初恋の女性に縋られたら、妻に離縁をされそうになりました。絶対それは嫌です。
「お久しぶりね。四年ぶりぐらいかしら」
レイディア・デル伯爵令嬢がにこやかに話しかけて来た。
金髪碧眼で可愛らしい容姿のレイディア。
前に会った時とあまり姿は変わっていない。
彼女の傍には彼女に似た、幼い女の子がドレスの裾にしがみつくようにして、こちらを見ている。
イルド・サハル公爵令息は、豪華な馬車から降りて、アクセサリーショップに入ろうとしていた。
そこで声をかけられたのだ。
かつての幼馴染、レイディア・デル伯爵令嬢に。
令嬢と言っているが、彼女は一度、婚姻し、離縁されて実家に戻ってきている。
一緒にいるのは彼女の娘だろう。
レイディアはにこやかに、
「久しぶりにお話したいわ。近くにカフェがあるの。少し、お時間取れないかしら」
縋るような目で見つめられて、イルドは頷くしかなかった。
レイディアとは幼馴染だ。
王都の屋敷が隣同士で、母であるサハル公爵夫人が、茶会を頻繁に開いていて、デル伯爵夫人を招待していたので、娘であるレイディアも着いてきて顔馴染になっていた。
レイディアは庭を散歩しているイルドに話しかけて来て、良く二人で話をした。
幼い子供同士の交流である。
レイディアは一つ年下で、イルドの事を兄のように慕ってくれた。
「イルド様って何でも知っているのね。私、尊敬しちゃう」
「君より年上だし、私は公爵家の息子だ。勉強も沢山している」
「凄いわーー」
レイディアに褒められる事が嬉しかったのだ。
レイディアと共に庭の薔薇を見ながら、話をする時間が、とても幸福を感じた。
将来、レイディアと結婚したいとそう思える程に。
しかし、幼い頃の想いは叶うはずもなく。
レイディアは、デル伯爵家の方針で、別の男性と婚約し、あっという間に結婚して嫁いでいってしまった。
レイディア17歳の時にである。
10歳年上の伯爵と結婚したのは、デル伯爵家に借金があり、その借金を支払う代わりにレイディアを嫁がせろとの事だった。
イルドにどうこう出来る話ではない。
イルドにも親の決めた婚約者がいたからだ。
想いはずっとレイディアにある。
幼い頃から好きだったレイディア。
一緒に薔薇の咲く庭で沢山沢山話をした。
レイディアと将来、結婚したいとずっと思っていた。
でも、レイディアは他の男の元へ嫁いで行ってしまった。
自分にも婚約者がいる。
イルドは諦めるしかなかった。
イルドが婚約している相手は、ヴァランシア・ベルク公爵令嬢だ。
イルドは次男なので、ベルク公爵家に婿入りしなければならない。
だから、18歳の時にヴァランシアと婚約した。
上品で美しいヴァランシア。
イルドは必死に気を使った。
ベルク公爵家は名門だ。
せっかく、良縁を父が探して来てくれたのだ。
それを無駄にしたくない。
しかし、ヴァランシアと話をしてもつまらない。
ヴァランシアと交流の席で、彼女は扇を手に微笑みながら、
「レッテーネ地方の葡萄の出来は今年は良くないそうですわ。長雨が影響したようですわね」
「あそこの葡萄は美味だから残念だ」
「あの葡萄で作るワインは絶品だと評判ですから。ワインが飲める歳になったら、わたくし味わってみたいものですわ」
疲れるっ。
本当に疲れるのだ。
彼女との会話は肩が凝って仕方が無い。
ヴァランシアの顔からはまったく本心が見えない。
公爵家の令嬢としてそう教育されているからだ。
ああ、レイディアはよく笑っていたな。
レイディアと色々と話をして楽しかった。
レイディアに会いたい。
ずっとそう思っていた。
ヴァランシアとあの後、結婚し、ベルク公爵家に婿入りした。
ベルク公爵の傍について、家の仕事を覚えている最中である。
公爵家の人間として、彼らの品のある生活に必死に合わせて暮らす日々。
