第十二話 再会と忍び寄る影
『母さま! 母さまっ。 ど、どうしよう? ソ、ソラちゃんがっ、ソラちゃんが!』
サーニャが息を切らせ、まるで男の子と見まがうかのような勢いで、お昼ごはんの準備に忙しいソフィアの元へと走りこんで来る。そしてソフィアの顔を見るなり、堰を切ったようにそうまくし立てた。
『ちょっと、サーニャ。いったいどうしたの? 少し落ち着いて、ゆっくりお話しなさいな?』
ソフィアはいきなり走りこんできた、お転婆な、でもかわいいわが子にそう言って頭を撫でる。
思わず、つぶらなかわいい碧い目を細めてしまうサーニャ。
『それでサーニャ。ソラちゃんがどうしたの? それにあなた、お洗濯物どうしたの?』
頭を撫でながらもそう問いかけるソフィアに、サーニャが我に返りまた興奮して話し出す。
『はわっ、だからそう、ソラちゃんが、ソラちゃんが! と、飛んでっちゃった! はっ、羽がっ! 翼が生えて。 キラキラしてっ』
『はぁ? 飛んでいった? 翼? ちょっとサーニャ、あなた何言ってるの? ほんとに、ちょっと落ち着きなさい』
ちょっと呆れ顔になるソフィア。それに、どうやらお洗濯物のことはきれいサッパリ忘れて来てるようだと、興奮しきりのサーニャを見て嘆息する。
『私落ち着いてるもん。 だから、天使さんなの! ソラちゃん、天使さんなの! 白くて透けるような……きれいな翼が背中から生えてるの! キラキラした光の粒出しながら……急に飛んでっちゃったの!』
サーニャが顔を赤くして、どうしても興奮気味になって繰り返しそう言う。
『そんな、天使だなんて……サーニャ。そんなわけ……でもあなたはウソつくような子じゃないし……。うーん、あの人に言うべきかしら?』
サーニャの言うことに半信半疑なソフィア。天使なんている訳ないと一瞬口をすべらしそうになったが……まだまだそういうことを信じることが出来ている、子供の夢を壊すのもよくないと……言うことを留まった。
それに、かわいいわが子が自分にそう簡単にウソをつくとも思えず……いったい何が起こったのか? 夫、レオニードに相談しようと思うソフィアなのだった。
そしてサーニャといえば、ソフィアがそう考えてい間中もずっと、ソラは天使、きれいな翼を広げお空に飛び立って行ったと……そう言い続けているのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ううぅ、いやな気分……どんどん大きくなってくる。何なのこの胸の奥から湧き出してくる……ほんと、いやぁな感覚。
ボクは今、なるべく高度を上げて高いとこから辺りを見下ろすようにして速度を落として飛んでいる。
眼下に広がる世界は、ボクの住んでる地球となんら変わることのない景観を見せていた。深く、どこまでも青い海。湧き上がる白い雲、それに目が癒されるかのようなきれいな緑。そして荒々しい地表を見せる……広ーい台地。
そして見渡す限り、人の造った都市の姿なんてぜんぜん目に入らない。所々サーニャちゃんたちの村のような、小さな村落や町が見られる程度。大きな、どこまでも続くような真っ直ぐな道もない。
ほんと、ここは違う世界なんだと……イヤでも実感させられる。
ボクがちょっと景色に見とれてたその時。いやな感覚が一際大きく感じられ……ボクはとっさに高度を上げる。
「な、なにっ?」
ボクがついさっきまでいたその場所に、まばゆいばかりの赤白い光が一瞬通りぬけ、それはすぐ粒子状になり、空気に溶け込むように消えていった。
「ちょ、ちょっと、今の何?」
ボクは驚きながらも赤い光が打ち出されたであろう方向を見つめる。
「はわっ!」
見つめたとたん、また赤白い光が一閃し、それは一瞬でボクの眼前に到達する。
「シールド!」
ヤバイと思ったボクは一閃したと同時にシールドを展開していて、その光を防ぐ。
展開した刹那。シールドに衝撃が走る。と同時に目が眩むばかりの閃光が辺りを包む。(シールドは口に出さなくてもボクの無意識下で反応し展開する。気付いて口に出してからじゃ遅過ぎるから……ディアがそういう仕様にしたらしい。でもまぁ、つい叫んじゃうのは仕方ないよね)
でもそれは一瞬。
……どうやら威力自体はたいしたことなさそう……。
シールドに当たった赤白い光を右目を使って分析する。その光のスペクトルや周囲に残留するガス、それにシールドに当たったときの温度……その他もろもろ。まぁよくわかんないけど、なぜか理解出来ちゃうボクのアタマ。(ディアのかっこうの実験動物たるボクはもう人意外の何か、に違いない……)
あれはボクの音叉の槍で出す粒子収束砲の超劣化版、貧弱ビームだ。そしてボクはそのビームを出してるやつを確認する。
「ん? 何あれ? い、いきもの?」
さすがにまだ遠過ぎてはっきり確認出来ない……。
そんなことより、とりあえず反撃!
