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プロローグ3

 奪う側と奪われる側――交わされるのは、命の遣り取り。


 極限的状況下の凝縮された時間の流れの中から、定理による〈加速〉の解を得たアルマは逸早く脱出した。

 それはケルベロスによる包囲の円陣が閉じ切る寸前の、刹那の出来事。

 追い詰められた者の瞬発的な集中力の高まりが、迫り来る危機を振り切った。

 ケルベロスは消えたアルマに対して即座に反応、追跡を開始しようとしたが、それは叶わなかった。


 アルマが残した〈加速〉のエネルギーによる残滓が、衝撃波に変換されたからだ。

 横腹に直撃を受けたケルベロスは、内臓に深刻なダメージが及ぶのを避ける為、あえて逆らう事なく衝撃波に乗って被害を最小限に抑える。


 堪らないのはマテウスだった。狂気と正気の狭間に囚われ、床に手を付き膝から崩れ落ちていた彼の躯は、中央通路を嵐の夜に散った木の葉のように舞って、イエス=キリスト像の台座に背中からしたたかに打ち付けられた。




「――――…っ!」




 圧縮された空気が肺から搾るように押し出され、声なき悲鳴を喉元から吐き尽くしたのを最後に、マテウスは意識を手放した。


 衝撃波の猛威は礼拝堂の隅々にまで到達して様々な爪痕を残したが、それ以上の逃げ場を室内空間に失うと、最後は外壁に面する全ての窓硝子を破砕する。

 ステンドグラスも例外ではなく粉々に砕け散り、残された窓枠からは、真円の銀月がその姿を現した。


 ケルベロスの顕現化からこの間、僅か十数秒。一分にも充たない時間での出来事だった。


〈加速〉の定理で得られた解はアルマの躯を弾丸と化し、教会の重厚な飾り扉を支えるには、鉄錆による傷み具合が進行し過ぎていた蝶番を、さしたる抵抗もなく容易く弾き飛ばす。

 減速する事なくそのまま後に続いたアルマの右手から、投げ掛けられた言葉があった。




「――懸かったな。そなたで最後だ、黒き吐息に触れし者よ」




 不意を衝かれた、その一言。涼やかなる声がアルマの耳朶に触れた。

〈加速〉の効果が持続している最中、本来ならいかなる音も遮断され、アルマの認識外であるはずだった。 超音速移動とも呼ぶべきゼロからの加速に、追い付ける音などある筈もないからだ。




 ――唯一届くとすれば、それは。




 アルマがそこまで思い至った時、二重螺旋のリングが舞った。


 閉じた円環の中心に、少女が一人佇んでいる。


 年の頃は十五、六。成熟前の姿態は一見華奢で薄い印象を与えもするが、腰の位置は相当に高く、胸の豊かさも年齢相応以上に程よかった。

 なにより全身で描く流麗なラインは、黄金率にも匹敵する奇跡のバランスを有しており、更には静脈が透ける程に白く透明感溢れる美貌は彫像のように完成されている。

 髪はまるで、今宵の月光色に染め抜かれたかのような腰にまで流れる蒼銀で、同色の瞳と共に冴えざえとした清浄なる光を放っていた。




 ――違う。




〈加速〉の効果がもたらすアルマの主観的世界。

 超スロー再生されている時の流れの中で、唯一アルマと同じ時間軸――いや、それすら超えた次元に蒼銀の少女は存在していた。




 ――彼女は違う。




 届く筈のない言葉をアルマに届け、蒼銀の少女は今また初めて見る定理の解法を走査しようとしている。

 その姿は声と同じくやはり涼しげで、気負いや力み等は全く見られる事なく自然体だった。




 ――彼女の定理は、人とは違う。




 目の前で展開されているのは、間違いなく神域だった


 浄化促進の波動を伴う神気。

 舞い踊る二重螺旋のリング。


 蒼銀の色を身に纏ったその少女が、徒人ただびとであり得る筈がない。


 幻想種であるケルベロスを使役しているのも、だったら頷ける。

 実体なき存在である霊体を受肉・召喚できるのは、極一部の例外だけだったからだ。




 ――アストライア。地上に遺った最後の女神。




 神域にまつわる古代伝承が、アルマの脳裏を過った。

 その認識、それ自体が〈呪〉となり彼女の心身を瞬時に縛る。

 彼女が自分のミスに気付き、臍を噛んだ時には既にに手遅れだった。

 ケルベロスと対峙していた時とは一転、今度は後手を踏む事になる。




「〈メビウス〉」




 究極まで省略された、短縮詠唱。

 アルマの背筋にたまらなく嫌な悪寒が走った。


 蒼銀の少女が求めた解は〈メビウス〉。


 アルマの知識にその欠片もない言葉だった。

 それも無理ならざる事。

 この時代、この地上界にはまだ存在すらし得ない言葉である事を、彼女は知る由もない。

 それは未知なる定理であり、未知なる解だった。

 だがこの直後、アルマは神域の業を身を以て知る事となる。




 ポッ――と。




 蒼い焔が灯った。そして一気に燃え上がる。




 アルマの躯が。




 呪詛にも似た断末魔が、再びアルマの喉から迸る。




 髪と爪、そして肉が焼け焦げ、アミノ酸から発生する硫黄の悪臭が、再びアルマの鼻を突く。




 地獄の業火による灼熱の洗礼は、今度はしかし何時までも止む気配を見せなかった。




 体細胞の蘇生――ネクロマンシー(反魂)の禁術が発動しないのだ。





 自らの躯に何が起こっているのか把握できないまま、それでもアルマは永遠にも感じられる苦痛に必死で抗いながら、最後になるかもしれない解を求め、術式を走査した――。

 ヒロイン登場です。


 数多存在する神の中から彼女を選んだのは、「地上に残った最後の神」というフレーズが気に入ったからです。


 調べてみたら作品のコンセプトにぴったりで、作者お気に入りのキャラです。

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