家族で食事をしても、マナーが見られているようで。落ち着かない。
そして、今日、アクセサリーショップに来たのは、ヴァランシアの機嫌取りに、彼女の好きな宝石で作った首飾りをプレゼントしたいと、店で相談したかったからだ。
普通、宝石商を呼び寄せて、色々と相談するのだが、ヴァランシアに内緒にしたかったので。
そこで、店の前で懐かしいレイディアと会ったのである。
レイディアとその子供と一緒に、近くのカフェに入った。
レイディアは子供なんてそっちのけで、
「お会いしたかったわ。わたくし、離縁されてしまいましたの。結婚したラード伯爵が他の女性と結婚したいからと、わたくし、娘と共に追い出されました。実家に今いるのです。心細くて。兄夫婦にはいつまでいるんだと言われて。わたくしはマリーと共にこれからどうすればよいのか」
マリーと言われた幼い娘は大人しく椅子に座ってこちらを見ている。
イルドは思った。
自分に頼られても……確かにレイディアとは幼い頃から仲が良かった。
初恋と言っても過言ではない。
だからって……
レイディアがイルドの手を握り締めて来た。
「お願い。わたくしを助けて」
「助けてと言われても。私は婿入りした身だ。君に対して何も出来ない」
「わたくしは貴方と話したあの遠い日々を忘れてはいないわ。貴方はわたくしに色々と教えてくれたじゃない。凄いなと思ったの。そして憧れた。わたくし、貴方と結婚したかったの。なのに、父の借金のせいで、私は……」
「それは大変だったな」
大変だったと同情はするけれども。でも、だからって私にどうしろというんだ?
レイディアは涙をハラハラと流しながら、
「ずっとお慕いしておりました。イルド様」
ハンカチを手に涙を流すレイディア。
マリーはテーブルの上に置かれた飲み物を手にごくごくと飲み始めた。
レイディアは泣きながら、
「結婚生活、大変でしたの。伯爵様は、10歳も年上で。わたくしの事を何も出来ない女だと。いつも馬鹿にされて、毎日毎日泣いておりましたわ」
「それはお気の毒に」
「貴方と結婚出来ていたならば、わたくしは毎日、笑って過ごしていた。そう思うと悲しくて悲しくて。夫婦生活も苦痛でした。もう、嫌で嫌で」
「大変だったな」
「こうして離縁されて、娘と二人。実家に戻れば、兄も兄嫁も、わたくしに対して厄介者扱いで。心細くて」
「気の毒だとは思うが……」
がしっと手を両手で掴まれた。
「ああ、わたくしを、娘を助けて下さいませ。愛しております。ずっと貴方の事を」
気の毒だとは思うが……レイディアは自分に何を期待しているんだ?
レイディアはイルドの手を握り締めながら、
「時々でいいんです。わたくしと会って話を聞いて下さいませんか?こうして話を聞いてもらえるだけでわたくし、心強くなれるのです。お金とかそういう援助は求めておりません。ただ、貴方とお会いして話を聞いて欲しい。昔のように。お願いですから」
マリーが、レイディアに向かって、
「お母様。お腹すいた」
レイディアはマリーを叱るように、
「大人しくしていなさい。わたくしは大事な話をしているの」
イルドはカフェの店員に、
「パンケーキを。レイディア、君も食べるかい?」
「いえ、わたくしはいらないわ。胸がいっぱいで入らないの」
「それではパンケーキを一つ」
マリーの為にパンケーキを頼んでやった。
レイディアの頼みを断ることが出来ない。
彼女と過ごした遠い日々はイルドにとって宝物だった。
時々、会って話をするなら、不貞にもならない。
「解った。来週の今ぐらいの時間に、ここで会って話をしよう」
「嬉しいわ。貴方に会えるだけでわたくし、生きていてよかったと思えるの。楽しみにしているわね」
レイディアが笑った。
