北都・公爵館 その17 初恋の女性(ひと)
そんなこんなで季節は春から夏。
トイレットペーパーと交換を続けているボロ布で新しい服や下着を整えたり、メイド寮のトイレも全部水洗転送式に取り替えたりしながらも特に大きなイベントもなく、通常の業務と空き時間にはスイッチ式の魔道具の研究開発などを続けている俺。
・・・もちろんフィオーラ嬢監視のもとで。そんなに心配しなくても大丈夫だよー。うん、自分でも信用ならないな。
トイレの次に完成した魔道具はもちろん『新しい浴槽』。浴槽自体が魔道具ではないから『湯沸かし器』になるのかな?
寮のお風呂場で使うのでそこそこ大きいサイズの長方形で中は楕円形。日本のブルジョワジーなご家庭の屋上に付いてるジャグジーバス(なんとなく想像したら屋上に設置されてるのが思い浮かんだ)の様な見た目の陶器(てかホーロー?)製湯船にカラン?蛇口?を取り外して本体に内蔵、新魔法『お湯』の魔法陣を付与してあるのでそこそこの勢いでお湯が出るのだ。温度設定は20℃、42℃、50℃の3種類に増やした。追い焚き機能は無い。
うん、近未来的と言うかこの世界では最先端技術。
お湯魔法が出来たからシャワーを追加出来たのもとても嬉しいところ。
で、このお湯を直接出す構造を想像(妄想?)してた時に『あ、これお湯じゃなくて空気でなら簡単に出来るよね?』と思いついて完成したのがエアコンだ。
見た目はエアコンって言うより空気清浄機だけど。床置きタイプの縦長の箱だし。
ようするに触媒とか一切使わないで魔道具で直接コイル(状の焼き煉瓦)を冷やして(温めて)そこに風を循環させると言う至って原始的な作り。凍らせたペットボトルに扇風機の風を当てるのと殆ど変わらないもん。ちなみに冷やすのに使う魔水晶は水と火。氷魔法のスキルはあるけど氷の魔水晶は無いので少し不便なのだ。
これ、ボタンひとつでクーラーにも暖房にもなる優れもの。
さすがに一酸化炭素とか二酸化炭素が部屋に充満すると怖いので密閉された狭い部屋に置いて動物実験してみたんだけど特に問題はなかった。
魔法の炎はクリーンエネルギーらしい。そもそも燃えてないんだからあたりまえか。
あと実験に使ったネズミさんごめんね?実験の終了後も生きてたんだけどメイドさんが、メイドさんが・・・うん、何も見てない、大丈夫。
もちろん浴槽はさらに大きいのが公爵家の本宅に、エアコンはお嬢様の部屋に取り付けてある。
なぜだかお湯は毎日出さされるけどな!ボタンを押したら勝手にお湯が出るから今までみたいな手間も時間もかからないんだけどなぁ。魔水晶は必要だけどさ。
時間に関しては俺の移動時間を考えたらそこまで変わらなくないだろうか?
寮の方は毎日使うなら俺がお湯をはる約束なので問題はない。
最新式魔道具、全く使用されず・・・。
ちょっと気になるけど厨(くりや、台所)関係のものは現状ではノータッチだ。ガスコンロとか冷蔵庫とか。
さすがにそこそこの大人数(お屋敷の人以外含めて)が出入りする場所のモノは目立つからね?
風呂はいいのか?ちょっと形は違うけど昔からある魔道具だから!
・・・部屋用の小さな冷蔵庫は欲しい気もするな。まぁ今の所は特に入れる品物が無いんだけどさ。
そんな特に忙しくも暇でもない初夏のある日。
「ハリスさーん、お嬢様がお呼びですよーう」
庭と言うか庭園の草むしりに励んでいた俺を呼ぶ間の抜けた声。もちろんAさんだ。
あ、最近知ったんだけどAさんは『エリーナさん』と言うらしい。だからどうしたって話だけどさ。
俺の洗濯物とかはAさんが担当してくれているのでたまにりんごっぽい味の飴玉とかを差し入れている。
どこから入手したのか?普通に果物と砂糖を買って(調理スキルで)作ったんだよ。
カラッカラになってた経験値、草むしりとメルちゃんとの稽古でまたそれなりに溜まってきたから調理スキルを取ってみた。
相変わらず後先考えない俺なのである。
『えっ?買い物できるの!?』気になるのそこなんだ?
