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プロローグ8

 月は既にかなり傾きかけている。

 銀色に輝く真円を背に走る二頭立ての馬車が、窓硝子の全てが割れ落ちてしまっている小さな教会の前で静かに停まった。


 後にクーペという呼び名で区分される事になる、二人用の客室を備えた漆黒の有蓋馬車から、やはり全身黒一色で纏めた一人の少女が降り立った。

 御者に左手を預け、エスコートされる彼女の背丈は、男が長身とはいえその腰辺りまでしかない。

 狭い歩幅で小さく革靴の踵を鳴らす少女の容姿は、まだ幼女と呼んでも差し支えない程に小柄で華奢で無垢だった。


 数えるのも億劫な程の白く小さなリボンが、艶やかなその黒髪を十重二十重に細かく束ね、分けられた髪は毛先に向かって緩やかなウェーブを与えられている。

 ドレッドヘアにも似たその豊かなシルエットが揺れる度に、過剰とも言える全身フリルの装飾と、彼女の右腕に抱き抱えられている人形の四肢が揺れた。


 人形のスケールは少女の1/1、つまり等身大で、少女と同じ黒のキャミワンピにボレロを合わせたお揃いの装いをしている。

 少女はその大きさを若干持て余し気味で、教会の破壊された飾り扉の前に辿り着く頃には、人形の躯は徐々にずり落ちていき、最後は爪先を引き摺る様にして歩いていた。




「おまえは、ここで待ってなさい」


「畏まりました」




 御者は入口の脇で少女の背中を見送ると、そのまま待機するかの様に退いて右の掌を胸に当て恭しく礼を執る。


 血と臓物で汚れた中央通路を少女は躊躇いもなく進み、イエス=キリスト像の前で立ち止まると、台座に背中を預けたまま意識を失っている男の額に向けて手をかざした。




「感じる――。この濃厚な残留思念は、さすがと言った処かしら。でもバカね、こんなに“愁い”を残すなんて。これなら〈反魂〉で呼び戻せるわ。わたしになら出来る。絶対に逃がさないんだから」




 形の良い口唇が僅かに動き、何事か呟くと、少女の掌を中心に定理のリングが舞う。


 神々に直接仕えたと伝えられている、古代超人類文明時代の失われた遺産である高速詠唱を使いこなすその姿は、黒の少女が決して外見通りの存在ではない事を示している。




「起きなさいアルマ。いつまでナザレのイエスの足許なんかで寝ているつもりなのかしら。そのまま帰依でもするつもり?」


「――余計な真似するじゃないの、お嬢さん。せっかく死ねたのにさ。主従の契約がなければ縊り殺してやれるのに」




 不機嫌そうな酷く掠れた呻き声を上げながら、マテウスだった筈の男が身動ぎし、目の前に立つ全身黒ずくめの少女をうっすらと睨み付けた。




「償いもせずに、そう簡単に楽にはさせてあげられないわ。せっかくの大切な傀儡たちを全て失ってしまったのよ。これは間違いなくあなたのミスでしょう?」




 黒の少女は左の拳を腰に当て、まだ薄い胸を反らし、小さな三角の顎を心持ち上げて、深紅の瞳を冷たく光らせる。




「“黒死”の運び屋たちが全滅かい。やっぱり情報抜かれてやがったか」




 アルマと呼ばれた男は眉間に皺を寄せ、口腔内に溜まった血液を吐き捨てるとそのまま激しく咳き込んだが、黒の少女はそれに構わず追い討ちを掛けた。




「鼠はともかく人形ひとがたの方は痛いわね。禁術である〈反魂〉に耐えうる強靭な“器”とそれに見合う魔力持ちの“魂”の数を揃えるのがどれだけ難しい事か分かっているのかしら? 礼装も無しに神属なんかを相手にしたりして、ほんとバカね」


