1-7 最悪の再開
ナターシャさんの名前がうまく表示されていなかったので修正しました。
眠りの質は良くなかった。当然だろう、大切な人が俺を残して一人で戦いに行ってしまったのだから。
夜中に何度も目が覚め、目を閉じると浮かんでは消える最悪の想像を振り払い、それでも拭いきれない不安を抱えて長い夜を過ごしていた。
やがて朝日が昇った。東の空、山の間からオレンジ色の光が漏れ出し世界を照らしていく。ベッドから起き上がり耳を済ませると、やけに城中が静かなのが気になった。
使用人たちが動く音、貴族たちの雑談、果ては衛兵たちの訓練の掛け声まで。普段ならかすかに聞こえてくるはずの音が聞こえず、俺は言いようのない不安に包まれていた
それでも、そのうちいつもの笑顔とともに現れる。来てくれるだろう。と願いながら、ドアの外へ耳を澄ませていると、やがてこちらに近づいてくる一つの足音に気がついた。
良かった…何もなかったんだなと、ホッとしつつ、迎え入れようとドアを開いた。
「おはようございます。ナギサ様。謁見の間にお越しください」
しかしそこには期待していた彼女ではなく、セバスチャンがいた。いつもの凛とした姿にきれいな姿勢で彼はお辞儀をしていたが、その顔には生気が感じられなかった。
「すみません。ラナって今どこに「さあ、こちらへ。お越しください」
姿の見えない彼女がどこにいるか聞こうとするが、発言は遮られ淡々とした抑揚の無い言葉が重ねられた。
顔を上げ真正面から見つめてくるセバスチャンに思わず俺は顔を背け、目を彷徨わせるとふと胸元のループタイに目が止まった。いつもなら深緑を感じさせる緑色の宝石がついているはずの部分に、何処かで見たような黒い魔石がはまっていたからだ。
「セバスさん。それって…」
「王がお待ちです。どうぞこちらへ。」
「いや、それ外さないと」
「お越しください。お越しください。」
セバスチャンはこわれた機械のように同じ言葉を延々と繰り返し始めた。顔には相変わらず生気が感じられないが、その瞳だけは強い狂気を宿しているように感じた。
「わかりました。行きます」
セバスチャンの瞳に映る狂気の影が段々と濃くなっていっているのを見て、このままでは何をされるかわからない。と感じた俺は、一旦聞くことを諦めて彼についていくことにした。
連れられてこられたのは、この世界で初めて王様と面会した広間とは広さ、豪華さ共に桁違いとも言える空間だった。
天井はとても高く、アーチ型になっていた。一面に人類と悪魔の戦争の様子を表した絵画が描かれており、空中に浮かぶ無数のろうそくに照らされている。
部屋の壁にも金をふんだんに使用した豪華な装飾が施されており、このフィーラル王国の国力というものを存分に誇示してきていた。
床面も入口から奥に向かって高くなるよう、緩やかに傾斜しており最上段を見るとそこには全身に黒い影をまとわせたヨーゼフ王が玉座にあり、その左右にはセリーヌとマモルが並んでいた。
思わず周囲を見渡しているとセバスチャンが俺の手を引き強引に歩みを進ませた。
少しの痛みに顔をしかめ、抗議の眼差しを向けながら歩くこと少し。部屋の中ほどについた瞬間!セバスチャンが背負い投げの要領で俺を地面に叩きつけてきた!それに合わせて部屋の左右に並んでいた衛兵が駆け寄ってくる。
「ッ…ゲホッ……」
背中側から肘で胸を圧迫されて息が苦しい。近づいてくる二人の衛兵に助けを期待して視線を送るも、彼らはそれを無視して手に持つ磨かれたハルバードを、俺の首に当ててきた。
「陛下。いえ、偉大なるドアス様。連れてまいりました」
「うむ、ご苦労である。此奴にはアレの生け捕りに大きな貢献をしてもらったからな。ぜひとも礼をしなければ」