「プラズマボール!」
いきなり攻撃してくるやつだ、いつもより増量でプレゼントだ!
ボクは両手に造りだしたプラズマボールのエネルギー密度を高め、さっさと相手に向って連続で放つ。
お互いがかなりの速度で接近してるから、あっという間に距離が縮まってくる。ボクの放った二つのプラズマボールも次々とまるで吸い込まれるかのようにその敵に命中する!
途端、大きな輝きと共に嵐のようなプラズマの奔流が、刺激的な光をまき散らしながら一瞬周囲に広がり、そして消える。
そんな中、ボクは尚も接近を続け、その姿がはっきり視認出来る距離となり、ボクの攻撃を受けた敵を間近に見る……、
「うわぁ、りゅ、竜! ドラゴンだ! うっそー、かっこい~!」
ボクは思わず、この場に似つかわしくない歓喜の声を上げちゃった。だってドラゴンだよ? ドラゴン!
大きな翼竜の翼みたいな羽をはばたかせ、その細かいウロコで覆われた真っ黒な、でも日の光を反射してキラキラしたカラダ。長い尾っぽは飛ぶ方向に合わせてまっすぐ後方に向って延ばして、驚くほど速く飛んでる。
大きさは20mはゆうに越えそうで、この前見た地竜? ゴカイの化け物よりも更におっきいよ。でもあんな巨体で、あの翼。あれで何で飛べるのか不思議だよ。これもこの世界にあるっていう魔法の力の賜物なのかな?
そのドラゴンは、ボクの放ったプラズマボールの影響なんて微塵も感じさせない、完全無傷な状態でその場にいた。
ボクがその無傷っぷりに呆気にとられて飛んでいると、とうとうそのドラゴンと交差、そのままお互い通りすぎちゃった。
ドラゴンはすれ違いざま、そのちょっとワニにも似た、でももっと鋭い顔つきの、その目でギロリとボクをにらんできた。縦に細長い瞳孔は、まさに爬虫類のような目で、ちょっとゾッとして……ボクはドラゴンを見たミーハー気分が一気にそがれる。でも、にらんできたその目……怖い目なんだけど……なぜだかちょっと寂しそうに見えた気がした。
ボクとドラゴンはすれ違ってすぐ、その場に静止。お互いその翼を大きく広げ一瞬にらみ合う。
さあ向かい合って対決だって思ってたのに……ドラゴンったらそんなこと微塵もする気ないみたいで、速攻その大きな口を開き、そこからドラゴンならこれ! な攻撃、ファイヤーブレスを吐き出した。
しかもこのブレス、ハンパない熱量だよ。だって炎の色が青白いんだもん!
吐き出されたファイヤーブレスはまるで生きもののように、ボクに向って伸びてくる。周囲の温度がブレスのせいで急激に上がる。 でも正直、避けるのなんて簡単だけど、あえて避けない。
ボクは、そのブレスを止めるべく右手を突き出す。当然そこにはシールドが展開。
ファイヤーブレスはさっきのビーム同様、ボクのシールドに阻まれあえなく四散、空気の中になじみ消えていく。それと共に周りの温度もすぐ下がっていく。
まあ、熱いけど……ディアの趣味の悪いボールの攻撃に比べればほんと、子供のお遊びみたいなレベルの攻撃だもんね!
