第二十五話 転換点
彷遊宮から帰ってきて早々、アリオスさんに捕まったものの……ボクの必死の抵抗とフェリさんの口添えもあり……なんとか解放されたボクは、ようやく自分のお部屋である「緋色の間」に戻る事ができた。
で、やっと一息つけるかと思ったのもつかの間、次に捕まったのは当然のことながら侍女さんズ。中でもアネットさんったら、
「ライエルの王さまから星船を賜るだなんてすごいですっ! さすが姫さまです~! それに姫さまにピッタリの、とってもかわいらしくってそれでいて優雅な星船でステキでしたっ」
アリスをいつの間に見てたのか、そう言うや否やボクをそのおっきな胸におもっきし抱き寄せて、ギュッとしてくれたもんだから、ボクもう息することも出来ないよぉ。
「はわっ、ちょ、ちょっとアネットさん……く、苦しいよぉ!」
ボクが強引すぎる抱擁にジタバタしてると、
「ちょっとアネットぉ、あなたいいかげんにしなさいよぉ、なに姫さま独り占めにしてるの~? それに媛さま、苦しがってるよぉ? 早く離しなさいってば~! っていうか私にもギュッとさせてよ~」
ううっ、リーズさんまでぇ……。
ボクはアネットさんの胸からは解放されたものの今度は、その二人から両腕を抱え持たれ、引っ張りっこされちゃってる。
「あぁん、もう二人とも~、そんなに引っ張っちゃだめぇ! 腕痛いし、お洋服伸びちゃうよぉ~」
ボクのそんな言葉に一瞬、引く力が弱まるもののそれもほんと、少しの間だけ。すぐまた取り合いが始まっちゃう。まぁそうは言ってもゴスロリ衣装は、ほとんどボクの戦闘服みたいなもんで、ディアが恐ろしいほど改造しまくってるから……そう簡単に延びたり、ましてや破れたりなんかするわけないんだけどね。
それにしても、二人のこの反応。一応覚悟はしてたけど……ボクの想像の上を行く、はじけ具合だよ。
今は引っ張り合いから二人しての抱きしめに変わっているその状況……二人がボクをお互いの胸で挟んで抱き合っているという(悠斗や智也だったら泣いて喜ぶよね? きっと)、自分がこうむっている、なんとも恥ずかしい状況にあきれちゃうけど……でももう身を任せるるほかないよね。
もちろん、ボクもみんなと再会出来たのはとってもうれしいことだから、喜んでもらえること自体はいやなわけじゃない。
そして二人がボク争奪戦をしてるのを苦笑いしながら見てたフェリさん(そんな笑ってないで助けてよ~、いつもならすぐ二人のこと注意して助けてくれるのに~)が、ボクのささやかな変化に興味を覚えたのか疑問の声をあげる。
「姫さま? 先ほどから気になっていたのですが……その額に輝いている、綺麗な宝石のようなもの……それはなんなのでしょう? 姫さまの雪のように白いお肌にとても良く似合っていますが……それもライエル王さまから賜ったものなのですか?」
いくら侍女さんたちをまとめる立場にあるとはいえ、フェリさんもまだ17才くらいだっていうし……きれいな顔立ちの中、一際目立つ、くりっと大きな漆黒の目を興味深かそうに輝かせながら、ボクにそう尋ねたフェリさんは、ボクの返事を今か今かと待ってるみたい。
フェリさんのその問いに、あんなに引き合いしてたアネットさんとリーズさんもボクの額の宝玉に気付き、食い入るように見つめてる。
「ふぇ? あっ、ああ、これ? これはそのぉ、フェリさんの言う通り……ライエルの王さまからいただいたっていうか、額に押し付けられたって言うほうがいい気もするけど……同じくいただいちゃった星船、あ、アリスって言うんだけど、そのアリスと繋がってる守護石なの。えへへっ、キレイでしょ~?