「思い出しても笑いが止まりませんわね、マモル様。わたくし、あの娘の絶望した表情を思い出してしまうともう!」
「よせよ、ナターシャ。彼が可哀想だろう?それに彼女の最後の願いがある、そのくらい叶えてやろうではないか」
壇上で三人がワイワイと、テンション高く話している。話の内容から姿形は同じでも中身が変わってしまっている事が考えられた。しかし今も肘で俺の体は抑えられており、身動きができず、息も苦しいまま。酸素が取り込めていないのか、徐々に視界が暗くなってくる。
「これ、セバス。肘をどかさんか。ヒトとは脆いもの、そなたがそれ以上力を加えると、簡単に爆ぜてしまうぞ」
「拘束も外してよろしくってよ。その雑魚がわたくしたちになにかできると思っていて?」
二人、ヨーゼフ王(?)とセリーヌ(?)の言葉に、セバスチャンは体をどかし俺の背後に立った。二人の兵士も嘲笑するかのように笑うと、背中より黒い羽毛を持った翼を生やしてそれぞれ飛ぶような動きで離れていった。
ゲホゲホと声に出してえづきながら呼吸を整え、これだけは聞かなければならないと俺は声を張り上げた。
「ラナを、ラナをどこへやった!生け捕りってどういうことだよ!彼女に何をした!」
過呼吸気味の喉からヒューと空気が漏れる。しかし、そんなことはまるで気にならず、ただその身を焼く激情に飲まれるがままになっていた。
そんな俺を見下ろしながらヨーゼフ王(?)は口を開いた。
「不敬なるぞ。『平伏せよ』」
魔力のこもった声が響く。途端に俺の体は力が抜けたかのように地面に這いつくばった。
かろうじて顔は動かせるようだが、その他は動かそうとしても指先に至るまで一切の反応がない。麻酔を打たれたように感覚もなく、まるで、自分の体が自分のものでは無くなったかのような恐ろしい錯覚を覚えた。
「われは矮小な人の子などではない。魔王サタン様直属の配下にして、魔族随一の知能の持ち主。ドアスである」
どこか暖かみのあったヨーゼフ王とは真逆の、凍りつくような冷たい声。彼、ドアスが放っているのだろう。質量をも感じさせるほどの凄まじいプレッシャーが謁見の間全体を支配した。
「あぁ、ドアス様。そんなに怒らないでくださいまし。ほら、おもちゃが怯えてしまっていますわ」
隣りにいたセリーヌ(?)が甘ったるい声を出しながらそれを制止すると、広間に広がっていたプレッシャーは霧散し、少しのしびれを残して体の自由が戻った。声の主はドアスに寄りかかっており、彼女には背中にコウモリの羽、頭に灰色のヤギの角が生えていて、とても妖艶な雰囲気をまとっていた。発する魔力ももはや人間のものとは思えないほどに禍々しく、邪悪なものだ。
「わたくしの名はナターシャですわ。この間抜けなヒトたちがわたくしの城に侵入してきたからかわいいかわいいお人形さんにして差し上げましたの。このブローチでね」
そう言う彼女の手には、昨日の晩餐会での事件の原因とも言える、あの黒いブローチが握られていた。
「この子、なかなかかわいいお顔をしているでしょう?わたくしがこの男の魂を抜き取った後も勇者様ー!って健気に回復魔法をかけ続けてて、一人で奮闘してましたわ。でももう無理だと知ったときのあの顔!最高でしたのよ…」
頬に両手のひらを当てて、恍惚と身を震わせながらセリーヌ。いや、ナターシャは、そのままとてもおかしそうに言った。
「あなたが探しているのは”これ”かしら?」
彼女が細くきれいな指をタクトのように振ると玉座の間の扉が開き、俯いたままのラナが姿を現した。
「ラ……ナ……?」
俺は思わずその名を呼ぶ。慌てて傷がついていないか眺めるも特に怪我は見当たらず、服装も昨晩のままで乱れた形跡はない。