――この世界で最強のインペラートルドラゴン……しかも例のインスタンス船に強化された、そのドラゴンは……しかし、蒼空の敵にはなり得なかった。
そして蒼空は、このドラゴンがこの世界で最強の生き物であると、思いもしないのだった。
「ドラゴン! ボクに君の攻撃は効かないよ? あきらめたほうがいいよ。なんで攻撃してくるのか知らないけど、おとなしくお家へ帰りなよ?」
ボクは言葉が通じるとはもちろん思ってなかったけど、とりあえずそう言ってみた。とは言うもののボクのプラズマボールも通じないからどうしたものか?
ドラゴンはボクの言葉を聞いたのかどうか? 一瞬ボクの方を見つめ、その動きを止める。そしてその目がまた寂しそうな輝きを放つ……。
でもそれだけだった。
ドラゴンはその口からまたビーム、赤白く輝く光線を発する。
発しながらまたもボクに向って飛んでくる。そしてドラゴンの目が訴えてくる、そのなんともいえない寂しそうな感覚とは裏腹に、だんだん激しさを増してくる攻撃。
人ごと……いやドラゴンごとか……ながらそんなにビーム連発して大丈夫なの?って心配しちゃうほど、間髪いれず次々ビームを放ってくるドラゴン。
でもボクには全く効果ない。ボクのシールドはちょっとやそっとじゃ破れない。つうか生物の攻撃程度じゃ無理。
それにしても……どうしたらいいんだろ?
ボクはもうめんどくさくなってシールドをカラダ全体に覆うように発生させ、ただそこに浮いていた。執拗に攻撃してくるドラゴンの攻撃はボクには全く届かない。
たぶん音叉の槍で攻撃しちゃえば、いくら頑丈なこのドラゴンだって……倒すことは出来ると思う。
……でもなんかいやだ。
あの目を見た後、殺しちゃうなんてこと出来ない。
ボクどうしたらいいんだろ? ボクがそうやって悩み、手を出しあぐねていたときだった……。
<蒼空、無事ですか? なにやら大層な生き物と交戦中のようですね?>
なんだか随分久しぶりに聞く、アタマの中で響くディアの声。
<ディア! もうディア! お、遅いよぉ、来るの。 ボク、ほんとどうしたらいいか、困ってたんだからね!>
ボクはもうディアの声を聞いて思いっきりテンション上がってくる。でもとりあえずは目の前のドラゴンだ。
<ディア、ボクこのドラゴン殺したくないの。それに……なんか悪いやつじゃない気がするんだ。どうにかならない?>
ボクはドラゴンに攻撃されながらも、ようやく交感できたディアにそんなことを聞く。
<蒼空、そのインペラートルドラゴンからは偽造王玉の発振パターンが出ています。大方、反ライエルのインスタンス船があなたを探し殺めるため、苦し紛れにオーブの埋め込みによる強化を施したのでしょう。オーブ同士は引き合いますから。例え劣悪な偽造品だとしても……>
ディアがなんかわけわかんない言葉と共にボクに説明し出す。その中には聞き捨てならない言葉も!