その笑顔が眩しくて、遠い日に薔薇の花の中で笑っていた彼女と重なった。
翌週、約束の時間にカフェに行ったらレイディアがマリーと共に既に待っていた。
「待たせたかい?」
「いえ、待ってはいないわ」
レイディアの対面に座り、珈琲を注文する。
マリーは黙ってパンケーキを食べている。
その横で、レイディアはイルドに悩みを話しだした。
「義姉に当たるアデリーヌ。口煩くて。わたくし、いつも怯えながら食事をしているのです。いずれデル伯爵夫人になるからって。そこの家の娘のわたくしに。本当に酷いわ。わたくし、悲しくて悲しくて。心細くて」
「それは大変だな」
「でも、こうして貴方に会える時は、胸がドキドキするのですわ。ほら、わたくしの胸に手を当てて見て?」
「いや、さすがに対面で座っているから」
「だったら傍に来て。わたくしの胸に手を当てて見て」
個室ではない。ただ椅子の背は高くなっていて、窓際だけれども。
誰かに見られたらさすがにイルドはまずいと思った。
「いやその、女性の胸に手を添えるのは。私は結婚している身だから」
「何だか寂しいわ。結婚している身だと言われると……わたくし」
「寂しいと言われてもそれが現実だ」
「貴方の事が好き。どうしようも無く好き……貴方の傍に行きたい。貴方に抱き締められたいの」
「いや、私は不貞をする訳にはいかない」
「ごめんなさい。貴方を困らせてばかりいるわね」
涙をぽろぽろと流すレイディア。
マリーは心配するでもなくパンケーキを食べている。
それが不思議だった。
普通、母親が泣いていたら心配するのでは?
マリーに聞いてみた。
「マリー。君の母親が泣いているが」
「いつも泣いているもん」
「え???」
「いつも男の人の前では泣いているもん」
レイディアが慌てたように、
「何を言っているのかしら。この子は」
「もう慣れた。パンケーキ美味しいです。ありがとうございます」
いつも泣いている?男の人の前では???
頭がクラクラした。
イルドは立ち上がって、
「私は帰る事にする」
「また、会えますわね。来週、ここでお待ちしていますわ」
イルドは馬車に乗ると、ベルク公爵家に戻った。
王都にあるベルク公爵家。
戻ったら妻のヴァランシアが出迎えた。
「貴方、またお出かけしていたのね」
「ちょっと街に用事があって」
冷たい銀の髪にきつい顔立ちのヴァランシア。
どうしてもヴァランシアの事が好きになれない。
金髪碧眼の柔らかな容姿のレイディア。
ついレイディアと比べてしまう。
ヴァランシアが、胸に緑の宝石の首飾りを下げていて。
「貴方が、アクセサリーショップに頼んでわたくしの為に買ってくれたのですってね。先程、店員が届けに来ましたわ。有難う。緑の宝石は私の好きな色だから嬉しいわ」
「たまには君にプレゼントをね」
ヴァランシアが書類の束を渡して来た。
「はい。こちらは頼まれていた資料よ。ベルク公爵家の西の地区の産業をまとめたものよ」
「有難う。助かるよ」
何かとヴァランシアはイルドが公爵家の仕事を覚えやすいように資料を纏めておいてくれる。領地の事だけではない。公爵家のマナーや行事に関する決まり事、社交で気をつけなければならない事。その他、色々と書類にしてイルドに渡してくれるのだ。
妻たるもの夫である自分が過ごしやすいように配慮するのは当然だとイルドは思っていたのだが。
纏められた書類を見ながら、椅子に座り紅茶を飲んでいると、目の前に珍しくヴァランシアが腰かけて。
「わたくし、悲しいですわ」
「え???」
「わたくしに内緒で、カフェで他の方に会っているのですもの。わたくし悲しくて悲しくて」
「ええええっ???」
今までヴァランシアから、このような言葉を聞いた事が無かった。
いつも気高く、上から目線のヴァランシア。
それが急に何がどうなった???
