第二十四話 得たもの、得られないもの
額に埋め込まれちゃった石。
ボク専用の星船と直接繋がってるマスターキーで、守護石かぁ……。
ボクは彷遊宮であてがわれた人類種用のお部屋にあった姿見で、額の石をまじまじと見つめる。
うーん、なんかいかにもありがちな場所に付けられちゃったけど……、ほんとなんて深い青色してるんだろ。それによく見ると中で細かい星が散りばめられれるみたいにキラキラ輝いててすっごくキレイで神秘的だ。それがほんと、なんの違和感も無しにボクの額に馴染んじゃってる。
ボクは試しにその石を指で軽くつまんだり、こじってみる。
ううっ、……まったく動かない。
やっぱ額にぴったり引っ付いちゃってる。っていうかこれ、触ると不思議な事にボクにもその感覚が伝わってくる。……まるで元からボクのカラダの一部だったみたい。
それにしても、こんなトコに付けてくれちゃって……目立ちすぎだよ。これ絶対緋炎宮に帰ったらフェリさんたちに突っ込まれるよ……はぁ。
そういやボクと繋がるっていう星船、いつお話出来るようになるんだろ? 近いうちにって言われたけど……フォリンはすぐにでもグラン星に帰りたいみたいなこと言ってたし。(なんかノルン公とかと一緒にいるの、いやみたい)ボクその星船と一緒に帰れるのかな?
うーん、試しに呼んでみよ? へへっ、答えてくれたりしてね。ボクはディアと交感する要領、そして守護石を通すってイメージでもって呼びかけてみた。
<おーい、聞こえますかぁ?>
…………。
あはっ、我ながらバカみたいだ……。
<はーい、聞こえま~す!>
えっ?
<おねえさま~? もしも~し?>
お、お姉さまって……でも、これって……。
<あ、あの、君って、その、ボクの星船さん?>
ボクは、たぶんそうに違いないとは思うけど……一応聞いてみた。
<はいっ~! そうですっ! 私、お姉さまだけのジェネリック船、星船の『ソラリス』っていいます。
私……ついさっき生まれたばかりで……そしたら、なんかすぐにお姉さまから交感が入ってきて……うふふっ、私たち、通じ合ってるっていうか? うれしいです~♪>
はわわっ、な、なに、この子……やたら人間っぽいっていうか、ディアの抑揚のない感情のこもってない話し方とは正反対っていうか……。そ、それにソラリスって……なんてまぎらわしい名前なのっ!
<そ、そうなんだ。君がボクの星船さんなんだね。それにしても、お、お姉さまって?>
<ううっ、お嫌ですか? 私とソラ姫さまは守護石でつながってて、もうそれは姉妹みたいなものです。そして私のほうが後で生まれたのですから……妹? じゃないですかぁ? だからやっぱ……ソラ姫さまはお姉さまです! そうお呼びしては……ダメですか?>
うう、何この変な展開。つうか星船に性別ってあるの? もうわけわかんないや。
<だ、ダメってことはないけど……き、君、女の子なんだ? その、ボクは別になんて呼ばれようとかまわないけどさ……。それにしても君、随分人間っぽいね? なんかディアと大違いでビックリしちゃった>
<あ、ありがとうございますっ、お姉さまっ! それでですね、ご質問の答えですが……私たち星船に、もちろん性別なんてありませんが……その……、気持ち? 私のお姉さまを大切に思う、この有り余る気持ちが私を妹へと特化させていったのだと思います! そして、私がそんな風に人間っぽい感性をしてるのは、人類種向けにカスタマイズされた星船だからです。
だからディアやアレイなんかと違って、お姉さまの色んなこと、しっかりサポートして差し上げますね? これからどうぞよろしくお願いしまーす!>
<う、うん。よろしくね? そ、ソラリス>
ボクはソラリスの、そのあまりの押しの強さと、ちょっと怪しげな表現に若干ひきながらもなんとかそう答えた。
それにしてもボクのために、人類種用の星船をわざわざ用意してくれるだなんて……王さま、案外太っ腹だよね。まぁ、王さまなんだし、庶民と違って星船の一つや二つ、ちょちょいのぱって造っちゃえるのかなぁ?