いや、普通にお給料貰ってるからね?それも月に金貨10枚と言うかなりの高給取りなのである。
高すぎる?お嬢様のお風呂代とか家電レンタル代とかもろもろ含まれてるしね?
あ、借金分は『1センチ大の光の魔水晶2個』で完済できました。返す必要なんて無いって頑として受け取ってくれなかったんだけどさ・・・。
受け取って貰えないなら玄関に置いて出ていくって駄々こねてやった。
そこそこ大きな喧嘩になったけど・・・どうしても借りたものは返しておきたかった。だって友達だから。
「お呼びでしょうか御主人様」
「ええ・・・呼んだわよ・・・」
何だろう?いつも呼ばれている時よりも心なしか歯切れが悪いような?
「お顔の色が優れないようですけども・・・どうかなさいましたか?」
「ええ・・・」
うん、絶対におかしいな。
これはいよいよ・・・アレかな?
「それで、誰を殺してくれば」
「違うわよっ!!もう、今回はそうではないわ」
「あ、その時もあるんだ・・・」
「・・・無いわよ?いえ、そうじゃなくて・・・ハリス、しばらくプリメルを離れるからあなたにも付いてきて欲しいのよ」
「え?あ、はい。そんな畏まられなくとも普通にお供させていただきますが。どちらまで?」
「・・・キルシュバーム・・・王都よ」
王都・・・か。ちょこっとだけ記憶にあるけどあんまり詳しくは知らないいんだよね。だってハリス君ほぼ家に引きこもって泥団子捏ねてたから。
王都名物とかあるのかな?キルシュバームバナナとかキルシュバームの恋人とかキルシュバーム八つ橋とか?
やだ、むっちゃ楽しみなんだけど!フィオーラ嬢と行くなら徒歩じゃなく優雅な馬車の旅っぽいし!
「・・・あれ?嫌そうじゃないわね・・・と言うよりもなんだか嬉しそうですね?」
「へっ?ええ、何だかんだで王都観光とかしたことないですから。お嬢様がお仕事中にメルちゃんといろいろ回ろうかと」
「あ、うん、私がしっかりと案内してやろう!」
「まぁそれは断固として阻止しますが・・・訪問先がブリューネ家なのですよ」
阻止されるんだ・・・。
ブリューネ家、と言うかブリューネ侯爵家かぁ。
まぁあれだな俺の数少ない王都での知り合い、『リリアナ嬢』のご実家だな。
てか、そこって
「えっと、そのお屋敷は何といいますかですね、出入り禁止と言いますか門前払いと言いますか」
「それは聞き及んでいます。もちろんブリューネ家にあなたを連れて行く予定は無いのですが・・・リリアナがかなりの大病を患ってるらしく、最悪あなたに手を借りる事もあると覚悟しておいて欲しいのです」
「はぁ、まぁ向こう様から絶縁されてるだけですし、特にリリアナ様に関しては負い目しかありませんし御主人様がいいとおっしゃるなら大丈夫ですが」
むしろ『実家から絶縁』されてるから『寄り親(の寄り親の寄り親)とも絶縁』の状態なだけで相手方は俺のことなんてまったく気にもしてないどころか記憶にもないかもしれないし。
てかリリアナ嬢が病気・・・考えるといきなり走り出したくなるような衝動が湧いてきてるんだけど・・・動悸も早くなってきた・・・呼吸が・・・苦しい・・・何だこれ・・・。
「ハリス、顔色が真っ青になってますよ?」
「だ、大丈夫れす」
「全然大丈夫ではないじゃないですか!?やっぱり王都になど連れて行くべきでは無いようですね。大丈夫です、あなたを捨てるような実家には・・・ちゃんと報いを受けさせてあげます」
「ああ、あの何か盛大な勘違いをしてらっしゃるみたいですが・・・別に実家にトラウマとか無いですよ?そもそも興味がないですから」
「そんな強がらなくともいいのです。現にそうして顔を青くして息を荒くしているではありませんか!!」
むっちゃ猛ってらっしゃるところ悪いですけどこれはおそらく(ハリス君の中の人の記憶が)リリアナ様を心配してるだけだと思われます。
・・・ってストレートに伝えられないもんなぁ・・・。




