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ラーニング・アバター:未来の僕が教えてくれた最強の攻略法  作者: おぷっち


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10/17

証明の答案用紙

しんと静まり返った教室に、秒針の音だけがやけに大きく響いている。実力テスト当日の朝。俺は自分の席で、じっと目の前のタブレットを見つめていた。画面には、起動を待つアバターの青い球体。こいつがいれば、最後の総仕上げも万全だろう。

「おい、見たかよ佐々木」

「今回で化けの皮が剥がれるってな」



背後から聞こえてくる囁き声。振り向かなくても誰だか分かる。俺の急激な成績上昇を「まぐれ」か「カンニング」だと疑う連中だ。その視線が、針のように背中に突き刺さる。



そして、教室の対角線上。黒崎リョウが、腕を組んで俺を睨みつけていた。その目は「言い訳は聞かねぇぞ」と雄弁に語っている。挑戦的で、一切の揺るぎがない。



俺は、リョウの視線を真っ直ぐに受け止めた。

ふぅ、と短く息を吐く。



自分の力で証明する。

親父に。リョウに。そして、誰より俺自身に。

アバターが算出した目標達成確率92.4%。だが、もうその数字に意味はない。これは、借り物の言葉で取り繕うための戦いじゃない。俺が、俺の努力で未来を掴むための、最初の戦いだ。



決意と共に、タブレットのサイドボタンを長押しする。画面に表示されていた青い球体が歪み、ブラックアウトした。スリープじゃない。完全なシャットダウン。

もう、頼らない。

カバンにしまったタブレットの冷たい感触を確かめ、俺はシャープペンシルを強く握りしめた。孤独だが、不思議と心は燃えていた。



チャイムが鳴り響き、テストが始まる。

一時間目の国語、二時間目の理科。アバターと構築した知識体系が、脳内で淀みなく引き出されていく。問題文を読めば、解法の設計図が浮かび上がる。順調だ。手応えは、確かにある。



だが、三時間目の数学で、その流れは唐突に断ち切られた。

最後の大問。見たこともない形式の、複数の単元を組み合わせた応用問題。問題文を読んでも、最初の数式すら立てられない。思考が、完全に停止した。

冷や汗が、こめかみを伝う。

脳裏に、甘い誘惑が囁いた。

――アバターがいれば。

こいつが起動していれば、この複雑な問題も即座に構造分解し、最適化された思考ルートを提示してくれるはずだ。今からでも電源を……。



いや、ダメだ。

脳裏に、疑いの目を向ける親父の顔が浮かぶ。

「化けの皮を剥がしてやる」と宣言した、リョウの険しい表情が重なる。

俺は、あの場所に戻るわけにはいかない。



俺は奥歯を噛み締め、誘惑を振り払った。

思い出せ。アバターが教えてくれたのは、答えそのものじゃない。答えに辿り着くための『方法』だ。観測できない現象を単純化する『モデル思考』。複雑な問題を分解し、既知のパターンと結びつける思考法。

自分の頭でやるんだ。

俺は解答用紙の余白に、問題文から読み取れる情報を書き出し、図形を描き、関係性を矢印で繋いでいく。無様でもいい。泥臭くてもいい。思考の痕跡を、この紙に刻みつけるんだ。



ペンを走らせる音と、隣の席の生徒が立てる貧乏ゆすりの音だけが響く。焦りが募る。その時、ふと顔を上げた俺の目に、信じられない光景が飛び込んできた。

黒崎リョウも、同じ問題でピタリとペンを止めていた。

眉間に深いシワを寄せ、歯を食いしばり、まるで睨みつけるように問題用紙と格闘している。効率なんて言葉とは無縁の、全身全霊を懸けた彼の姿。その泥臭いまでの情熱と執念が、俺の胸を打った。