<ちょっと待ってディア。なんかボクの知らない言葉がポンポン出て来てる気がするんだけど? 何そのオーブとか反ライエルとか。っていうか、ボクを殺めるって何さ!>
<蒼空……あなたが混乱するのはもっともです。私もあなたに話ししていないことが多々あることはお詫びします。それらについては後ほどきっちりご説明させていただきます。……ですが、まずは現状をなんとかしなくてはいけないのでは?>
ううっ、ディアのやつぅ、なんかいっぱいボクに隠してることあるよ。多々あるって何さ、多々あるって……。 でもとりあえずは仕方ない。
<もう! 後で絶対説明してよね? 今ボクがここに居ることについても! だからね?>
<はい、それも含めきっちりと。では、とりあえずインペラートルドラゴンをなんとかしましょう。ずっと攻撃受けたままというのも気分のいいものでもないでしょう? 大丈夫任せてください。悪いようにはしませんから>
ディアがそんなことを言って安請け合いしてくれる。
それにしても難しい名前のドラゴン……い、いんぺらーとる?ドラゴン……は、延々ボクに向ってビームやらブレスやらで攻撃を仕掛けてくれていた。それこそ休みなく。
ほんと何かおかしいよ。勝ち目がないってわかってるのに、ボクにはそんな攻撃効かないって……もう十分わかっただろうに……やめようとしない。
そんなに攻撃し続けたら自分もカラダ、持たないだろうに……。
ボクは攻撃し続けてくるドラゴンを見て、ほんと……悲しい気持ちになる。
そんな気持ちでドラゴンを見つめていたその時。
――忽然と。
そのドラゴンは……ボクの前から姿を消した――。
こんなこと出来るのは……ボクが知る限りただ一人?
<でぃ、ディア! こ、これって? まさか、殺したりしてないよね? 大丈夫だよね?>
ボクは心配になって矢継ぎ早やにディアに聞く。
<蒼空、落ち着いてください。 そうです、私が転移させました。 ドラゴンを殺したりはしませんのでご安心を。 この種はこちらの世界ではもっとも強力な生物ではありますが、本来その性格は穏やかで争いも好みません。それに人間もまたドラゴンを、基本的には恐れ敬っていますから、私としても不必要な殺生はしません>
ボクはディアの説明を聞き、それでもなおもぶつぶつ言ってると……、
<蒼空、ドラゴンのことは大丈夫だ。私たちを信用して任せて欲しい。あと色々黙っていたことがあることについては私からも謝らせてほしい。戻ったらキッチリ説明させてもらうよ>
<ふぉ、フォリン! ほんとだね? 絶対だよ。ウソついたらひどいんだからね?>
ボクは交感に入ってきたフォリンに念を押した。
<ああ、任せてほしい。 ……それで蒼空、君もこちらの世界で色々あったようだがこのまま帰ってしまっていいのか? 後のことはこちらで対処するから、何かしたいことがあるのなら早く済ませてくるといい。こちらもその間に全ての対処を終えられるはずだしな>
ボクはフォリンのその言葉に、サーニャやユーリー、そしてソフィアさんの顔を思い浮かべる。(あっと、レオニードさんもいたっけ)
<うん! ボク、お世話になった人たちがいるから……ちゃんとお別れの挨拶したい>
お世話になった人たちにちゃんとお礼言ってから帰んなきゃね!
あっ、でも……ボク。サーニャの前で思いっきり翼、見せちゃった。
コレって、この世界じゃどうなんだろ?
魔法あるって話だし……案外普通? に居たりして。飛べたりする人。
……い、居ないかなぁ? あはは。
ボクは多少心配ながらも、ドラゴンのことはディアにまかせ、一度サーニャちゃんやソフィアさんに会いに戻ることにした。
きっちり、お礼、それにお別れしたいもん。
ボクはドラゴンが居なくなってなお、張りっぱなしにしてたシールドをようやく解き、そしてみんなの元へ戻るべく、意識を翼にやり……力強く飛びたった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ドラゴンを差し向けたインスタンス船をたどり、そこに転移してきたのは同じクラスのジェネリック船……。
それはアレイと同世代の星間宇宙船であり、反ライエル派の主力船の一つでもある。今までずっとインスタンス船にまかせて、表に現れることはなかったはずなのだが……。
そして、そのまま見捨てられるかと思われた……損傷が激しいインスタンス船をドッキングさせるジェネリック船。
そして、(王家近衛軍に見つかる)危険をおかしてまでして、そこから得た……緋色の王玉の情報。
そして――、蒼空はそんなことなど知り得るすべもなく、サーニャたちの元へと嬉々として戻ろうと光の粒子をひきながら一直線に飛び続けていた。
次回異世界編、終了……?
なんだか伸び伸びになって……うまくまとまらないです。