よかった。と駆け寄ろうとするが、ふと彼女に対する違和感が俺の足を止めた。
未だにラナは顔を上げず、特に拘束されている様子もないのに、直立不動のまま微動だにしない。そして本来なら彼女が持っているはずのないもの。幅30センチ、長さにして1,5メートルほどの巨大な大剣を右手で引きずっていたのだ。
「ようやく会えたわね。良かったじゃない、ラナ。さあ!感動の再開ですわ。ハグしてしまいなさい!」
愉快そうに再びナターシャが指を振るとラナはカクカクと操られたような動きをして、俺に飛びかかってきた。
死の危険。本能のままにバックステップをすると、上段から勢いよく振り抜かれた大剣がガキィンと音を立てて床に突き刺さった。そして、そのまま大剣を引き抜き二撃目…とはならず、彼女の力では石に深く刺さった大剣を引き抜くことはできないようだ。
後ずさりながら距離を取り、息を継ぎながら玉座の方向を見ると、マモルがなにやら中に丸い光の入った半透明のキューブのようなものを持っていた。どこか暖かく、それでいて強い輝きを持つその光は、どこか見覚えのある気がした。
「そこにいるのか。ラナ」
俺の言葉が聞こえたのか光が震え、色彩が変わる。
蒼海を思わせる鮮やかな青は彼女の綺麗な瞳の色だ。
「おや?気がついたようだな。昨日部屋に乗り込んできたあの娘の魂だ。すべての状態異常を無効化する……だったか?まるで無敵かのように振舞っていたが、見よ!この姿を!まさか魂を抜き取られるとは思わなかったのだろうな。必死に抵抗し、耐えようとしている間にも絶望の表情を浮かべていたぞ!」
視線に気がついたマモルが耳障りなキィキィという声で話してくる。ナターシャはそれを見て満足そうに頷いた。
「まだラナちゃんは安定していないようですわね。でも、安心なさい。そのうちマモルのように意思を持つことができますわ。そうしたら同じく魂を抜き取ったあなたの隣に置いてあげます。どんな形でもそばにいられて幸せになれますわよ」
高笑いが聞こえる。
冗談じゃない。意志のない人形になるのが幸せ?そんなことは俺には考えられない。「どうにかしてここを抜け出さないとな。」しかし、近くでガシャッと大きな音がした。
ラナの体がやっと大剣を引き抜いたのだ。フラフラとそれを構え再びこちらに狙いを定める。
「やっと動けますのね。狩り取りなさい」
ナターシャの声が響き、指が動くと同時に、ラナの体による攻撃が開始された。
重い大剣を持っているからか移動速度は遅く、攻撃も単調で大ぶりだ。だがその大剣には、晩餐会でブローチから漏れていたあの黒い霧がまとわりついており、触れては不味いと本能が警鐘を鳴らしている。
俺はこのままだと不味いと、脱出口を探す。
ドアから逃げるのが一番簡単だが、外にも衛兵がいるだろうし、城から出られるか分からない。となると、ナギサは部屋の壁にある窓、それも城の周りを流れる水堀に向いている物、に目を送った。
……一か八かだ……
失敗すれば地面にぶつかって死ぬ。
ラナに連れてこられた時に見た窓の外は高ささえあれど、すぐ下は水だったはずだ。
覚悟を決め、彼女が大剣を振りぬいた瞬間、一気に窓へと駆け出した!
「大気に満ちる水よ、この手に集いて敵を砕く弾丸となれ!『ウォーターショット』!」
拳大の水を発射して窓ガラスにヒビを入れる。
「あとは!からだでっ、貫けぇぇぇえ!」
ガシャァァァン!!!
何かを突き抜けるような音と共に開放感と浮遊感を味わう。
直後、俺の体は風を切りながら真下の水へ高速で落下して行った。
この話で一旦区切りなので、これから先は1日1話。午後6時半投稿にしたいと思います。
操られて味方を攻撃するってある意味NTr……。
まぁまぁ……ね、