っと、今はそんなことはどうでもいいや。それより、
<でさ、ソラ……リス? 君の名前なんだけど……ボクの名前とかぶっちゃってまぎらわしいしさ……その、『アリス』って呼んじゃだめ?>
ボクはここぞとばかりにアタマの中の、やりすぎってほどに強化されまくった頭脳をフル回転させて愛称を考え、そう提案してみた。
<まぁお姉さま! 私の愛称を考えてくださったんですね? うれしいです~♪
えっと、アリスですか? なるほど……『Solaris』から『Sol』をとって『aris』ですね? 『Sola』で外してしまわずに『a』を残されたのは語感がいいからですよね? さすがお姉さまです! うん、かわいくってとっても気に入りました~。ありがとうございます!>
ほわぁ、さっすが人間くさくっても星船、ディアとおんなじジェネリック船だよ。すぐにボクのつけた愛称の意味がわかっちゃったみたい。
<うん、そう! さすがだね。じゃ、これからはアリスって呼ぶね? よろしくね>
<はい、よろしくです! うふっ、アリスかぁ、うれしい♪>
――こうしてボクは、ボクのもらった……ちょっと変わった、やたら人間くさい星船とすぐ仲良くなり、彷遊宮に居る間、ずっと色んなお話をして過ごした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
彷遊宮には結局、三日ほど滞在したけど……お披露目以降、これといってボクにすることは何もなく、ノルン公がちょっかいをかけてくることもなく、無事グラン星に向けて帰途に着くことが出来た。
ただフォリンはと言えば、まだまだ先の話らしいけど……なんと王さまの王玉、藤色の王玉を譲られることが急に決まったみたいで、それがまたすっごくいやだったのか、ディアにグチリまくってた。
本来ならフォリンの弟のリシェリンさん? が譲られるはずだったらしいんだけど、なんとリシェリンさん、生涯の性別に女性を選んで、王さまから譲り受けるはずだった王玉も放棄し……いい人を作って辺境の星へと引き下がってしまったらしい。(それっていわゆる駆け落ちってやつなんだろうか?)
それにしてもフォリンたちエイム族ってほんと変わってる。
男になるか女になるか、選べちゃうだなんて……。弟さんはずっと家族には男になるって言ってたらしいんだけど……まさかここへきて女になっちゃうだなんてね。
でも、この前見た王さまの様子からして、このこと知ってたっぽいよね。ふふっ、きっと知らぬはフォリンばかりってやつだったに違いないよ、うん。
で、王さまの思惑通り、フォリンがこのまま素直にそのオーブを相続し、次期王さまになっちゃうのか? はたまた、まだもうひと悶着あるのか?
まあ、どっちにしてもボクには関係ないけど……、でも、この先ボクがどうなっちゃうのかはフォリンにかかってるから……その辺は忘れないでいて欲しいと、つくづく思うボクだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ったく、リシェリンにはやられた。まさか、オーブの相続を放棄するとは! おかげでオレにとばっちりだ。
せっかく蒼空にスカーレットを押し付け……っと、こ、これは失言……蒼空すまない……」
自分の失言に蒼空に謝ろうとするフォリン。しかしそこに蒼空の姿はない。
「フォリン、あなたも随分ボケましたね? 蒼空はもう私には乗っていません。すでにソラリスへ……いや、アリスと呼べと言ってましたが。……ったく、あのものは生意気です。まだ生まれたばかりのひよっ子だというのに、私にずうずうしくも指図してきます。嘆かわしい!」
フォリンの失言に突っ込んでいたはずのディアだったが……、
「おい、デイア。いつも間にかアリスの話しにすり替わってるぞ? 蒼空の話しじゃなかったのか?」
「ああそうでした。……そう、蒼空はすでにアリスに乗っているのです。いいかげん慣れてください」
「そうだな。そしておまえもいいかげん、そのアリスのグチをオレに聞かせるのはよせ。もう聞き飽きた」
彷遊宮からグラン星への帰途につくにあたり、蒼空は王より賜ったジェネリック船、『ソラリス』に乗りこんでしまったため、今、ディアに乗っているのはフォリンただ一人。
元はと言えば、そもそもフォリン一人で乗り込んでいたのだから、元通りになっただけとはいえ……地球で蒼空と、とんでもない出会いをしてから半年余り。今では蒼空がそこにいるのが当たり前となっていた二人にとって、今ここに蒼空の姿がないのはなんとも言えない喪失感を感じているのだった。
それに加え、その蒼空の星船、アリスことソラリスときたら……なんとも人間くさく、やたらとディアに突っかかってくる。
二人はそんな今はいない蒼空と、新しい……生意気な星船アリスを思い、なんとも言えない気持ちとなるのだった。(地球人ならきっと深いタメ息をつく……といったところだろうか?)
