒に居られる。
まぁボクの立場上、いっぱい注目はあびちゃうかもしんないけど……でも、ずっと一緒。
中学三年、そして高校生活。
最低でも四年近くは一緒に居られる。その先のことはまだわかんないけど……。
とりあえずは今が大事なんだから――。
「春奈! これからガッコに通う間はず~っと一緒だよ。当分の間、お世話になるから……よろしくね!」
ボクはまだまだ再会の余韻にひたってる春奈にそう声をかけ、そしてまたぎゅっと抱きついた。
うん、感動の場面だよね。
そんなボクの頭上にクロちゃんが飛んできたかと思うとポスンととまり、そして「きゅう~」と間の抜けた声で鳴いた。
もう! 台無しだ。
それを見てみんながにこやかな表情で笑った。
フェリさんにアネットさん、リーズさん、それにお母さんとお父さん。
みんな一緒に笑った。
ボクと春奈も顔を合わせて笑った。
王玉で維持されてるボクの一生は、まだほんのさわりにもなっていないのかもしれないけど……それでも今は……この手の中にあるこの幸せを一分一秒でもかみ締めていたいと思う。
この思い出はボクの宝物。
絶対忘れない、忘れたくない記憶。
そんなちょっと切ない思いを抱きながらも……、ボクは久しぶりに味わう家族との団欒に心を満たされていった。
それにしてもこれからのガッコ生活、どうなるか楽しみだ。
ほんとワクワクだ~。
――蒼空の想いとは裏腹に、きっと色々騒ぎが起こるだろうことは想像に難しくない。
でもそれはまた別のお話。
とりあえずはこれからの蒼空の人生? に幸多からんことを祈ろう……。
日本、そしてエカルラートの空より――。
おしまい。
とりあえずおしまいまでこぎつけました。
これまで読んでいただきありがとうございました。
今後、番外か、別のタイトルで続編のようなものを
細々と書きたいなとは思っていますので、その暁には
また読んでいただけるとうれしいです。
JJ




