01 乙星
地獄で仏とはこのことだ。
深い深い森の中、乙星は、自分に覆いかぶさっていた男がそう言うのを聞いた。
男はひとつうめくと、ようやく身を離した。
初めてじゃったんだろうと、下卑た笑いを浮かべた。
饐えたにおいがする。
男の言うとおり、自分はまぐわうという経験は初めてだった。
しかしそれだけで、この室町御所の将軍があっさりと殺されるような御世、女であるこの身がこうなることは、ある意味考えられたことだった。
しかも、思っていたほどの陶酔感もなく、ただただつらく、汚く、何よりつかれる。
男――賊は、こうして武家の娘をかどわかして、しかもそれもおのれの目から見て、見目好い娘の初物を奪ってやったと得意だったが、それよりも小袖やかんざしを取った方がいいのではないか。
「愛い奴じゃ、愛い奴じゃ」
京の東、如意山の森の、その深いところで。
賊は二度目に及ぼうとした。
賊はどうやら気持ちいいらしい。
乙星はというと、それほどでもなかった。
なら、なぜ賊は気持ちいいのか。
本来なら、もっと成熟した、こういうことに慣れた者の方がいいはずである。
それを、なぜ。
「……ああ」
頻りに賊が言っているではないか。
自分が初めてで、(賊から見て)身分が高くて、いわゆる高嶺の花だから、そういう風に感じるのか。
乙星は最初の時もそうだが、今も動かないでいる。
へたに動いて、中に傷でもついたら、どうしようもないと思っているからだ。
見えない部分の傷ほど、厄介なものはない。
それを、賊は――抵抗せず、受け入れてくれている、気持ちよがっている、と思っているのか。
先ほどの「……ああ」も感じているからだと、前向きに受け止めているらしい。
何という生き物なのだろう。男は。
自分で気持ちよくなって。
相手を疲れさせ汚い思いをさせ、それがむしろ「お前のためだ」とか「お前だって」と言う。
そういう生き物であることはいいが、付き合わされる身にもなってほしい。
――乙星は結局、賊の相手を何度かさせられ、(乙星の視点で)賊はひとりで盛り上がっていた。
そのうち、賊は冷静に立ち戻ったのか、「何とかせねばなるまい」とつぶやいた。
それは責任を取るとかそういうことではなく、乙星の父や扈従や侍女を殺しておいて、乙星だけ生かすにあたって、どうしたらよいか、という意味である。
つまるところ賊は、愉しみ銭を得るために、この如意山の森の中に来た男女を殺し、ものにしていた。
殺すもものにするも一度きりだったが、乙星は何度もだった。
また愉しみたい、というところで、生かすことを考えたのだろう。
「はて」
それにはどうすればよいか、というところで、賊は首を傾げた。
彼の頭には、生きる、愉しむ、ということしかない。
銭がなくなれば、また殺せばいい。
女が欲しければ、また攫えばいい。
そういう、考え方だった。
だから人を生かしておくとか、女を養うとかいう思いつきがない。
そうしてしばし戸惑っていると――
「そうか」
遊女にしてしまえばいい。
賊は銭も女も奪っていたため、そういう商いがあることを、とんと忘れていた。
翌朝――賊は如意山を下りた。
そうして、奪った衣服などを売りつける、都の商人のところまで乙星を連れていき、
「売る」
と言って、手のひらを差し出した。
賊の手にいくばくかの銭が置かれた。
少ないとは言わなかった。
賊は、乙星が生きて自分の相手をしてくれればいいので、この際、銭は問題にならなかった。