これでねぇ、アリスの感じてることがわかるし、いろんな機能をボクからでも使えちゃったりするんだよ? 転移とかだってもうディアに頼らなくたって出来ちゃうんだから~」(ちなみに転移自体はボク自身の能力でも出来るけど……その距離はよくて数十mってとこで、遠く離れた場所ってのは無理無理なのだ)
ボクはちょっと自慢げに守護石の説明をする。
「まぁ、そうなのですか。そのように、すばらしいものを賜るなど……姫さま、よほどライエル王に気に入られたのですね? それにしても……なんとも神秘的で、美しい石ですね。深い青の中に星が散りばめられたように輝いていて……まるで小さな宇宙のような、そんな不思議な感じがする石で……まさに姫さまのためにあるような石ですわ」
フェリさん、もうベタ褒めだ。
そしてフェリさんのその言葉にアネットさんとリーズさんもボクの額をまじまじと見つめてきて、また一通り同じように褒めちぎられちゃった。
はうぅ、みんなしてそんなに見つめられて、褒められまくっちゃうと……なんだかもう、うれしいやら恥ずかしいやらでもう、いたたまれないよぉ~。
とまぁ、そんな感じで久しぶりの侍女さんズとの対面の儀式? が済んだところで、ようやく多少の落ち着きも出て、まずはとばかりに湯浴みを勧められ、ボクもずっとお風呂に入りたかったから……一も二もなく同意した。
当然のごとくアネットさんリーズさんに、それはもう懇切丁寧に……一部の隙なく……隅から隅まで洗われた。
同意したし、まぁ、いつものこととだったとは言え……やっぱ、もうなんか……お姫さまって……大変……はうぅ。
そんな時、クロちゃんといえば……もちろん久しぶりの広い浴場で、今までの窮屈な環境から解放されたうれしさからか、それはもう楽しそうにすいすい泳いでた。
ううぅ、やっぱ絶対プラズマボールの刑だ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その日の夜は、彷遊宮への旅の疲れのせいか、はたまた今や眠りなれたベッドのおかげか……それはもう、久しぶりにぐっすりと眠ることが出来た。
そして翌日。
この日から、ボクにとって新たな地獄のような日々が始まった。
アリオスさん監修、為政のための一週間講座……とばかりに毎日ほぼ半日を使い、アリオスさんの執務室に缶詰状態でご指導いただいちゃった。(ううっ、ほんともう、勘弁してぇ~)
それにしてもボクが為政者になるだなんて……そんなこと許されるものなの? ボクが言うのもなんだけど、こんな子供にさ。
なぁんてね。
ま、実際はこれまで同様、アリオスさん以下、宮仕えの人たちがエカルラートの政を行なってくれるから、ボクは何にも心配することないんだけどね。
でも、そうは言っても、今までとちがって実際行なわれていることは十分理解しておいてもらわなきゃ困るってわけで……キッチリお勉強しとかなきゃダメっ! てことになるんだよね。
はぁ……。
そしてそれとは別にエカルラートの人たちに、ボクがフォリンに代わって正式に領主へと就任したことをお披露目すべく、広い領内を視察もかねて周ることになっちゃった。
以前も緋炎宮前の大広場でお披露目したことあったけど……今回は全領内、あまねく知らしめるため……それにもちろんボクに領地のお勉強させるのと、きっと自覚を促すため……アリオスさんが発案したに違いない。
ほんとアリオスさん……ハンパないです……。
ってことで、午前中は緋炎宮でお勉強、午後からは領内視察兼お披露目。お披露目なんて、それはもうどこに行っても前やったとき以上のすさまじいばかりの歓待を受けて、ボクはもうタジタジ。
はっきりいって毎日めまぐるしい忙しさで、ボクの自由になる時間なんて夕方、お食事をした後の数時間しかない。
そもそもお食事にしたって、いっつも広い食堂にボク一人っきり。そばにフェリさんが控え、給仕さんがお世話してくれるとはいえ……寂しい限り。
それにこの時ばかりはクロちゃんも一緒ってわけにはいかず、ほんと寂しくって……地球のお家で……春奈や家族と騒がしいばかりのお食事をしていたボクにとって、とても楽しい気分なんて味わえるべくもなく、ただただカラダを維持するのに必要なためエネルギーを摂取する場……みたいなものになってしまった。
もちろん出されるお食事はとってもおいしくって、毎日一流レストランで出されるような料理を食べさせてもらってるし、フェリさんに給仕さん、それに料理を作ってくれてる人たちが誠心誠意、尽くしてくれてるのは十二分に理解もしてる。
だけど、そんなのボクにとって重要なことなんかじゃない。