ヴァランシアは、ストンと表情を無くして、
「あの女の真似をしてみましたわ。どういうつもりで、あの女と会っているのかしら?愛人にしたいとか?」
「いやその…幼馴染だからつい……愚痴を聞くぐらいならと」
「破滅したいのかしら」
「いや、愚痴を聞いているだけで、不貞など決して」
「愚痴を聞いているだけ。そのうち可哀想だから……心が揺れて同情に変わって、彼女の為に何かしてやりたい。男性ってこうして転落していくのですわ」
「私はそのような事は絶対にあり得ない」
「でしたら、その女と会う事は止めて下さいませ」
「でも、彼女は実家で心細い思いをしているんだ」
「それならば、この家を出て行って彼女と共に暮らせばよいでしょう。わたくしは構わなくてよ」
「それは困る。私はこの家の婿だ」
ヴァランシアはぽつりと、
「この三年間。わたくしは貴方と結婚出来て幸せでしたのよ。貴方はとても美しくて。その背中まである銀の髪。すらりとした立ち姿。わたくし、貴方と結婚したいとお父様にお願い致しましたの。家柄も申し分なく、わたくしにふさわしい貴方。お父様は大賛成でしたわ。貴方に抱かれた時、わたくしは本当に幸せだった。
貴方がこの公爵家に馴染めるように、書類を一生懸命纏めて。
貴方との子はまだ出来ないけれども。可愛い子が出来る日を楽しみにして。
でも、貴方の心はわたくしには無かった。解っていたけれども」
ヴァランシアは涙をぽろりと流して、
「離縁致しましょう。あの女と再婚しても構わなくてよ」
イルドはマズイと思った。
ヴァランシアと別れて、
レイディアと結婚したいと思っていた訳ではない。
ただ、愚痴を聞いていただけだ。
彼女が心細いって言うから。
結婚したいと思っていたのは遠い昔の事。
今、このベルク公爵家に婿入りした地位を失いたくない。
「申し訳なかった。私の行動が君を傷つけたのなら謝る。本当に申し訳ない。二度とレイディアとは会わない。誓うからどうか離縁は勘弁して欲しい」
「貴方が反省したのなら、二度とあの女と会わないのならよろしくてよ」
いつも上から目線のヴァランシアの涙……
そして、想いが聞けてイルドは心から反省した。
二度とレイディアには会わないと誓った。
それなのに、翌週、レイディアがマリーを連れて押し掛けてきたのだ。
「イルド様に会わせて下さらない?わたくし、イルド様と会う約束をしていて、来なかったからこうして押し掛けてきたのですわ」
イルドは驚いた。
どうしてなんで?なんで家まで押しかけて来たんだ?
たった二回、会って話をしただけの……
ヴァランシアが、
「わたくしが対応致しますわ」
門の前で喚きたてるレイディアに向かって、
「貴方、わたくしの夫に何の用かしら」
「イルド様に会わせて下さらない?わたくしイルド様の幼馴染で、イルド様にずっと愛されてきた女なのですわ」
「愛とか恋とかおっしゃられても、貴方、我が公爵家に喧嘩を売りにきたのかしら?」
「いえ、決してそんな。ただ、わたくしはイルド様に会いたい。その想いだけで」
イルドは門の前に出て行って、
「誠にすまないが、私はベルク公爵家に婿入りしている。私は結婚しているんだ。君ともう会う事はない」
レイディアは、
「だって、わたくし心細くて。貴方がいないとくじけそうで」
ヴァランシアが、書類を手に、
「調べた所、貴方、離縁された原因がマリーの父親が別の男だったから。それが原因だそうね。ただ、貴方の夫、ラード伯爵が醜聞を嫌う人だったから、隠して貴方と娘を追い出した」
イルドは驚いた。
「そうなのか?離婚の原因は……君が?」
レイディアは口端を歪めながら、
「そうよ。だって、ラード伯爵ったら、愛人がいたんですもの。わたくし、寂しくて寂しくて。庭師に泣きついたのよ。彼、激高した伯爵に斬り殺されたけど。マリーは庭師との子よ」
イルドの中で、レイディアへの幻想が崩れた。
薔薇の庭で微笑んでいた少女。
沢山色々と話をして楽しかった思い出。
全てが崩れていく。
イルドはきっぱりと、