「……たまたま最初に目を付けられのがあたしだったってだけじゃないのさ。クドいんだよ……。ケルベロスだけなら逃げ切れたさ」


「裏の裏をくぐって鏡面文字を使い、定理を展開させられる事に気付いたのは褒めてあげるわ。並の技量でないのも認めてあげる」


「あんたが他人を褒めるなんて、……気味が悪い」


「〈メビウス〉にも付け入る隙があるのが分かったのだけが今回の収穫だったかしら。次はもっと上手くやるのね」




 その言葉の事務的な響きに、アルマの片眉が跳ね上がった。




「あたしにもう一度あの化け物と遣り合えって言うのかい? 冗談じゃない。今回だって紙一重に見えて、全然届いちゃいないんだ。

 ホント、相変わらず無茶苦茶言いやがる。いつか絶対殺してやるから、首を洗って待ってな」




 興奮して思わず捲し立てた反動で、アルマは再度激しい発作に襲われ咳き込んだ。




「そう、楽しみにしてるわ」




 黒の少女は苦しむ下僕の姿を、冷えた視線で見下しながら、小さく鼻で笑う。




「さあ、器を替えるわよ。その男の面は割れてしまったからもう使えないわ。ここで棄てるのね」




 アルマの表情に僅かに翳が射した。




「マテウス……。王都への、せっかくの足掛かりだったのに。残念だよ……、ホントに……さ」




 自分自身の両肩を抱き締め、何かに耐えるような仕草。乱れた前髪と俯き加減顔の顔に隠れてよく見えないが、目尻には確かに光る物があった。




「あなたって素直じゃないのね。可愛くないわよ」


「……うっさいんだよ、バカ。ほっとけ」




 溜息を吐いた黒の少女の呆れた様子に、アルマは頬を紅く染める。




「そんな事はいいからっ。早くあたしの躯の代わりになる“義殻”を出しな。用意してあるんだろ? 確かに、この躯は魔力の器としては物足りないから、わざわざ〈再生〉させるまでもないけど、このままだと全身打撲と内臓破裂で身動き一つ取るのも辛いからたまんないよ」


「あら、“義殻”なら最初からあなたの目の前にあるじゃない。急な事で準備が間に合わなかったから、あなたには“とびっきり”を用意してあげたわ。どう? わたしの“義殻”よ、ありがたく受け取りなさい」




 目の前に差し出された人形に、アルマの思考が硬直した。




「――ちょっと待て」


「今日からアルマ=クリスティンは、このわたし、ラウラ=ヴァーリア=ヴィッテルスバッハの双子の妹になるのよ。傍流とはいえ、王家の血筋を汲む名門の一員だわ。光栄に思いなさい」


「待てって言ってるだろ。可愛いだけじゃダメなんだよ。そんな貧相な“義殻”じゃ、男も誘惑できやしな――!!」




 気付いた時には遅かった。アルマは、自分がパンドラの函を開けてしまったのを知った。

 言い知れぬ冷気に、ケルベロス相手にさえ対等以上に渡り合った彼女が思わず身震いする。




「……もう二度とそんな舐めた態度が取れない様に厳しく躾けてあげるから、覚悟なさい」




 ニッコリと“極上”の笑みを浮かべ黒の少女が告げた殺気混じりの言葉は、アルマにとって死刑の宣告よりも酷薄な響きを以てその身に迫り、彼女はただ声にならない悲鳴を上げるしかなかった。

 今回でプロローグは終了です。ここまでお付き合い頂きまして、ありがとうございます。


 ヴィッテルスバッハ姉妹には、百合を担当してもらう予定です。作者の百合SSをご存知の方には納得の展開かと。好きなんです、百合が。


 次回からいよいよ本編スタートです。予告どおり逆ハー要素入ります。

 それから、これはまだ悩んでるんですが、たぶんトリップ要素も。

 ご推察のとおり、逆ハーもトリップも大好きです。


 頑張って書きますので、今後もよろしくお願いします。

 評価・コメント頂ければ、作者が泣いて喜びます。


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