蒼空のジェネリック船ソラリス、いやアリスは、そんなディアの隣りを付かず離れずの距離を保ちながらグラン星へ向け、共に星の海を進んでいた。
アリスのその外観は、ぱっと見、髪留め(くちばしクリップ)のような形をしていて、先端は細く、後ろに向けて広がっていく滑らかな流線型をしていて、ディアたちとは一線を画す外観をしている。モチーフはもちろんまんま髪留めで、蒼空が使う船ということからそれに見合ったデザインとして、なぜかそれが選ばれたらしい。
そしてその大きさはディアやアレイに比べると相当に小さく、400m級の星船であるディアに対し、1/3程度のサイズしかない。またディアたちと違い、インスタンス船も持たない。
そう、あくまでアリスは蒼空個人に送られたジェネリック船相当の星船であり、ライエル近衛軍所属のディアたちとはそういう意味でも一線を画していた。
しかし、とは言うもののその性能は折り紙付きで、AIとしての能力はディアに勝るとも劣らないものであるし、船体の能力もアレイレベルのものが備わっている。
ただ、さすがにインスタンス船を伴わないアリスなれば、艦隊戦ともなれば苦戦をしいられるだろうけれど、それを求めるのは酷というものなのだろう。
そんなアリスの中の様子といえば――、
「ねぇ、アリスぅ、グラン星まであとどれくらい?」
アリスの船内、ボク用にしつらえてもらった、それはもう地球の一般家庭の子供の部屋のような船室で、クロちゃんを抱きかかえながらボクは聞いた。
「はい、あと2時間もすれば到着するかと思います。お姉さまの領地、エカルラートは人類種の国なんですよね? 私も着くのが楽しみです!」
「うーん、ボクの領地……ねぇ。なんか未だに実感わかないけど。まぁ、フォリンから預かってるんだと……そう考えるようにしてるけど。でも、それはともかく、すっごくキレイなところだから! きっとアリスも気に入ってくれると思うよ?」
ボクはアリスが言った、領地って言葉にちょっと違和感を覚えつつも、アリスにそう答えた。
エカルラートを離れたのって結局、たった五日間だけだったんだけど、それでもボクはすっごく寂しい思いをした。
エカルラートの人たち、フェリさんたちと一緒にすごしたのはまだたった一ヶ月と少しだけど……地球から、家族から余りにも遠く離れちゃったこの星系で、地球人とそっくりの人たちがそばにいてくれたっていうのはボクにとってほんと……すっごい励みになってくれてたんだもん。
ボクはそう思うと緋炎宮のみんなのことがどんどん頭に浮かんできて、帰り着くのを今か今かと……待ち遠しい気持ちになることを抑えることが出来なくなってきた。
ああ、早く着かないかなぁ……。みんなに再会するの、ほんと楽しみだよ。
――フォリンとディア、蒼空とアリス、それぞれの想いをのせ……星船たちは星の海を渡り……、往路と違い、何のトラブルもないまま二隻は無事グラン星のある星域へと帰り着いたのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「「「姫さまっ、おかえりなさいませ」」」
「た、ただいまです……」
緋炎宮の大広間に転移したボクは、まるでボクがそこに現れるのを計ってたかのようにその場にいた侍女さんズに出迎えられ、ボクはその勢いにタジタジになってしまった。
ちなみに転移は守護石のおかげでボク自身の意思で、アリスの機能を利用して出来るようになった。今まで転移ではディアに振り回されまくってたから、これだけでもアリスと繋がった甲斐があった気がするよ。それとフォリンたちはここへは立ち寄らず、別行動って感じになってたりする。まぁもうここに来ても、すること無いだろうけどさ……。
