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プロローグ2

 詩月です。前回に続き読んで頂いて、ありがとうございます。


 今回は、残酷描写度高めなので、苦手な方は回避願います。


 また、文章の地の部分に限ってですが、例えばストレス等の現代用語を多用する事になると思われますのでご了承ください。

 もちろん、セリフ部分ではそうならないように気を付けますが。


 それでは本編へどうぞ。楽しんで頂ければ幸いです。




 神域――それは、神が操る神気の力場。


 神域で展開されるは高次の定理。人には決して届かぬ領域。


 定理――それは、世界の理を証明する真なる命題。


 定理が刻み込まれるは、神を構成する二重の螺旋。


 定理が展開され解が導かれる時、世界の理が神気となりて発動す――。




  ◇ ◇ ◇




 ――崩れる、崩れていく。


 何の予兆もなく、何の前兆もなく、全てが崩れ落ちていく。


 マテウスにとっては、選び抜かれた存在である王国騎士団員に選抜され、望んだ相手との未来も手に入れた。何もかもが、これからの筈だった。


 その全てが崩れ去っていく。


 血液と体液が滴り、焼け爛れた肉は焦落ち、支えを失った内臓が腹圧により勢いよく押し出され、床に音を立ててぶちまけられる。

 熱で収縮した筋肉繊維が骨に絡み付き、残された体組織はやがて炭化していく。

 艶よくふっくらとしていた口唇も今は見る影もなく、歯列の並びが剥き出しになっている。

 左の眼球は視神経によってのみ垂れ下がり、空洞となった眼窩を晒すのみだった。


 だが――それでも尚、アルマは倒れなかった。


 倒れるどころではない。破壊され損失し、焼滅してしまった身体の各部位が、逆モーションで再生されていく。


 ありえないその光景に、マテウスは言葉を失う。


 粘膜同士が触れ合い、擦れ合うような怖気を震う不快な音が幾重にも重なり、密室空間である教会の礼拝堂内部を濃密に満たしていく。

 同時に、マテウスの精神も狂気に蝕まれ、崩壊寸前まで追いやられてしまう。


 ――狂う、狂ってしまう。


 むしろこのまま狂ってしまえばいいと、精神的な死を望む刹那の自殺願望に、マテウスが無意識下で囚われてしまった時だった。




『焔ガ効カヌカ、ダガソレ以上ハサセンゾ、死ビトヨ』




 軋んだ声がした。不確かな聞き取り辛い発音が、レシプロエンジンのアイドリングのような重厚かつ低音の唸り声に混じって――闇の中から響いてくる。


 ステンドグラスから射し込む、月灯りが照らし出す中央通路。そこから外れた影の部分。

 マテウスから見て左手側の長椅子の上、本来なら何もない筈の中空部分に一対の蒼い光点が浮いていた。

 闇の内に潜む、さらに濃厚でいて濃密な純然たる闇――それが、地殻が断層を起こしたように三つにズレた。

 蒼い光点は三対の瞳となり、爛爛とした光を放ち、分裂した闇はそれぞれ獣の姿となって音もなく中空から降り立つ。


 中央通路に降りた一頭は、融けかけのバターにバターナイフを入れる程度のあっけなさで、長く鋭い爪によって床に深い掻き傷を作り、残り二頭は左右に分かれて長椅子の背凭れの上に乗り、四肢をバランスよく配置させていた。


 獣たちの各関節部は瘤のように節榑立ち、骨格が醜悪に捻れている異形の姿は、シルエットだけで判断するなら大型のドーベルマンに近い。




『タマンネーゼ、コノ死肉ノ匂イ』


『アルジノ命ガ無クバ、喰ラウテヤレルノニ』


『ヤメロ。ネクロマンサーノ禁呪ヲ、解呪スルノガ先ダ。無力化シタウエデ、シル限リノコトヲ、ウタッテモラウ』




 蒼い火の粉を口元に散らし、牙を咬み鳴らしてはいきり立って唸る二頭に構わず、中央に佇む冷静な一頭がアルマに対して刑の執行を宣告する。




「ケルベロス? 冥界の門番が何故神気を纏っている。まさか、召喚主は神属か――」




 胸から上の再生をほぼ九割方果たしたアルマが、誰に向けるともなく呟いた。 アルマの躯を焼き付くさんとしていた蒼い焔は、いつの間にか四散していたようだ。


 灰塵と化して大気中に散ってしまった着衣の復元までは為される事はなく、未だグロテスクな部分を少なからず残しているが、彼女はその豊満な裸体を惜し気もなく晒している。

 その妖艶さ漂う白い姿態が、ケルベロスの快楽中枢を刺激し、性欲に直結した食欲をさらに煽った。


 だが、それが絶対的な好機を逸する要因となる。


 本能に根差した欲求にわずかにでも反応したが故に、一瞬だが致命的な遅滞を生じさせ、アルマが完全に再生する猶予を与えてしまったのだ。




『柔ラカソウナ肉ダゼ』


『柔ラカソウナ肉ダナ』


『アノ頸モトニ』


『アノ胸モトヲ』


『牙ヲツキ立テ』


『爪デヒキ裂キ』


『骨ゴト噛ミ砕イテヤリテーゼ』


『骨カラ肉ヲ削ギ落トシテヤル』




 無限ループに発展しそうな、何時までも終わる気配の見えない遣り取りに終止符を打ったのは、やはり中央に位置する一頭だった。




『ザレゴトハ止メロ、アシガ再生シタラヤッカイダゾ』




 むろん三頭は会話を交わしながらも、アルマを中心に円を描きながら廻り込んでいた。包囲の陣が完成するまであと数瞬も待たない筈だ――が。




「――遅いんだよ!」




 アルマが嘲笑った。艶の戻った口唇が下弦の弧を描く。


 機先を制す争いが、この場に流れる時間を一気に、そして高密度に凝縮させた。




「求め、訴えるは世界の真理。望み、導く解は〈転移〉の術。術式――走査!」




 詠唱を終えたアルマの躯の周囲を、仄白く発光するルーン文字と数字が密集して蠢く、帯状のリングが舞った。




『惑ワサレルナ! ヒトゴトキノ定理デ〈転移〉ノ解ハ得ラレン! コレハ――』


『ワカッテルゼ!』


『〈加速〉ダロ!』




 かつて人という種が聞いた事のない程の咆哮を上げながら、三頭は包囲の陣の完成を急ぐ。




「詰めが甘いんだよ! 分裂して手の内晒すのが早すぎたねぇ」




 アルマが展開する、術式のリングの輝きが一際増したその瞬間。


 教会入口の飾り扉が外部に向かって吹き飛び、アルマの姿が消えた――。

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