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地獄太夫  作者: 四谷軒
1/8

01 乙星

 地獄で仏とはこのことだ。

 深い深い森の中、乙星は、自分に覆いかぶさっていた男がそう言うのを聞いた。

 男はひとつうめくと、ようやく身を離した。

 初めてじゃったんだろうと、下卑た笑いを浮かべた。

 ()えたにおいがする。

 男の言うとおり、自分はまぐわうという経験は初めてだった。

 しかしそれだけで、この室町御所の将軍があっさりと殺されるような御世みよ、女であるこの身がこうなることは、ある意味考えられたことだった。

 しかも、思っていたほどの陶酔感もなく、ただただつらく、汚く、何よりつかれる。

 男――賊は、こうして武家の娘をかどわかして、しかもそれもおのれの目から見て、見目好い娘の初物を奪ってやったと得意だったが、それよりも小袖やかんざしを取った方がいいのではないか。

い奴じゃ、愛い奴じゃ」

 京の東、如意山の森の、その深いところで。

 賊は二度目に及ぼうとした。

 賊はどうやら気持ちいいらしい。

 乙星はというと、それほどでもなかった。

 なら、なぜ賊は気持ちいいのか。

 本来なら、もっと成熟した、こういうことに慣れた者の方がいいはずである。

 それを、なぜ。

「……ああ」

 頻りに賊が言っているではないか。

 自分が初めてで、(賊から見て)身分が高くて、いわゆる高嶺の花だから、そういう風に感じるのか。

 乙星は最初の時もそうだが、今も動かないでいる。

 へたに動いて、中に傷でもついたら、どうしようもないと思っているからだ。

 見えない部分の傷ほど、厄介なものはない。

 それを、賊は――抵抗せず、受け入れてくれている、気持ちよがっている、と思っているのか。

 先ほどの「……ああ」も感じているからだと、前向きに受け止めているらしい。

 何という生き物なのだろう。男は。

 自分で気持ちよくなって。

 相手を疲れさせ汚い思いをさせ、それがむしろ「お前のためだ」とか「お前だって」と言う。

 そういう生き物であることはいいが、付き合わされる身にもなってほしい。

 ――乙星は結局、賊の相手を何度かさせられ、(乙星の視点で)賊はひとりで盛り上がっていた。

 そのうち、賊は冷静に立ち戻ったのか、「何とかせねばなるまい」とつぶやいた。

 それは責任を取るとかそういうことではなく、乙星の父や扈従や侍女を殺しておいて、乙星だけ生かすにあたって、どうしたらよいか、という意味である。

 つまるところ賊は、愉しみ銭を得るために、この如意山の森の中に来た男女を殺し、ものにしていた。

 殺すもものにするも一度きりだったが、乙星は何度もだった。

 また愉しみたい、というところで、生かすことを考えたのだろう。


「はて」

 それにはどうすればよいか、というところで、賊は首を傾げた。

 彼の頭には、生きる、愉しむ、ということしかない。

 銭がなくなれば、また殺せばいい。

 女が欲しければ、また攫えばいい。

 そういう、考え方だった。

 だから人を生かしておくとか、女を養うとかいう思いつきがない。

 そうしてしばし戸惑っていると――

「そうか」

 遊女にしてしまえばいい。

 賊は銭も女も奪っていたため、そういう商いがあることを、とんと忘れていた。

 翌朝――賊は如意山を下りた。

 そうして、奪った衣服などを売りつける、都の商人のところまで乙星を連れていき、

「売る」

 と言って、手のひらを差し出した。

 賊の手にいくばくかの銭が置かれた。

 少ないとは言わなかった。

 賊は、乙星が生きて自分の相手をしてくれればいいので、この際、銭は問題にならなかった。

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