「ソラ=エカルラン=サー=スカーレット=ユズキ様、この度はお披露目の儀を滞りなくお済ませになられ、まことにお疲れさまでございました。このアリオスもこれで肩の荷が下りた思いでございます。
また、ライエル王より名を賜り、更には星船まで贈られ、かくも良きお披露目であったご様子。……なんとも感慨深きものがございます」
そして侍女さんの横には、やはりいたアリオスさん。
ううっ、もう名前のこと知ってるんだ? それにしても、な、なんて重々しい空気、そしてメンドクサイおしゃべり……。
「あ、ありがとうアリオスさん。おかげさまで無事お披露目終わりました。 なんか、その……まだよくわかんないけど……今日からまたよろしくね?」
「もったいなきお言葉。このアリオス、これからも誠心誠意、エカルラン卿にお仕えさせていただきますゆえ、今後とも良しなにお願い申し上げます。
さぁ、長き旅でお疲れでしょう? まずはごゆるりと過ごされ、体の疲れをお取りになるのが寛容かと存じます。
……ああっ、申し忘れておりましたが、お体を十分お休めいただいた後に、今後のエカルラートの施政をいかに執り行うか? ぜひお考えをお聞かせ願いたく、また、他にも相談させていただきたい案件が数多くありますれば……」
はうぅ、お、終わるかと思ったら……また。もうっ、お話終わらないじゃない~!
「あ、アリオスさん! その……詳しいお話はまた後、後にしよ? とりあえずボク、お休みしたいから……、ね?」
ボクはもうこれ以上耐えられない、とばかりに必死にお話しに割り込む。
「そうです、フェリオラ様。姫さまはお疲れです。それに湯浴みと……お食事の準備も整えてございます。ですので、今はこの辺でお納めくださいまし。よろしゅうございますよね?」
ボクが思わずアリオスさんに突っ込んだところに、フェリさんも追い討ちをかけるように言葉を浴びせた。
「……ふむっ、仕方ありませんね。では、エカルラン卿。施政の件については後日改めて。アリエージュ、それではよしなに」
無表情なアリオスさんにしては珍しく、一瞬ムッとした表情を見せたけど、それもすぐに消え……フェリさんに一言言うと、ボクにうやうやしく一礼し……、この場から去っていった。
そしてそれを息を飲んで見送る、ボクと侍女さんズ。
「「「はぁ~」」」
ようやく姿が見えなり、アネットさんとリーズさん……そしてフェリさんまでもが一緒になって深いため息をついちゃってる。
まぁボクもその気持ちはとっても良くわかるけど……。
「ったく、フェリオラ様ったら。ほんと堅っ苦しいんだから。せっかく姫さまが無事帰ってみえたんだから……もっと喜んで、気持ちよくお迎えしてさしあげればいいのに。あれじゃ、かえって疲れちゃうって」
アネットさんが、これまでと打って変わったぶっちゃけトークを始めちゃう。
リーズさんもそれに「うんうん」言いながら激しく頷いてる。
「まったく、ブランシュさん。あなたはあなたで、くだけすぎです。気持ちは、その、わかりますけど、口に出さないでください! さぁ、いつまでもこんな所でお話して、姫さまをこれ以上お待たせしてはなりません。ここ数日、お世話出来なかった分も含め、しっかりお世話してさしあげましょう!」
フェリさんが暴走しそうになってたアネットさんやリーズさんをたしなめ、ようやくボク、こっから移動出来るみたい。
はぁ……。
ほんと転移してきたとたんこれじゃ、先が思いやられるよ……。
だいたい、ボク、なんでこんなことになってきちゃってるんだろ?
マジわけわかんない。
このままじゃ地球に帰るどころか、しがらみばっかどんどん増えて……帰るに帰れなくなっちゃう気がするよぉ……。
そんなのいや!
地球へ帰りたい……。
春奈……お母さん……会いたいよぉ~!
うーん、なかなかまとまりません。
終わりは見えてるんですが……




