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プロローグ6

 吹き抜ける一陣の風と共に、闇色の流砂が大気に融けるように舞い散った。


 アルマの躯を組み敷き動きを拘束していた二頭のケルベロスの前肢部分が、片側綺麗に消え失せている。

 脚の付け根部分から更に加速しながら、頭部を始めとする他の末端部に向けて砂塵と化していく。

 その断面からは風化作用によって体組織が流砂となって散逸し続け、躯のバランスを崩す暇もなく、侵食は全身に拡がり余す処なく蝕んでいる。




「コイツ!? 〈メビウス〉喰ラッテ、解ヲ導キヤガッタゼ!」


「〈葬送〉ノ風ダト!? ヤバイゾ、ソイツカラ離レルンダ!」




〈葬送〉の定理は風の他に、火、水、土、雷の解がある。

 術者の属性によって得手不得手があるのだが、中でも唯一視認する事のできない風の解は、沈黙の術式と呼ばれ怖れられていた。


 風を感じた時には全てが終わっているからだ。

 それも触れたら最後、分子の結合解離を誘発する最凶最悪の攻撃的解だった。


 他の解ならば、ケルベロスの反応速度を以てすれば走査発動後に視界に認めてからでも回避する事もできるのだが、唯一目視の利かない風ではそんな訳にもいかない。


 故に戦闘中は、防御の定理を何時でも走査できる様に準備しているのが常なのだが、ケルベロスが持つ〈メビウス〉に対する絶対的な信頼がこの場合は裏目に出た。


 悲鳴染みた獣の咆哮を上げながら、アルマから距離を取ろうとした二頭に、狂ったような哄笑が浴びせ掛けられた。




「だから、もう遅いんだよっ!」




 傷んだ声帯の筋が裂けるのも厭わず、声を限りにアルマが叫ぶ。

 愉悦混じりのその響きは、明らかに女性が快楽を貪っている時のそれだ。




「ざまーみろっ、あたしを足蹴にしやがって! くたばれっ、糞が! 道連れにしてやるから、覚悟しな!」




 語彙に存在するあらん限りの陰部の俗称や性的な蔑称を、アルマはヒステリックに喚き散らし続ける。

 表情筋が焼け爛れて引き付けを起こしている為に、感情が読み取りにくくなっているが、そのエモーションは狂おしい程だ。


 薄汚いスラングを聞き流しながら、やや離れた場所にいた残り一頭のケルベロスは〈風葬〉の影響から辛うじて逃れていた。




「バカナ、アルジノ〈メビウス〉ハ絶対ダ!!」




 疑念も揺らぎも一切感じさせる事のない、確信を持ったその言葉の響きに応える声があった。




「その信仰その崇拝――確かに受け取った。動じず迷わず、疑わず。然れば神域に一切の揺らぎなく、道は拓き導かれん」




 シャラン、と一鳴き。


 蒼銀の少女が朗々と謳い上げながら腕を振るうと、手首に嵌められた銀の装飾リングがそれぞれに触れ合い、華奢な音を奏でた。




「一つ、〈メビウス〉とは――」




 鈴の音にも似た可憐な声は、尚も言葉を紡ぐ。




「因果律の反転を導く定理。裏は表に、表は裏に」




 舞を一差し舞うかの様な仕草。

 白い右手が、螺旋を描いて天を指す。




「崩れた躯は、あるべき姿に」




 蒼銀の少女がケルベロスに向けて腕を振り下ろすと、消滅寸前だった二頭の頭上に、二重螺旋のリングが舞った。

 リングがケルベロスの頭頂部から下方に向けて、ゆっくりと回転しながら降りて行くと、通過した断面部からケルベロスの躯は何事もなく再生を果たしていた。




「何だ、これは? 〈再生〉? いや、なかった事にされてるのか。因果律の反転だって? そんな、これじゃ道連れになんて出来ないだろ」




 我が目を疑う光景に一瞬茫然としたアルマだったが、一度箍たがの外れた感情は簡単に収まる筈もなく、直ぐさま表に向けて溢れ出す。




「あたし一人で、逝かせるつもりかい? 寂しいねぇ!」




 アルマが再び術式走査しようとしたその瞬間、彼女の躯に燻り続けていた蒼き焔の残り火がいきなり巨大な火柱を吹き上げた。




「――――――――!?」




〈メビウス〉により、一時的に低下していたケルベロスの〈浄化〉の力が再び上昇曲線を描いたタイミングと、アルマの躯を中心に濃度が高まっていた一酸化炭素が、〈風葬〉が巻き起こした風の動きによって神域内に一気に流れ込んできた新鮮な酸素と結び付き、二酸化炭素との化学反応を引き起こした瞬間が重なってしまったのだ。


 バックドラフト――その、水素爆発にも似た高エネルギーがアルマを蹂躙する。


〈風葬〉の術式走査によって、ケルベロスが〈浄化〉への掌握力を失いかけたが故に、蒼き焔の神気が薄れ、皮肉にもこの物理的干渉を受けてしまった事実をアルマは知らない。




「終わりだ、アルマ。魔力を媒介に一時的に自縛霊化し、ゴーストに近い存在となりて自らの魂をしぶとく肉体に貼り付けていたようだが、本来なればそなたの命脈は妾が〈メビウス〉を走査、ネクロマンサーによる〈反魂〉を無効化した時点で尽きている。

 そのまま大人しく〈浄化〉の焔に焼かれるがよい」


「あん……た、あたしの……名……を――」




 アルマに、名前を名乗った覚えはない。

 それにも関わらず、蒼銀の少女はアルマと呼んだ。




 ――定理も使わずに、頭ん中覗かれちまったのか。


 ――いや、使われたのか? 何時の間に?




 問題は何処まで(・・・・)知られてしまったのかだが、直前の会話の内容から、全て知られてしまったと考えるのが妥当だった。

 相手が戦闘の決着けりを付けにきている以上、それで間違いない。

 その事実にアルマは、自ら敷いた敗北の最終ラインをとっくに越えていた事に、今更ながらに気付かされてしまった。


 蒼い焔のフィルターの向こう、揺らめく少女の姿も今はもう殆ど見えない。




 ――――…踊らされていただけかよ、ちくしょう。




 やがて、完全に視力を失い闇の底に落ちた時、アルマの意識もそこで途絶えた。

 ここまで読んでくださって、ありがとうございます。アクセス数が、執筆最大の励みになっています。

 お気に入り登録してくださった方には特に感謝です。

 期待に背かぬ作品になる様に頑張りますので、今後もよろしくお願いします。


 活動報告どおり、なんとか更新できましたが、毎回執筆に時間かかってごめんなさい。ブログの作品の日付見てもらったら分かるんですけど、遅筆なんです、許してください。



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