孤児院編 その15 俺の気持ちと彼女の気持ち
うん、三日前『俺の火傷痕の治療をしてください』ってちゃんと伝えなかった理由、これなんだ。
解らないなりにも言われた通りに跪くシーナちゃんとお仕事モードに入ったのか中々に神々しい雰囲気をかもしだすフィオーラ嬢。そして離れた所からボーッと見つめる俺。
俺情報まったく必要なかったな。
その後の儀式・・・と言うか魔法の詠唱はそんなに難しいものではないらしくつつがなく『シーナちゃんのお顔の火傷痕の治療』は終了する。
てか呪文のクライマックスでいきなりフィオーラ嬢の頭の上で立ち上がって『がおー』とかヤル気のない咆哮をかましたクマ!
お前こっち目線だったし完全に俺のこと笑わせに来てただろ!!
儀式の間から下がり、フィオーラ嬢、女騎士ちゃん、俺の3人だけの個室。
「それで、言いたいことは?」
「あっ、はい、お礼が遅くなりましたが本当に・・・本当にありがとうございました」
「そう言うことじゃないわよ!わたしはあなたの治療に来たのになぜ知らない女の子の治療をさせられたのか聞いているのよ!」
ちょっとスネ顔からそこそこのお怒り顔にクラスチェンジしたお嬢様。
うん、お怒りはもっともである。
「えーっと・・・端的に言えば俺よりあの子のほうが治療を必要としていたから・・・ですかね?」
「へぇ・・・全身火傷痕のあるあなたより顔半分だけに火傷痕のあるあの子の方がね?そもそも彼女は身内でもないのでしょう?それなのにあなたが金貨一千枚の借金を背負ってまで治療する必要が有ったのかしら?」
「そうですね」
うん、真っ当な意見、略して正論だな。見た目は俺の方が重症だもんな。
そして頭の上ではクマがあくびしてる。てか真剣な話ししてる時にこのクマ・・・。
ちゃんと説明・・・しないとな。
「少し長い話になりますが――」
と、前置きをしてから実家を追い出されて孤児院で暮らしたこの三年間、いかにシーナちゃんに世話になったか、いかに彼女が心の支えになったかを話す。
そして最後に彼女が今年の夏までにはここを出て行かなければいけないのでどうしても火傷痕をどうにかしてやりたかった・・・と伝える。
俺の話が進むにつれてお嬢様の顔が怒りから困惑、そして呆れ顔へと変わっていく。
「はぁ、言いたいことは分かったわ。でも普通はどれだけ世話になった相手でも自分の治療を優先させるものじゃないかしら?あまつさえタダじゃないのよ?借金まで背負うのよ?」
「そこはほら、腐っても、いや、火傷しても元貴族ですので。見栄とハッタリの為なら借金くらい」
「なら私の気持ちはどうなのよ!!」
こちらを睨みつけるいつもは優しげな瞳が悔しげに揺れる。いや、揺れてるんじゃなく涙が滲んでるのか?
どうして?
気持ち。
俺がシーナちゃんの火傷痕をどうにかしたいと思った気持ち。
それと同じ様に俺の火傷痕をどうにかしたいと思ってくれた彼女の気持ち。
・・・うん、まったく・・・考えてなかったな・・・。
・・・情けないな・・・。
俺が仲良くなったシーナちゃんをどうにかしてあげたいと思ってた様に、きっと彼女もこんな俺をどうにかしてやれないかと思ってくれていたんだ。
そんな彼女の気持ち。
俺がしたことなんて結局、自分のこと、自己満足を得るために友達を半ば騙すような形で利用しただけだもんな。
友達だから心配して、友達だから気をつかって、面倒くさい男にあんなに言い聞かせて治療に来てくれた女の子。
その女の子の気持をまったく無視して他人の治療をさせた俺。
これは・・・久々に・・・でっかいやらかしをしちゃったなぁ・・・。
情けなくて、申し訳なくて、自分の目元に涙が滲んでるのを感じたので俯き
「・・・ごめんなさい」
椅子から立ち上がり土下座して床に頭を叩きつける。
いや、こんなこと求められてる訳じゃないのは分かってるんだ。むしろ彼女を困惑させるだけだろう。
でも、優しい友人にどうすれば誠意を伝えられるかなんて馬鹿な俺に分かるはずもなく。
何度も何度も「ごめんなさい」って謝りながら床に頭を叩きつける。
「や、止めなさいバカっ!・・・ほら、おでこから血が出ちゃってるじゃないの!・・・それに、そんなに泣かなくてもいいわよ・・・」
泣いてるのはあなたもじゃないですか・・・。
きっと今の瞬間に限定するなら――この世界の誰よりも綺麗な泣き顔の聖女様と火傷の疵痕が引きつった醜い泣き顔の俺が見つめ合う。
でも俺が言えるのはただ「ごめんなさい」の言葉だけで・・・。
お互いに泣き止んだ後も気まずい雰囲気に支配された部屋、無言で少し時間を過ごした後――彼女は騎士様を連れて帰っていった。
それから1日、2日、1週間、2週間と経過したが彼女が教会を訪れることは無かった。
いや、ただの平穏な日常に戻っただけなんだけどね?
あんな別れ方しちゃったもんだから心残りが半端ないと言うか何と言うか。
心残り、なんとかあの人に俺の謝罪の気持ちを伝えたいという迷惑な自己満足。
でも、でもね?俺と彼女には確かな繋がりがあるんだ。
友情?違うよ、そんな不確かなものじゃない!
そう、それは
『借 用 書』
金貨一千枚の借金である。
・・・何そのホストにハマった○○○が『これが彼と私の絆だから』とか言いながらサラ金の明細自慢してるみたいな繋がり。
うん、まぁ冗談抜きで、今回受けた優しさも御恩も借金も熨斗を付けて返す必要があるのだ!そう、バイ○イキンだ!!
完全に踏み倒してるじゃねぇか・・・。
そしてその後のシーナちゃん。
喜んでくれた。うん、火傷痕があったとしても見えていた半分のお顔はとても可愛らしかったのだから治療さえ終われば愛らしさは当然のように2倍以上である。
一生治せないと諦めてた火傷痕が消えて歳相応の可愛いさを取り戻してむっちゃ喜んでくれた。
泣きながら抱きつかれた。あ、鼻水が服に・・・いえ、大丈夫です、何でも無いです・・・。
そして俺のお嫁さんになってくれるとキリッとした顔で宣言。
でも俺が金貨一千枚の借金を背負ってると知ると恐れおののいた顔になった。
・・・で、そこそこ顔の良い孤児院の世話係の教会関係者見習いと付き合い出した。
何この『お父さんのお嫁さんになってあげる!』って言ってた娘が家に彼氏連れてきたみたいな気持ち。
・・・まぁ良かったんだけどさ。今まで苦労した分だけはどうか、どうか彼女に幸がありますように・・・。
恨み?辛み?多少寂しくはあるけどそんなものはねぇよ!親切にしてくれた相手に逆恨みするほど落ちぶれてねぇんだよ!
俺、腐っても元勇者だからな!負け惜しみなんかじゃないぞ!・・・精一杯の強がりではあるかも知れないけど。
ん?親切にしてくれた幼女の気持ちは汲み取れても優しい友達の気持ちは考えられなかったのにな?
おまっ・・・それは・・・今はちょっと・・・思い出すだけでもキツイので勘弁して下さい・・・。




