07 問答
女郎屋に出入りの僧侶や侍に聞くと、這入ってきた一休と称する僧形の男は、どうやらほんものらしいというのはわかった。
そうすると、今度はほんものならば天下の名僧、やはり楼の一番高いところに、と地獄太夫の部屋は真っ先に開けられた。
「稼ぎ頭の妾に対して、あんまりなのでは」
皮肉の一つも吐いてみたが、だれも聞いてやしない。
あれよあれよという間に、いつの間にやら小綺麗にされた一休が、地獄太夫の間を訪れたのは、それからすぐのことである。
「まさか、ほんとうに一休禅師だったとは」
「何、ほんとうかどうかはわからぬ。わしにすら、わからぬ」
こんな綺麗な衣を着ていては、たしかに偽物のようじゃわい、と一休は笑った。
それを聞いて地獄太夫は得心した。
ああ、これは確かにほんものの一休だと。
「禅師、なにゆえ、このような妓楼へと足を運ばれたか」
単なる興味本位だと一休は答えた。
なにがしかの運命やら課題やらがあって来たわけではない。
足の向くまま、気の向くまま。
そういう、無意識こそ、奇縁が生じる。
その一休の言葉を聞いて、地獄太夫は――
「されば幼き日に如意山にて賊にとらわれた妾は、その奇縁が悪縁となったクチか」
「そなたが遊女になったきっかけがそれなのか」
一休は特に蔑視せず、さりとて憐憫せず、淡々と聞いた。
それは一休の人や物に対する態度がそうなのか、あるいは地獄太夫が相手だからこそなのかは、判然としない。
「そこから、如意山から堺へと流れ、今へと至る。その中で、思うところがあるのだが、禅師に聞いてもらえるだろうか」
地獄太夫は乙星と名乗っていた頃より、つまり男の相手をすることになった頃より、ある疑念があった。
男というのは、とかく女を抱く。
ところがその抱かれるということが、実は、醜い。
顔をしかめ、汗をかき、息を荒くして、おのれの汚いところを見せつけいじらせ、最終的には、お互いの汚いところをつなげる。
しかもそれが疲れるし、痛いし、何かの恐怖すら感じる。
「だというのに、なぜゆえ男は女を抱くのか。今まで、妾を抱いたおのこがいうには、やれ気持ちがいいからだの、愛しているからだの言うが、それはそう思っているからそう感じるのではないか」
つまるところ、そういう風に「いい」と思えるからこそ、まぐわいはずっとされてきた。
おそらくこれは、神か仏かが、そうしないと、汚く、つらく、痛い行いを人がしなくなり、ついには子がなくなる――人々が絶えるから、そうしたのだろう。
「――と思うのだが」
「フーム」
一休は思わぬ問いかけに、舌を巻く思いだった。
失礼ながら、遊女でも悟りをとか、救われるのとか、そういう問いが来るかと思っていた。
ところが、地獄太夫はそういうのではなく、ある意味、男女の――人生の秘奥にも等しい疑念をぶつけてきた。
「これはまた、まぐわっている場合ではない」
一休の軽口に、地獄太夫は思わず微笑む。
こういう問いかけをしたら、では試してみようと抱いてくるかと思っていた。
それを、まるで子どもが初めてのなぞなぞに取り組む時のように、腕を組んで、時折頭を振って、考えに熱中し出している。
「いや何の、拙僧ももう歳が歳でな、抱くと言われても、もう力が無いし、ことを終えると疲れる、頭が痛くなる」
わりと世知辛いことを言った。男は男で、抱く抱かれるの苦労はあるということか。
「それでも女が欲しくなるのは何でかのう……やはり、そなたの言うとおり、神仏がそうしかけているから、であろうか」
一休は押し黙る。
地獄太夫も、語るは語ったということもあり、静かにしていた。
沈黙が流れるが、悪い気はしない。
むしろ、無言でも、安心できる何かが、一休にはあった。
そのうち、酒肴が出てきて、一休も地獄太夫も箸をつつく。
「食べることも、同じ」
食べることにより、腹をこわすこともある。
骨や棘は痛いし、糞や尿が出る。
「まこと人とは、生きるためにいろいろと、やらなければならないことが多すぎる……」
「それでいて――」
その「こと」とは、人にとっては楽しかったり、気持ちよかったりする。
神仏がいるとしたら、確かによくできている。
「さて……」
一休は、いつの間にやら天目茶碗に注がれた緑茶を喫していた。
碗も茶も高級品だが、一休が手に持ち傾けていると、なかなか画になる。
「ああ、旨い」
碗から口を離した一休。
それを凝と見つめる地獄太夫。
視線を受けて、僧侶は答えた。
「……そうじゃのう、やはり、そなたの言うとおり、疲れたり、痛かったりすることが、なぜかいいもんだと思わされとる」
そうでないと、人が滅ぶ。
犬や猫、鳥や虫たちもおそらくそうなのであろう。
だから交尾し、子を産む。
本来なら、みずからの弱点をさらし、あるいは何日も何か月も懐胎した危険な状態でいるというのは、避けたいところ。
それをそうするのは、獣や虫も、いいものだと仕組まれている。
「因果なもんじゃ。それがまた、それをしたいと望むもんが出てくる、ちゅうことは」
一休は、空となった天目茶碗を見た。
茶は旨かったし、碗もうつくしい。
人はなぜそれのみで満足できないのか。
やはり、見返りというか楽しみがないと動かないのか。
「いや」
それならば、子が欲しくてする、夫婦者はどうするか。
「いのち」
いのちを産みたい。
子に会いたい。
会って話がしたいという希望を持つ者たちもいる。
「むろんそれのみで子などいらないという者もいる。あるいは、子があればよく、するのは仕事だ、という者もいよう」
それでも。
男は女に。
人は人に。
「惹かれてしまうんじゃろうな。それもまた、ええもんじゃと思わされとるせいか? それはちがうと思う。そして、それはそれとして、やはり、無理矢理は駄目だ、やめておけと言った方がええ」
認めてくれた。
自分がずっと思っていたことを。
まず地獄太夫は、それが嬉しかった。
「……なあんで、神仏が人がそうするのを気持ち良いものとしたのか? いのちのためもあろうが……本来は好き合う者たちへの褒美だったのか。それとも、最初にそれをしたものが、そうでないと耐えられないと望んだのか。それらすべてを包含しているか、そうでないのがねらいやも」
一休は頭を振った。
巨き過ぎる。
こういうのは、お釈迦さまが考えるべきことではないのか。
「……いや」
そうやって逃げることは、容易い。
逃げずに、考えろ。
考えるというか、悟れ。
悟れ、一休。
「……生のためじゃ」
「せい?」
地獄太夫が反問する。
一休はうなずく。
「そうじゃ、生きている、というのを味わいたい。それが……それが少なくとも、ひとつじゃろうな」
一休は悟りというのが、ひとつの究極をめざすとは思っていない。
だから、鴉の声で大悟した。
さまざまな鴉がいて、同じ鴉でも、その時々でちがう声を出し、鳴く。
であれば、人も、それぞれ──
「ありゃ、これは拙僧の秘奥だというに」
思わず、漏らしてしまったわ。
一休は笑った。
地獄太夫も、笑った。