家族に会いたい……。
それだけ。
たったそれだけのことなのに……。
……それを実現するのは今のボクの立場ではとっても難しい。
それがとっても寂しい……。
特にここ最近の忙しさでもって、なおさらその寂しさを強く感じるようになってきてしまった。
夕食と湯浴みを済ませバルコニーに置かれてる、まあるくってかわいらしいテーブルセットのイスに座り、フェリさんが入れてくれたホットミルクを少し口をつけただけでぼーっと眺めながら……鬱々とした気分でそんなことを考えてたら、
<お姉さま? 最近、お姉さまのバイオリズムの低下が著しいです。アリスはとっても心配です。……大丈夫ですか?>
ボクの星船、アリスが交感を使って心配気にそう伝えてくる。ボクとアリスは守護石で繋がってるから隠し事なんてしようがない。(ちなみにやろうと思えば意識的にアリスとの接続を切るってことは可能だったりする。たとえAIだとしても……知られたくないようなこと……あったりするかもしれないもんね? まぁ今のとこ切ろうだなんて思ったことないけど)
<……うん、大丈夫。アリス……心配してくれてありがとね>
アリスはデリカシーのかけらも無いディアなんかと違って、とっても人の心に敏感で……こうやって落ち込んでるボクに言葉をかけてくれる。
フェリさんたちだって、そりゃ優しい言葉、いっぱいかけてくれるし心配もしてくれるけど……彼女たちにも当然シゴトがあって……それは残念ながらボクにとってうれしいことよりツライことのほうが多かったりする。
でもボクだってそんなことはわかってるから、いくらボクがみんなの上に立つ領主で、命令出来る立場だとしても……ううん、それだからこそワガママなんて言えない。
それに対してアリスは無条件にボクの味方。
今こうやって、なんとかがんばっていられるのも……アリスがボクのお話の相手になってくれてるからこそ。
たいしていいイメージ持ってないライエル王だけど……アリスをボクにくれたことだけは感謝しなきゃ。
<アリスぅ、なんか面白いお話聞かせてよ? ぱーっとした気分になれる楽しいお話がいいな。ねっアリス、お願~い!>
ボクはアリスにそうやって色々おねだりしたりする。アリスもそんなボクの気持ちを察してくれて、いつもボクを元気付けてくれる。今日もそれは変わらない。
で、そうやって交感をしてるとほっぺにこそばゆい感覚がする。
「あんっ、なぁに?」
交換に気をとられて気付くの遅れちゃった。
正体は、そう、クロちゃんだ。
異世界で出会った……っていうか戦った黒竜、インペラートルドラゴンのクロちゃん。ディアにカラダを縮められてからずっとボクと一緒にいる……かわいいお友だち。
「ふふっ、ごめん。君も居たよね」
いつもながら落ち込んでるとほっぺをペロって舐めて、ボクを慰めてくれるクロちゃん。
ボクはそんなクロちゃんを両手で抱え上げ、胸に抱きしめる。
湯浴みでほてったカラダにクロちゃんのちょっと冷ためのカラダが気持ちいい。
「クロちゃんも一緒にアリスのお話聞こうね」
「きゅい」
クロちゃんが同意のお返事をくれる。
クロちゃんとボクは直接言葉を交わせるわけじゃないけど……それでもお互い何を考えてるのかはちゃんとわかる。言葉はなくても思いは伝わる。
ボクとクロちゃんはそんな関係なのだ。(言葉だけ見るとなんか意味深だ……えへへっ)
そんなたわいのないやりとりをしながらクロちゃんを抱えたままベッドに入り、最近の日課となってしまったアリスのお話を聞きながら……ボクは眠りについた。
――蒼空がベッドに入り寝息を立て眠りについたころ……緋色の間の扉が静かに開き、蒼空付きの侍女、フェリことフェリエル=ミディ=アリエージュが様子を見に訪れる。
黒竜はなんとか蒼空の抱擁から抜けだし、バルコニー脇の自分用に用意されているスペースで丸くなって眠っていたがアリエージュが入ってきたことに気付きその頭をもたげる。
そんな黒竜に”静かに”というふうなゼスチャーを見せ、黒竜もいつものことなのか、おとなしく再び丸くなって眠りにつく体勢となる。
アリエージュはそんなクロちゃんに微笑を向けながらも、蒼空のかたわらに優しげな表情を見せながら寄る。そして、
<ソラリスさま、姫さまのご様子はいかがでしょう?>
アリエージュは蒼空の星船、アリスに交感でその意思を伝える。どうやら蒼空の侍女たちは星船との交感を許されているようではあるが……アリスは、近しいものにしか蒼空がつけた愛称である『アリス』の名を呼ばせるつもりはないようである。
<ご様子もなにも最悪よっ! よくも私のお姉さまをこんなになるまでいじめてくれちゃって。あんたとこの執政官はSもS,どSね!>
