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地獄太夫  作者: 四谷軒
7/8

07 問答

 女郎屋に出入りの僧侶や侍に聞くと、這入(はい)ってきた一休と称する僧形の男は、どうやらほんものらしいというのはわかった。

 そうすると、今度はほんものならば天下の名僧、やはり楼の一番高いところに、と地獄太夫の部屋は真っ先に開けられた。

「稼ぎ頭の妾に対して、あんまりなのでは」

 皮肉の一つも吐いてみたが、だれも聞いてやしない。

 あれよあれよという間に、いつの間にやら小綺麗にされた一休が、地獄太夫の間を訪れたのは、それからすぐのことである。

「まさか、ほんとうに一休禅師だったとは」

「何、ほんとうかどうかはわからぬ。わしにすら、わからぬ」

 こんな綺麗な衣を着ていては、たしかに偽物のようじゃわい、と一休は笑った。

 それを聞いて地獄太夫は得心した。

 ああ、これは確かにほんものの一休だと。

「禅師、なにゆえ、このような妓楼へと足を運ばれたか」

 単なる興味本位だと一休は答えた。

 なにがしかの運命やら課題やらがあって来たわけではない。

 足の向くまま、気の向くまま。

 そういう、無意識こそ、奇縁が生じる。

 その一休の言葉を聞いて、地獄太夫は――

「されば幼き日に如意山にて賊にとらわれた妾は、その奇縁が悪縁となったクチか」

「そなたが遊女になったきっかけがそれなのか」

 一休は特に蔑視せず、さりとて憐憫せず、淡々と聞いた。

 それは一休の人や物に対する態度がそうなのか、あるいは地獄太夫が相手だからこそなのかは、判然としない。

「そこから、如意山から堺へと流れ、今へと至る。その中で、思うところがあるのだが、禅師に聞いてもらえるだろうか」

 地獄太夫は乙星と名乗っていた頃より、つまり男の相手をすることになった頃より、ある疑念があった。

 男というのは、とかく女を抱く。

 ところがその抱かれるということが、実は、醜い。

 顔をしかめ、汗をかき、息を荒くして、おのれの汚いところを見せつけいじらせ、最終的には、お互いの汚いところをつなげる。

 しかもそれが疲れるし、痛いし、何かの恐怖すら感じる。

「だというのに、なぜゆえ男は女を抱くのか。今まで、妾を抱いたおのこがいうには、やれ気持ちがいいからだの、愛しているからだの言うが、それはそう思っているからそう感じるのではないか」

 つまるところ、そういう風に「いい」と思えるからこそ、まぐわいはずっとされてきた。

 おそらくこれは、神か仏かが、そうしないと、汚く、つらく、痛い行いを人がしなくなり、ついには子がなくなる――人々が絶えるから、そうしたのだろう。

「――と思うのだが」

「フーム」

 一休は思わぬ問いかけに、舌を巻く思いだった。

 失礼ながら、遊女でも悟りをとか、救われるのとか、そういう問いが来るかと思っていた。

 ところが、地獄太夫はそういうのではなく、ある意味、男女の――人生の秘奥にも等しい疑念をぶつけてきた。

「これはまた、まぐわっている場合ではない」

 一休の軽口に、地獄太夫は思わず微笑む。

 こういう問いかけをしたら、では試してみようと抱いてくるかと思っていた。

 それを、まるで子どもが初めてのなぞなぞに取り組む時のように、腕を組んで、時折頭を振って、考えに熱中し出している。

「いや何の、拙僧ももう歳が歳でな、抱くと言われても、もう力が無いし、ことを終えると疲れる、頭が痛くなる」

 わりと世知辛いことを言った。男は男で、抱く抱かれるの苦労はあるということか。

「それでも女が欲しくなるのは何でかのう……やはり、そなたの言うとおり、神仏がそうしかけているから、であろうか」

 一休は押し黙る。

 地獄太夫も、語るは語ったということもあり、静かにしていた。

 沈黙が流れるが、悪い気はしない。

 むしろ、無言でも、安心できる何かが、一休にはあった。

 そのうち、酒肴が出てきて、一休も地獄太夫も箸をつつく。

「食べることも、同じ」

 食べることにより、腹をこわすこともある。

 骨や棘は痛いし、糞や尿が出る。

「まこと人とは、生きるためにいろいろと、やらなければならないことが多すぎる……」

「それでいて――」

 その「こと」とは、人にとっては楽しかったり、気持ちよかったりする。

 神仏がいるとしたら、確かによくできている。

「さて……」

 一休は、いつの間にやら天目茶碗に注がれた緑茶を喫していた。

 碗も茶も高級品だが、一休が手に持ち傾けていると、なかなか画になる。

「ああ、旨い」

 碗から口を離した一休。

 それを凝と見つめる地獄太夫。

 視線を受けて、僧侶は答えた。

「……そうじゃのう、やはり、そなたの言うとおり、疲れたり、痛かったりすることが、なぜかいいもんだと思わされとる」

 そうでないと、人が滅ぶ。

 犬や猫、鳥や虫たちもおそらくそうなのであろう。

 だから交尾し、子を産む。

 本来なら、みずからの弱点をさらし、あるいは何日も何か月も懐胎した危険な状態でいるというのは、避けたいところ。

 それをそうするのは、獣や虫も、いいものだと仕組まれている。

「因果なもんじゃ。それがまた、それをしたいと望むもんが出てくる、ちゅうことは」

 一休は、空となった天目茶碗を見た。

 茶は旨かったし、碗もうつくしい。

 人はなぜそれのみで満足できないのか。

 やはり、見返りというか楽しみがないと動かないのか。

「いや」

 それならば、子が欲しくてする、夫婦者はどうするか。

「いのち」

 いのちを産みたい。

 子に会いたい。

 会って話がしたいという希望を持つ者たちもいる。

「むろんそれのみで子などいらないという者もいる。あるいは、子があればよく、するのは仕事だ、という者もいよう」

 それでも。

 男は女に。

 人は人に。

「惹かれてしまうんじゃろうな。それもまた、ええもんじゃと思わされとるせいか? それはちがうと思う。そして、それはそれとして、やはり、無理矢理は駄目だ、やめておけと言った方がええ」

 認めてくれた。

 自分がずっと思っていたことを。

 まず地獄太夫は、それが嬉しかった。

「……なあんで、神仏が人がそうするのを気持ち良いものとしたのか? いのちのためもあろうが……本来は好き合う者たちへの褒美だったのか。それとも、最初にそれをしたものが、そうでないと耐えられないと望んだのか。それらすべてを包含しているか、そうでないのがねらいやも」

 一休は頭を振った。

 おおき過ぎる。

 こういうのは、お釈迦さまが考えるべきことではないのか。

「……いや」

 そうやって逃げることは、容易い。

 逃げずに、考えろ。

 考えるというか、悟れ。

 悟れ、一休。

「……生のためじゃ」

「せい?」

 地獄太夫が反問する。

 一休はうなずく。

「そうじゃ、生きている、というのを味わいたい。それが……それが少なくとも、ひとつじゃろうな」

 一休は悟りというのが、ひとつの究極をめざすとは思っていない。

 だから、鴉の声で大悟した。

 さまざまな鴉がいて、同じ鴉でも、その時々でちがう声を出し、鳴く。

 であれば、人も、それぞれ──

「ありゃ、これは拙僧の秘奥だというに」

 思わず、漏らしてしまったわ。

 一休は笑った。

 地獄太夫も、笑った。

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