敵意の中に、チリッとした敬意のような感情が混じる。

そうだ。俺だけじゃない。あいつも戦っている。

ライバルの存在が、切れかけた集中力の糸を再び張り詰めさせた。終了五分前を告げるチャイムが鳴り、俺は最後の思考を答案に叩きつけた。



数日後。廊下の一角にできた人だかりの中心に、結果発表の掲示板があった。心臓が早鐘を打つ。人波をかき分け、俺は息を詰めて白い紙に視線を走らせた。

自分の名前を探す。下から、いや、真ん中あたりから。

あった。



『佐々木 晴人 学年7位』



その文字を見た瞬間、周囲の喧騒がふっと遠のいた。

「嘘だろ……佐々木が?」

「7位って、マジかよ……」

「黒崎より上じゃねえか……!」

驚愕と戸惑いが入り混じった声。信じられないものを見るようなクラスメイトたちの表情。そのすべてが、スローモーションのように感じられた。人混みの奥、学年1位の綾瀬サクラが、感情の読めない瞳でこちらを一瞥した。それは未知の観察対象を見つけたかのような、鋭い興味の光を宿していた。

すぐ下に、黒崎リョウの名前があった。『学年11位』。

目標だったトップ10入り。そして、ライバルへの僅差での勝利。

長かった不信とプレッシャーから解放される、強烈なカタルシスが全身を駆け巡った。俺は、知らず知らずのうちに、固く拳を握りしめていた。

ふと、人混みの喧騒の中からリョウと目が合った。彼は自分の順位と俺の順位を一度だけ見比べると、悔しさを押し殺したように固く拳を握りしめ、何も言わずに踵を返した。その背中には、言葉にできないほどの悔しさと、新たなライバルを認めた闘志が滲んでいた。



教室で答案が返却される。どの教科も、これまで見たことのないような点数が並んでいた。高揚感に包まれながら、最後に受け取った数学の答案に目を落とした俺は、表情が凍りつくのを感じた。

最後の応用問題。

そこには、無慈悲な赤いバツ印がつけられていた。

合計点ではリョウに勝った。学年順位も目標を達成した。でも、この一問が解けなかった。アバターなしでは、この壁は超えられなかった。

勝利の甘美な味は、一瞬にしてほろ苦い現実に変わった。これが、今の俺の限界。



「佐々木さん、あなたの数学の答案、見せていただけませんか」

一人、自分の未熟さを噛み締めていると、静かな声が降ってきた。顔を上げると、学年1位の綾瀬サクラが、感情の読めない瞳で俺を見下ろしていた。

俺が戸惑いながらも答案を差し出すと、彼女はそこにびっしりと書き込まれた俺の思考の痕跡――途中式や図解を、冷静に目で追っていった。

しばらくして、彼女は顔を上げた。

「あなたの解法の組み立て方は合理的ですが、最後の発想が足りなかった。知識の点と点を結ぶ、ある種の『ひらめき』が」

的確すぎる指摘。それは、俺自身が一番感じていたことだった。知識はある。それを組み立てる方法も学んだ。でも、未知の問題に対して、知識を飛躍させる『知恵』が、決定的に欠けている。

俺は、新たな知の壁と、綾瀬サクラという規格外の実力を持つライバルの存在を、今、はっきりと認識した。



その日の夜。俺はリビングで、父・健一にテスト結果の束を差し出した。

父さんは無言でそれを受け取ると、一枚一枚、食い入るように点数を確認していく。その表情には驚きが浮かんでいるが、まだどこか疑いの色が残っている。前回のことがあるからだろう。

しかし、数学の答案に目を留めたとき、父さんの動きが止まった。彼の視線は、点数ではなく、解答用紙の余白を埋め尽くす、俺の苦闘の跡に注がれていた。

長い、息の詰まるような沈黙が流れる。

やがて、父さんはゆっくりと顔を上げ、俺の目を真っ直ぐに見た。

「……ハルト。お前の言う『新しい勉強法』とやらを、一度、私に説明してみろ」

その声は厳格さを保っていたが、もう尋問の響きはなかった。

拒絶ではない。理解しようとする、対話の始まり。

俺は、次なる『証明』のステージに立ったことを、静かに予感した。

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