アリスはそう言ってアリエージュに激しいグチを飛ばす。
あんたとこのって言うものの、つまるところ彼は蒼空の支配下にあり、”あんたとこ=蒼空”なのであるが……きっとそんなことはアリスにとってどうでもいいのだろう。
しかしそんなアリスの言葉はアリエージュには相当こたえたようで、
<も、申し訳ありません。私たちの力が及ばないばかりに姫さまにはつらい思いをさせてしまって……。しかし、フェリオラ様も決して姫さまをいじめようとしているのではなく……>
<わかってるわよっ、そんなこと。だから私だっておとなしく……ガマンしてやってるんじゃないの。もーほんとイマイマしいったら……>
アリスは普段蒼空と会話している言葉と違うキツイ言葉でもってアリエージュに噛み付く。ほんとこのアリス、星船のAIとは思えぬ人間臭さであきれるばかりである。
<それにしても……このままだと、お姉さま……ほんと擦り切れて、心が折れてしまいそう。私からもディアにっていうかグラン公に掛け合うから、アリエージュ、あんたからもフェリオラに一言いっといてくれる? お姉さま、このままじゃ倒れちゃうわよって>
アリスのその言葉はあれなものの、蒼空を思うその気持ちは本物で、それはアリエージュ……フェリにも、いや、アネットやリーズだって痛いほどわかっている。それこそアリスに言われなくても。
そして蒼空にとって……今、何が一番必要なのかも……。
そこのところはアリスにもきっとわからない。いくら人に近づけられたAIだとしても……。
姫さまがそもそも今、ここまで心が不安定になってきているのはフェリオラ様のきびしい教育のせいじゃない。もちろんそれも多少あるだろうけど……。
オーブをその体に持ち、不老でとてつもない力を持つ姫さまだとて……その心はまだまだ14才を過ぎたばかりのかわいらしい女の子なのである。
17才にして侍女三位に付けるフェリにして今だ親のスネをかじって生きているのに、14才のまだまだ親が恋しい女の子である姫さまが今のような環境で……今まで頑張ってこれたことこそ驚きなのだ。
<そうですね……。ソラリスさま、私のほうからもフェリオラ様に今の状況がいかに姫さまにとって酷なことになっているかお話してみます。ですから、グラン公のほうへの働きかけ……なにとぞよろしくお願いいたします>
<わ、わかってるわよっ、あなたこそしっかりおやりなさいね?>
いつの間にか攻守が逆転した状況に慌てながらもそう答えるソラリス。
その身にすさまじいばかりの力を宿した、でも、まだまだあどけないその顔に……少しばかり憔悴した表情を混ぜ込んで眠っている蒼空を目の前に、アリエージュとソラリスの怪しい交感はまだしばらく続くようであった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ボクが領主になってから早三ヶ月が経った。
アリオスさんのきびしい教育のたまものか、それともこのカラダのおかげか……それなりに政治のことも理解し、ガンバってお披露目の視察もほぼ全領で行い、たぶん領民の人たちにも慕われてるような自信がついてきたころ……。
安定してきた環境と逆行するように……ボクの心はまるで自分を守るかのように殻をかぶり、感情が表にでることが極端に減ってしまっていた。
あんなに好きだった空のお散歩に行くことすらしなくなり、政務が無いときはクロちゃんと緋色の間に篭ることが増え、何もしたくなくなっていた。
侍女さんズやアリスがそんなボクを心配し、色々世話を焼こうとしてくれるけど……はっきりいって何をされても、言われても……さっぱり心は動かない。
もうほっといてよ……。
ボクは今の生活に何の希望も持てないでいた。
人がうらやむ何不自由のない暮らし、ばかみたいに強いカラダ。そして称えてくれる人々。
でも、それが一体なんだと言うんだろう……。
ボクがほんとに望むことは実現しない。
アリスに頼めば……無理を言えば……、きっとアリスはボクの願いをかなえようとしてくれると思うし、実際出来るんだとは思う。
でも、でもボクの今の立場がそれを許さないし、ボク自身、それがどんなに周りに迷惑をかけるかわかってるから……。
だからボクは気持ちを心の殻に閉じ込めた。
そうすれば悩むことや悲しい気持ちから逃げることが出来るから……。
そして、そんな風に心を閉じ込め、しばらくたったある日のことだった。
ボクのそんな気持ちを覆してくれた……あの日。
ボクの長い長い一生の中で……忘れられない、一連の出来事が始まった。
あと少し。
次回、最終回……かも。