「君と私は全く関係ない他人だ。二度と、私に関わらないで欲しい」
「嫌よ。わたくしは貴方をっ」
護衛騎士達が出て来て、レイディアを拘束した。
レイディアは叫んだ。
「イルド様ぁーー。助けてっーーー。愛しているの。愛してっ」
マリーは騎士の一人が抱き上げて、マリーは泣くでもなく、騎士にしがみついて、泣き叫ぶ母親を見ていた。
ヴァランシアが、護衛騎士に向かって、
「デル伯爵家に連絡を。この女を引き取って貰って頂戴。この子も……いえ、この子は迎えが来るまで、客間に」
泣き叫ぶレイディアを一室に閉じ込めて、マリーは客間に護衛騎士が抱き上げて連れて行った。
ヴァランシアがマリーに向かって、
「何か食べる?お菓子がいいかしら?それとも食事?」
ぐうううっとマリーのお腹が鳴った。
ヴァランシアは笑って、
「軽食を持ってきて頂戴」
メイドがサンドイッチと紅茶を持って入って来る。
柔らかいマフィンも皿に載っていた。
ヴァランシアがマリーに向かって優しく、
「さぁ、食べていいわよ」
マリーは、サンドイッチを手に、
「いただきます」
サンドイッチを食べて、紅茶を飲む。
その様子を微笑みながら見つめるヴァランシア。
イルドは思った。
自分はヴァランシアの何を見てきたのだろう。
ヴァランシアもあんな優しい顔をするんだな……
ヴァランシアはイルドを見て、
「今回、不貞まで至らなかったということで、許します。しかし、次回、同じような事があったらわたくしは許さないわ。よいですわね」
イルドは素直に謝罪した。
「今回の事は私の落ち度だ。申し訳ない」
「反省したのなら、よろしいですわ」
私は妻を傷つけた。レイディアとの思い出に囚われて、二人きりで会ってしまった。
二度と、過去の思い出に流されて妻を傷つけるような真似はしない。
そう強く誓った。
デル伯爵家にレイディアとマリーは迎えに来た馬車に乗って帰って行った。
デル伯爵自身が嫡男のデル伯爵子息と共に謝罪に訪れた。
「このたびは娘がとんだ迷惑を。申し訳ございません」
謝る二人にヴァランシアは、
「二度とわたくしの夫に近づかせないように。今度、姿を見かけた時はどうなるか解っているでしょうね」
「娘は修道院へ行かせます。厳しいと言う噂の。イルド様に迫る前に、他の男にも相談を持ち掛けていて、二度と世間に出せるような娘ではないので」
イルドは思った。
ああ、レイディアは酷い女だったんだな……私だけでなくその前にも似たような事をしていたんだ。
ヴァランシアがデル伯爵に、
「マリーはどうなるのです?」
レイディアの兄デル伯爵子息が、
「私と妻の養女にして責任を持って育てます。出来の悪い妹の子とはいえ、幼い子に罪はありませんから」
「それなら安心ですわ」
イルドは二人に向かって、
「こちらの落ち度もあった。今回の事は、済んだ事として」
「有難うございます」
二人が帰った後、ヴァランシアは、
「マリーがデル伯爵子息夫妻に引き取られて良かったですわ」
「ヴァランシアは子供は好きなのか?」
「ええ。わたくしも早く子が欲しいですわ。子が出来たら沢山、愛を注ぎたい」
そう言っているヴァランシアの顔がとても優し気で、
どうして苦手だと思ったのだろう。
妻のどこを見て生きてきたのだろう。
今まで妻の気遣いに助けられて生きて来た。
領地経営やマナー、社交界の情報等、ヴァランシアは解りやすいように書類に纏めてくれて、イルドに渡してくれた。
いつも、上から目線で冷たい態度のヴァランシア。
でも、いつも自分を気遣ってくれていたのだ。
そして、彼女は本心を自分にさらけだしてくれた。
望んで婿にした。
愛していると……
あの流した涙を忘れない。
ヴァランシアの手の甲に口づけて、
「早く子が出来るといいな。愛しているよ。ヴァランシア」
「嬉しい。わたくしもですわ。イルド」
薔薇の花の庭で微笑んでいた少女はもういない。
あれは遠い日の幻想。
今はただ、こちらを見て微笑む妻ヴァランシアが、美しくて。
胸がどきりとしてイルドは、妻の唇に口づけを落とすのであった。




