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ラーニング・アバター:未来の僕が教えてくれた最強の攻略法  作者: おぷっち


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アップデートしますか? この退屈な日常を

チャイムの音が、まるで遠い国の出来事のように鼓膜をかすめて消えた。

返却された数学の答案用紙が、机の上で赤い×印の墓標のように横たわっている。28点。もはや驚きもしない。ただ、胃のあたりがずしりと重くなるだけだ。

「佐々木」

担任の冷たい声に、俺は顔を上げる。教壇から見下ろすその視線には、期待のかけらもなかった。

「このままでは、お前が志望校リストに書いた咲桜第一高校は夢のまた夢だぞ」

周囲から同情とも憐れみともつかない視線が突き刺さる。俺は小さく「はい」と呟くのが精一杯で、再び手元の答案に目を落とした。インクの赤が、じわりと視界に滲んだ。


西日が長く影を伸ばす帰り道、幼馴染のケンタが退屈そうに蹴った小石が、乾いた音を立てて転がっていく。

「あーあ、また塾の勧誘かよ」

ケンタが顎でしゃくった先には、電柱に貼られた学習塾の派手なポスターがあった。『正しい学習法で、君も変われる!』というキャッチコピーが、空々しく目に映る。

「『正しい学習法』? そんなの、頭いい奴が言うセリフだろ。俺たちには関係ねえよ」

「…そうかもな」

俺は気のない返事をしながらも、その言葉が心のどこかに小さな棘のように引っかかるのを感じていた。正しい方法? そんなもので変われるなら、とっくに誰だって変わってる。


重い足取りで玄関のドアを開けると、リビングから漂う緊張した空気が肌を刺した。俺の帰宅を待っていたのだろう。食卓には、父親の佐々木健一が腕を組んで座っていた。その前に置かれているのは、学校から郵送された成績表だ。

「ハルト」

低い声が俺を射抜く。

「またこの点数か!努力が足りないんだ。言い訳するな、ハルト!」

父親の怒声が響き渡る。隣で母親の陽子が「お父さん、少し落ち着いて」ととりなすが、火に油を注ぐだけだった。

「甘やかすからこうなるんだ! 俺が買ってやった参考書はどうした! 手もつけていないじゃないか!」

父親が指さす先には、俺の部屋の隅に積まれた、ビニールも剥がされていない参考書の山がある。期待という名の重圧。それに応えられない自分への嫌悪。

「…どうせ俺には、才能なんてないんだよ」

絞り出した声は、自分でも驚くほど冷たく乾いていた。それ以上何も聞きたくなくて、俺は踵を返し、自室のドアを乱暴に閉めた。


ベッドに身体を投げ出す。天井の染みが、自分の未来のようにぼんやりと広がって見えた。もう何もかもどうでもいい。そんな自暴自棄な気持ちで、枕元のタブレットを手に取った。動画でも見て、この最悪な気分を紛らわそう。

電源を入れると、画面に見慣れないポップアップが表示された。


『未来パケットを受信しました。システムをVer.2.0にアップデートしますか?』


怪しげな通知だ。新手のウイルスか何かだろう。いつもなら即座に無視するところだが、今の俺にはどうでもよかった。これ以上、悪くなることなんてあるか?

俺は、まるで何かに憑かれたように、衝動的に「はい」のボタンをタップしていた。


その瞬間、タブレットの画面がブラックアウトした。

次の瞬間、幾何学的な光のラインが画面を走り、洗練されたインターフェースが再構築されていく。起動シーケンスの途中で、一瞬だけ画面に砂嵐のようなノイズが走り、スピーカーから微かな異音が聞こえた気がした。

やがて、画面中央に青い球体が表示されると、静かで、それでいてどこまでも無機質な合成音声が部屋に響いた。

「――Personalized Academic Training & Advanced Resource、起動。コードネーム『アバター』。これより、佐々木晴人さんの学習効率を最適化します」

「な…なんだよ、これ…」

未知の存在の出現に、俺は思わず後ずさった。タブレットが勝手に喋りだした?

アバターと名乗った青い球体は、俺の混乱など意にも介さない。タブレットのインカメラが起動し、青いスキャン光が部屋の中を素早く走査していく。机の上の教科書、本棚の参考書、そして――俺がベッドの下に隠していた、過去の惨憺たる結果が記された答案の束まで。

「スキャン完了。学習環境、保有教材、過去の学習データを分析します」

分析は一瞬で終わった。

「初期分析レポート。佐々木晴人さん、通称ハルトさんの現状を報告します。未来からの情報パケットには軽微なデータ欠損が確認されますが、主要機能に影響はありません」

淡々とした報告の後、アバターは核心を突いてきた。

「現在の学習法における、志望校・咲桜第一高校への合格目標達成確率は――0.01%未満と算出されます」


0.01%未満。

その数字は、無慈悲な宣告として俺の脳に突き刺さった。わかっていたことだ。わかっていたはずなのに、改めて客観的なデータとして突きつけられると、息が詰まる。心の奥底にあった、ほんのわずかな希望さえも粉々に砕かれた気分だった。膝から力が抜け、床にへたり込む。

やっぱり、ダメなんだ。俺には才能がない。何をやっても無駄なんだ。


絶望が全身を支配しようとした、その時。


「しかし」


アバターの無機質な声が、沈黙を破った。

「脳科学に基づいた最適な学習プランを適用した場合、次回の定期テストでの目標スコア達成確率は、90%以上に修正可能です」


え?

顔を上げると、タブレットの画面に、信じられない光景が広がっていた。

スタイリッシュなインフォグラフィックが展開され、俺のためだけに作られた学習スケジュールが表示されていく。『記憶の定着率を最大化する分散学習プラン』『忘却曲線をハックするアクティブリコール・トレーニング』『集中力を維持するポモドーロ・テクニックの実践』。

それは、父親が叫ぶような根性論とは全く違う、科学的で、具体的で、そして何より実行可能に見えるプランだった。グラフは右肩上がりの美しい曲線を描き、俺の成績が劇的に向上していく未来を予測していた。

目の前の光景が、まるで出来の良いSF映画の一場面のように現実感を失っていく。


アバターが提示した学習プランの、最初のタスクが画面に表示されている。『タスク1:英単語100個の暗記(推定所要時間:25分)』。

半信半疑のまま、俺は呟いていた。

「…やってみる価値、あるのか?」

震える指が、ゆっくりとタブレットへと伸びていく。この退屈で、絶望的な日常を、本当にアップデートできるというのなら――。

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