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ラーニング・アバター:未来の僕が教えてくれた最強の攻略法  作者: おぷっち


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地図と足跡

西日の差し込む階段の踊り場で、綾瀬サクラの言葉が鋭利なガラス片のように突き刺さった。

『それは、あなたの知恵ですか?』

ケンタと和解できた安堵感で温まっていたはずの身体から、急速に血の気が引いていく。指先が冷え、思考が凍りつく。さっきまで確かにそこにあった達成感は、脆くも砕け散った。



「おい、ハルトになんてこと言うんだよ!こいつは…こいつなりに、ちゃんと考えて…!」



隣で異変を察したケンタが、俺を庇うようにサクラへ食って掛かる。その声には、友人を思う純粋な怒りと、状況を理解できない困惑が滲んでいた。しかし、サクラは涼しい顔一つ崩さない。階段を一段上った場所から俺たちを見下ろし、温度のない声で言い放った。



「結構です。それは、彼自身が答えを見つけるべき問題ですから」



その言葉は、ケンタだけでなく、俺たちの間に見えない壁を築いた。ケンタの善意が、彼女の前では意味をなさない。そして、俺自身、ケンタの言葉に素直に頷くことができなかった。

サクラはそれ以上何も言わず、静かに階段を上っていく。コツ、コツ、というヒールの音だけが、やけにクリアに響いていた。



「……大丈夫か、ハルト?」

ケンタが心配そうに俺の顔を覗き込む。俺は喉の奥に詰まった何かを飲み込み、無理やり口角を引き上げた。

「あ、ああ。大丈夫だ」

声が、自分でも驚くほど硬かった。大丈夫なわけがない。頭の中は、サクラが投げかけた問いでぐちゃぐちゃだった。借り物のテクニックで友情を取り繕っただけなのか? 俺の謝罪は、ただの模倣だったのか?

ケンタは納得できない顔をしていたが、和解したばかりの気まずさからか、それ以上は踏み込んでこなかった。



帰り道、俺とケンタの間には、微妙な沈黙が流れていた。さっきまでの打ち解けた空気はどこにもない。隣を歩く親友との距離が、やけに遠く感じられた。話題を探そうとして、結局何も言えずに唇を噛む。和解したはずなのに、孤独はむしろ深まっていた。

分かれ道で、ケンタが「じゃあな」と短く告げる。その背中を見送りながら、俺は何も言えなかった。一人になった途端、夕暮れの町の喧騒が急に遠のいていく。自分の歩くアスファルトの音だけが、空っぽの頭に響いていた。



自室のドアを閉めた瞬間、張り詰めていた糸が切れた。壁に背中を預け、ずるずると床に座り込む。

「……結局、俺のやったことは」

声に出した途端、自己嫌悪の波が押し寄せてきた。

『それは、あなたの知恵ですか?』

サクラの言葉が、頭の中で何度も再生される。そうだ、俺はアバターに頼った。機能不全になる前に見た『Proactive Coaching』の断片的な情報、『モデル思考』の応用。それらを繋ぎ合わせて、ケンタとの関係を『問題解決』しようとしただけじゃないのか。

藁にもすがる思いで、机の上のタブレットを手に取る。画面をタップし、アバターを呼び出す。

「アバター……俺のやったことは、正しかったのか?」

問いかけは、静かな部屋に虚しく響くだけだった。画面の中央で青い球体が静止している。機能不全に陥ったアバターは、もう最適解を示してはくれない。

完全な孤独だった。助けてくれるAIもいない。自分の行動の価値さえ、自分では判断できない。俺はアバターの知識をなぞるだけの、空っぽの操り人形だったのか。

胸が締め付けられるような苦しさに、机に突っ伏した。



どれくらいそうしていただろう。顔を上げると、窓の外はすっかり暗くなっていた。

このままじゃダメだ。

俺は目を閉じ、必死に記憶の断片をまさぐった。屋上での、ケンタとの和解の瞬間を。

頭の中では確かに『モデル思考』の図が展開されていた。原因、感情、理想的な結果……。アバターが教えてくれたフレームワークが、混乱した思考を整理してくれたのは事実だ。

だが、最後の最後。

ケンタの前に立ち、言葉を紡ごうとした時。俺の背中を押したのは、計算されたシミュレーションの結果じゃなかった。

『ごめん』

あの不器用な一言を絞り出させたのは。

理屈を超えて、ただひたすらに込み上げてきた後悔の念だった。ケンタを傷つけたことへの痛みと、昔のように笑い合いたいと願う、どうしようもないほどの渇望。

アバターの計算じゃない。

俺自身の心が、頭を下げさせたんだ。



違う……理屈じゃなかった。あの時、俺の頭を下げさせたのは、アバターの計算じゃなくて…俺自身の心だったはずだ。



その事実に辿り着いた瞬間、全身の力が抜けていくのを感じた。

そうだ。アバターがくれたのは、目的地までの詳細な地図だったのかもしれない。だが、泥だらけの道を、傷つきながらも一歩ずつ歩いたのは、他の誰でもない。

俺自身の足だった。

震える手で、そっと胸を押さえる。安堵と、そして確かな決意が、冷え切っていた身体にじんわりと熱を灯していく。

俺はノートを開き、新しいページにペンを走らせた。



『知識 ≠ 知恵』



その短い数式を書き留めた時、静かに部屋のドアがノックされた。

「ハルト、いるか?」

親父の声だった。どうぞ、と答えると、少し照れくさそうな顔で健一が入ってくる。

「いや、邪魔して悪いな。ちょっと、聞きたいことがあって」

親父はそう言うと、手にしていた仕事の資料を机に置いた。

「ハルト、この前の『モデル思考』ってやつ…仕事で使ってみたら上手くいってな。複雑に絡まってたプロジェクトの問題点が、お前の言ってたみたいに原因と結果を矢印で繋いだら、すっきり整理できたんだ。おかげで部長にも褒められてな」

親父は少し誇らしげに笑う。

「それでなんだが…もう少し詳しく教えてくれないか?」

予期せぬ言葉に、俺は息を呑んだ。

父親からの、信頼に満ちた問いかけ。

借り物の知識だと自覚し、ようやく自分の意志との違いを見出したばかりのそれを、今度は自分の言葉で『知恵』として語らなければならない。

それは、俺にとって新たな、そしてあまりにも大きな試練だった。

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