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Remember  作者: 小西いよ
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プロローグ

 十一月七日、午後一時。予鈴が鳴る五分前の事だった。

「木葉。 お前は、頑張れ」

 普段と何ら変わらぬ落ち着いた声音で告げられ、顔を上げれば既に彼は金網の向こう側にいた。

 立ち上がる事も出来ずに目を見開いて座ったままでいる俺に彼は小さく手を振って、地を蹴った。がしゃん、掴んでいた金網が音を立てて軋む。

「え……」

 漸く反応出来た次の瞬間彼の姿は消え、暫くして鈍い音が下から聞こえた。


+++


 木城友典きじょうとものりは、俺の唯一の友人だった。

 出会ったのは中学の時で、その頃は違う学校に通っていて家も遠かったし、共通点なんか無かった。だから「昼間」に出会う確率なんて5%にも満たなかっただろう。


 木城友典と俺が出会ったのは、暗闇が増幅される深夜の事だった。あれは、静かな夜だった。

 ぼんやりとした月の灯りに浮かび上がる、白い闇路を歩いていた時の事だ。前方から歩いてきた彼と擦れ違った。

 同年代の、普段は見ない顔だなと。最初に抱いた興味はその程度だった。だけど俺が興味を抱くと言うのはとても珍しい事で、これは何かあるかもしれない。そう思って声を掛けようとした。

 だが、話しかけたのは友典の方だった。微笑を浮かべた口許がゆっくりと開かれる。


「お前だろ。この辺り毎晩一人で彷徨いてる中学生って」

「だったら?」

 俺は挑戦的に笑って返した。

 丁度良い、声を掛ける手間が省けた。反応次第では素通りしてやろう。

 胸中でそんな事を思いながら言葉を待つ。


 俺に興味を持って声を掛けてくる人間と言えば、目的は大体決まっている。

 態度が気に入らない。これは悪意。

 一人で寂しそう、仲間に入れてあげる。これは善意ではなく同情であり勝手な思いこみだ。

 あとはカツアゲ。動機は単純な金銭目的と憂さ晴らしで、相手が俺でなければならないと言う訳ではない。


 さて、彼はどれかな。

 今まで年上から声を掛けられる事が多かったから、見た目同年代の少年は異質で、なんとなく興味がある。

 彼は暗い夜道に映える少し濃い色の唇にゆっくりと弧を描いた。目は眩しそうに細められ、俺から見ても「人好きのする笑み」だと分かる。邪気のない、友好的な物だ。

 だが油断してはいけない。夜の人間は平気で仮面を被る。それこそ年齢なんか関係無い、弱肉強食の世界だ。食われた方が負け。心を許した時点で負けなのである。まだこの世界に出入りするようになって一年もしていないが、そうした場面に俺も何度か遭遇して来た。

 彼はこの笑みをどの方向へ向けるつもりだろう。疑り深くその様を観察する。

 やがて、彼の朗らかな声が空気を震わせた。


「俺と友達にならない?」

 冷たい空気を引き裂くように届いた凛とした響きに、少し拍子抜けする。同時に、脳の中で「興味」が急激に冷めていくのを感じる。

 なんだ、そんな事か。がっかりして胸中で呟きながら、少しも面白みの無くなった彼にヒラリと背を向けて歩き出す。


「却下」

「そんな即答しなくても……。別に悪いようにはしないぜ?」

 短く答えてやったのにもかかわらず、しつこく背中から声が伸びる。歩き出せば後ろからも足音が聞こえ、ウンザリと溜息を吐いた。

 これは納得するまで諦めそうにない。

 仕方がなく、振り返らずに言葉を返す。

「それ、俺に何のメリットがある? 興味本位で関わって来るのはやめて欲しいんだよね。第一俺は、誰とも連む気なんか無いんだ」

「俺はさ、お前が羨ましいんだよ」

 突拍子もない言葉に、ピタリと俺の足が止まる。「羨ましい」と言う単語に、少し興味が湧いた。

 振り返れば相変わらずの邪気のない笑みと視線が絡む。腹の底が読めない。


「羨ましい?」

「そう、羨ましい。俺もそう在りたいから、お前と友達になりたいんだ」

「……在りたいならそう在れば良いのに」

「出来ないからな」

 細められた黒い瞳に、異なる色が一瞬だけ含まれたように見えた。それは腹の底を垣間見たように思えて、その一瞬だけドキリとする。

 だけどすぐに邪気のないソレへと戻って、笑みは深まった。


「メリットは、退屈しのぎの提供」

 穏やかな声で放たれた退屈しのぎと言う言葉に興味は湧かなかった。ただ、こいつが一瞬だけ見せた「腹の底」と、羨ましいと言う言葉だけが脳に残る。

 誰かから蔑まれる事はあっても、羨まれる事なんて今まで一度たりとも無かった。面白い。俺をどうしてそんな風に思うのか、こいつの腹の底を知りたい。

 ただそれを、すんなり認めてしまうのは面白みがない。これこそ退屈しのぎかもしれない。

 俺は横一文字に結んでいた口の端を上げ、緩やかな笑みを作った。

「そんなものはいらないけど……。一つ、条件がある」

「条件?」

 ポケットに手を突っ込んだままでいる俺に、彼は小首を傾げた。勿論こんな物は愛想ばかりの相づちで、少しくらいは予想していただろう。でなければ余裕の笑みなんて浮かべてはいない。


「この近辺で一番星が見える所。俺は明日、そこにいる。それがどこか、当ててみなよ」


 そうしたら友達になってやる。

 言い捨てるように少し愉快な口調で告げて、俺はもう一度背を向けた。


 それからどうなったかは、今の俺と友典の関係を見れば分かるだろう。友典は俺のたった一人の友人だった。条件の結果がどうであったかは別にして、これが俺と友典の出会いで、始まりであった事に変わりはない。



 そんな木城友典が、十一月七日午後一時。

 自らが通う高校の屋上から、飛び降りた。



亀並みの執筆ペースですが、よろしければお付き合いください。

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