緊急事態
慌ただしい騎士達の足音がライラ達に駆け寄ってくる。
「何事だ?」
「陛下、急ぎご報告がございます!」
騎士が放った、その一声で、和やかな空気が張り詰める。
ルシアンの表情から笑みが消えた。凛とした強さを持った王の表情でルシアンは騎士に尋ねる。
「どうした?」
「南方国境にて結界の綻びを確認いたしました! 魔の森より魔物の群れが出現。現在、辺境騎士団が迎撃しております!」
ライラは息を呑む。
(結界が……)
ソレイユ光国では聞いたことのない報告だった。ソレイユ光国は光属性のルミナリアを擁する国だ。結界は綻ぶ前に修復され、魔物が出ることもない。けれどライラも知識として結界が綻び、魔物が現れることを知っていた。
「被害は?」
「現時点では負傷者数名。ですが、このままでは魔物が村へ到達いたします!」
ルシアンは静かに頷いた。
「分かった。第一騎士団と魔法師団を招集してくれ」
「はっ!」
騎士は一礼すると駆け去っていく。
ルシアンはライラへ向き直った。
そこには、先ほどまでと変わらない穏やかな笑みが浮かんでいた。
(こんな時にまで、気を配ってくださるなんて……)
緊急事態だというのにライラにまで気を配ってくれる優しさに、場違いにも温かな気持ちになる。
「すまない、ライラ王女。案内はまた今度でもいいかな。出陣の準備をしなくては」
「もちろんです。……陛下も出陣なさるのですか?」
ライラは慌てて頷きながら問う。
「これでも少し光魔法を使えるからね。綻び程度なら、なんとかなるだろう」
「陛下は剣技も強いですが、魔法師としても素晴らしい才をお持ちです」
いつの間にかルシアンの側に現れたカイルが言い添える。
王として民を守る。それがルシアンの王としての姿なのだ。
「セレーヌ、ライラ王女を——」
「陛下」
ライラが静かに声を上げた。ルシアンは少し驚いたようにライラを見る。
「私も、ご一緒してもよろしいでしょうか」
その場にいた全員がライラへ視線を向けた。セレーヌも驚き、リズは思わず目を丸くする。
「ライラ王女?」
「私は……ソレイユ光国の王女として、これまで何度も結界の綻びの話を聞いてまいりました」
ライラはルシアンを真っ直ぐ見つめる。
「結界の強化は出来ません。戦う力もありません」
一度言葉を切り、小さく息を吸う。
「ですが、私はこの国の王妃となる者です」
その瞳には、昨日までにはなかった意志が宿っていた。
「この国がどのように民を守っているのか、この目で見ておきたいのです」
ルシアンは少しだけ目を見開く。王妃になる覚悟。昨日まで自分を「不要な王女」と思っていた少女が、自らその言葉を口にした。それだけで連れて行ってしまいたくなる。
けれど、向かう先は戦場だ。軽請け合いできるような場所ではない
「これから向かうのは戦場だよ。危険が付き纏う」
穏やかな声でルシアンは続けた。
「魔物との戦いは、決して見世物ではない。怖い思いをするかもしれない」
「わかっています。……それでも」
ライラは迷わなかった。真っ直ぐと顔を上げルシアンの瞳を見つめた。
「この国の王妃となる者として、知りたいと思ったのです」
その答えに、ルシアンは静かに笑った。
「……君は、本当に素晴らしい王妃になるだろうね」
そして隣に立つカイルとセレーヌへ視線を向ける。
「カイル、セレーヌ」
「はい」
「君たちと私でライラ王女を守る。異論は?」
カイルもセレーヌも迷うことなく頷いた。
「ありません」
驚いたのはライラだ。あの淑女然としたセレーヌも共に戦場へ向かうというのだろうか?セレーヌと目が合うと、彼女は、いつもより凛とした表情で微笑んでいた。
「ご心配ありません、ライラ殿下。私も僅かながらですが光属性を持ち訓練を受けております。必ず殿下をお守りいたします」
「おやおや、それでは俺の立つ背がないね。……ライラ王女、俺も死力を尽くして君を守ろう。未来の伴侶として、共に戦場に向かってくれるかい?」
「はい」
ライラは嬉しそうに微笑んだ。その笑顔を見たルシアンはまだ知らない。
この決断が、失われた闇属性の真実へと繋がる最初の一歩になることを。




