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Remember  作者: 小西いよ
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一日目 木城成子と木城智典(1)

 彼と出会って二年目の、今から三年前。私は旅行鞄一つに日用品だけを詰めて、家を出た。

 理由の一つが出来ちゃった婚。と言っても両親の承諾が得られなかった為、籍は入れていない。

 私は良かったんだけど、彼はそう言う所に律儀だ。本当は、半ば駆け落ちと言える私の家出状態もあまり良くは思っていない。だけど彼は優しいから、笑って私を受け入れてくれた。下心もある、と本人は曰くが。


 家を出たもう一つの理由は、厳しすぎる両親への辟易だ。厳しすぎると言うよりは、期待が大きすぎたのかもしれない。

 私は両親の為に良い成績を取って来て、父の職である弁護士になる為生きてきた。レールどころか、四方をガチガチの絶壁に囲まれた道を歩いてきたようで、酷く息苦しかった。


 私の転機は、今から五年前。彼との出会いだ。彼は、私の崖を見事に突き崩してくれた。

 だから私は彼の元へ行こうと決意し、家出するまでの覚悟を持てたのだ。このままじゃ私は駄目になると、ハッキリ自覚出来た。

 その事に後悔はない。これからを考えなければいけないとは思っているけれど、今の生活には満足している。


 一つ気がかりがあるとすれば、歳の離れた弟の事だ。五つも離れていたから喧嘩なんか無く、父親譲りで頭の良い、だけどとても優しい自慢の弟だった。

 繊細なあの子に両親の過剰な期待が向いているのかと思うと、ゾッとする。家を出てから三年間、手紙やメールで連絡は取り合っているし時々会ったりもしているけど、心配でならない。


+++


「あれ…?」

 携帯電話を開いて、私は思わず呟いた。朝食をテーブルに並べる彼は耳聡く私の声を拾ったらしく、

「どうかした?」

 と、首をかしげて問いかけてきた。


 私は薄紫色の四角いそれを折りたたみ、眉根を寄せて彼へ目を向ける。

「うん、智典から返事が返ってなくて……」

「智典から?」

 聞いた途端、私と同じく彼も怪訝そうに首を傾げた。智典の事は彼もよく知っているし、毎日メールの遣り取りをしているのも知っている。だからこそ、私と同じように訝しんだのだ。

 たった一日くらいで、と、他人なら言うだろう。だが智典をよく知る私たちにとって、それは不安を十二分に掻き立てる要素だった。


「自宅には電話した?」

 私の正面に座りながら首を傾げる彼。

 彼の言った事は先ほど返事がない事に気付いてすぐに考えたけど、今は少し遠慮したいと思い直した。

 私は、どう答えるべきか少し躊躇う。しかしここで嘘を吐くのは、事情を知る彼に対しては無意味な事だ。私は少し目を伏せて、正直に言うしか無かった。


「今の時間だと父さんがいると思うから……。十時頃かけてみる」

 言い終えた矢先、彼はどこか切なげに顔をしかめる。困っているのでも呆れているのではなくこれは、単純に切ないのだろう。あと、罪悪感なんかも感じているのかもしれない。

成子せいこがそうしたいなら、そうすると良いよ」

 ややあって呟いた彼の声は、予想通りに張りが無かった。


+++


 母との電話を終えて、現在十一時。私は、智典が通っていた学校の廊下を歩いている。

「木城くんの、お姉さんでしたか。この度の事故は誠に不運で……」

 前を歩く“教頭”と名乗った中年の男は、愛想ばかりに声を落として言った。私は曖昧に、「いえ、事故ですから……」と呟いて返す。

 複雑な心境だった。母の話では確か、事故ではなく、飛び降りだったらしいから。どうしてか分からないと涙声で語った母の声は未だに耳に張り付いて、けれども一向に現実感を持とうとしない。

 だけど、母に教えてもらった病院へ行って先ほどその姿を見たのだ。智典が「屋上から落ちた」と言う事実は、この時点で私の現実となっていた。


 包帯だらけの痛々しい姿で、集中治療室に眠る弟は、髪の毛を茶色に染めていた。

 髪を染めたとは聞いていたけど、予想外に赤かったからこれはひょっとしてよく似た他の誰かではないかと思ってしまう。けれど、目の下のホクロの位置や、忘れもしない優しそうな垂れ目。閉じられているけれど、それらは確かに記憶の中の弟と合致した。


 そして今度は、それが本当に母の言う飛び降りだったのかを調べにこうして学校を訪れている。教員は気を利かせたのか、それとも別の理由からか、事故だと言い張った。

 恐らく後者だろうが、現場を見ない事には納得が出来なかったのだ。だから、屋上への案内を頼んだ。

 一歩一歩、階段を上る足が重い。智典の足取りも、こんな風に重かっただろうか。と、無意味な事を考える。

 それは智典にしか分からない事で、考えても今更仕方のない事だった。


 前を歩く男が、ドアノブに手を掛ける。どうやら鍵は掛かっていないらしく、ノブはするりと簡単に回った。

 飛び降りがあった後なのに不用心だな、と、思った矢先。男は私の目の前で苦々しげに舌を打った。

「坂本のヤツ、また……」

 誰の事だかは分からないが、どうやら快く思っていない存在らしい。明らかに不快そうに呟いた声は怒りを含んで低かった。

 私は、「坂本」の事を尋ねようと口を開きかけた。しかしそれは乱暴に開け放たれたドアの音によってかき消される。


 解放されたドアの向こうには、手すりにもたれ掛かる少年の後ろ姿があった。



亀並みにのろのろ執筆中です……。

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