03 地獄太夫
日にちが経つと。
乙星にも馴染みというか、何度もやってくる客ができた。
「大事にしぃや」
女郎屋はそう言った。
何でも、高須という町の長者らしい。
長者は乙星を抱いて、「ええ、ええ」といつも言った。
乙星としては、他の男の時と、特に何か変えたり、付け加えたりしているつもりはない。
ないのに、そういうことを言うのは、やはり長者がそう思っているから、そうなるのだろうと思った。
そのうち、長者はよほど乙星のことが気に入ったのか、
「身請けしたい」
と言い出した。
長者には妻子がいる。
だからこれは、お抱えにして、もっぱら長者を相手にしろ、ということらしい。
「ええことやないか」
乙星にはよくわからないが、女郎屋がいうには、本宅にいる妻のほかに女を抱える――つまり妾を持つということは、男にとって、甲斐性を示し、それだけ富裕であること示し、誉れであるらしい。
「つまりはそれだけあんさんに、お店に銭ぃ落としてくれるいうことや」
店としても看板、という扱いにできるらしい。
それだけの長者がうしろについて、銭を落としてくれるだけの女をかかえるお店――そうすると灯りを見た蛾のように、他の男どもも寄ってくる。
自分も、そういう女を抱けるのではないか、と。
「ばかばかしい」
乙星の見てくれはたしかにほかの女とはちがうが、だからといって、抱き具合が変わるだろうか。
おそらく、変わるまい。
いや、そうだとしても、抱く側の男からしたら、ちがうわけか。
乙星は、男たちが勝手に作り上げた「いい女」という幻想を乙星にかぶせ、それにさらに銭を落としていくさまが可笑しく、滑稽と言えば滑稽だった。
「名を変えねばならんの」
女郎屋は言った。
女郎にも格というのがあるらしく、それによって、名乗る名があるらしい。
男でいうと、出世して別当だの守だのになる理屈だろう。
まさにばかばかしい限りだが、乙星がそれが生計である。
「名は、好きにしてよいのですか」
「ええ、ええ」
女郎屋は、何かかわいらしかったり、奇麗だったりする名前を選ぶのだろうと思った。
それはそれで、男どもをそそるとほくそ笑んだ。
だが乙星は、女郎屋の予想を裏切る名前を言い出した。
「……地獄」
「は?」
「地獄、と名乗ります」
「地獄やて」
乙星は、自分がこのように生きづらいのは、おこないが悪いせいだ、と言った。
賊に遭ったのは、何も考えずに大文字焼を焼く山に登りたいと言ったせいだ。
その後、男どもが乙星の上に群がり銭を落とすことになったが、それは勝手に乙星におのれの理想幻想を乗せて愉しんでいるだけだ。
その様、地獄の如し。
「だから、地獄」
「さ、さいでっか」
この頃には乙星は女郎屋の重鎮という立場だった。
さらには長者からの寵愛もあり、もはや何を言っても通らないということはない。
「ほ、ほンなら」
地獄太夫と名乗り――。
女郎屋は乙星、否、地獄太夫にそう言った。




