2-22 決着
油断なく短杖を構えてマモルを睨む。
俺がつけた傷はもう消えていて、マモルが着る上等なローブに空いた穴だけが、傷があったという事実を伝えていた。
幸いにしてドアスは積極的に戦闘に介入してくる気が無いようだ。
マモルが負けたらめんどくさいから回復だけする。という考えなのか、玉座であくびを噛み殺しながら俺達を見ている。
長引けば俺のほうが不利になっていく以上先に。そして一撃でとどめを刺すしか無い。
そう考えて俺は再び突撃の姿勢を取る。俺の貧弱な水魔法では魔法の打ち合いでマモルに勝てる気がしなかったからだ。
マモルの魔法をコピーして打つか、『セレノアサージ』で吸収するか。俺が使える高威力の打点はこの二つだけだ。
どっちを使うにしても相手次第だな。それに……このセレナールワンドには明確な弱点があるし、危険だ。
だがやるしかない。そう覚悟を決めて俺はマモルに向かって走り出した。
「ハッ!うまく行ったからと言って調子に乗るなよッ!喰らえ!『アル=アイススピア』!」
マモルが空中に大量の氷の槍を生成し、それを発射してくる。
俺は自分に命中しそうなものだけをセレナールワンドで吸収しながら前進を続けた。
が、大技を回避されたにも関わらずマモルの顔から笑顔は絶えない。。いや、むしろ増しているとも感じられる。
何考えてんだ?…まさか?
嫌な予感が脳裏をかすめる。それを振り払おうとしたが、予想は最悪の形で顕現した。
「フフフ…フハハハ!やはりな!貴様の奇っ怪な短杖。触れている範囲しか魔法は消せないな?」
「っ…!」
「図星か!こうしてやろう!マモル様のマホウを喰らゥ゙がイイ!『コキュートス』!」
マモルを中心にして凍てつく吹雪の領域が展開される。触れたものは即座に物言わぬ氷像と化してしまう死の領域。
すぐ近くまで近づいていた俺には避けようも、防ぎようも無かった。
しかし、俺はまだ前に進んでいた。
死の冷たさを感じた瞬間、温かみのあるバリアに体を包まれる。感じたことのある魔力。それはいつか来ると思っていた人物のものに違いがなかった。
「無茶をする!まあいい…いけ!」
「わかってる!」
極寒の中、マモルに肉薄して一発。
「『セレノアサージ』!」
短杖の先から氷の魔力が放射される。空気が白く凍って氷の粒があたりに散らばる中、俺は距離を取った。
仕留めれた感覚はなかった。
油断なく前を見ながらバリアを使ってくれた人物に声を掛ける。
「遅いですよ。マモルに触ったら来るんじゃなかったんですか?」
「ごめん…。ドアスがずっと障壁を張っていたんだ。僕がここに来れたのは君がドアスに治癒魔法を使わせたおかげだよ」
申し訳なさそうに言うその人はメガネを掛けていて、黒髪黒目の高身長。
そう。今戦っていたマモルとそっくりだった。
「がぁぁぁ!きざまラ!こノ俺様に!ぎずヲつけるとはァァァ!」
白い空気が風の魔法で薙ぎ払われ、中から右腕の凍ったマモルが飛び出てきた。
どうやら先程の『セレノアサージ』に対して長杖と右腕を犠牲にして耐えたらしい。マモルの足元を見ると中央から真っ二つに割れて凍りついた長杖があった。
「マモルよ…。我は失望したぞ」
しかし、せっかくつけた傷もドアスが癒やしにかかってしまう。このままではさっきと同じだ。
俺がどうするか悩んでいると、隣から魔法が飛んだ。
「『ダメージシール』。僕の体を勝手に酷使しないでくれる?」
緑色の治癒の光かと間違えそうなほど優しい魔力。しかし、マモルがその光りに包まれると全身の傷が開いた!
「ゲボッ!?ゴブッ!」
「全く…どんどん回復していいよ?その分傷は開くから」
隣の男は笑顔を浮かべている。が、目が笑っていない。額に青筋が浮かんでいる。長杖を持つ手が白くなるほど握りしめられている。
どう考えてもブチギレていた。
「うわぁ……」
思わず声が漏れてしまう。すると、男が笑顔のまま首から上だけを俺に向けた。
「精神と自我だけ抜き取った後に人の体を魂ごと傀儡にされて怒らない人がいる?います?」
「ヒッ!無いです!ぜったい!」
「でしょう?ほら、やっちゃいなさい。もう僕は瀕死だよ」
「……。」
あまりの剣幕に顔をそらしてしまっていたが、そっと、隣の男を見てみる。
すると彼の体は少しずつ透けていっていた。
「あなたって…?」
「そうです。魔女討伐に失敗してしまった哀れな先代勇者です。ま、このまま体を好き勝手されるのも癪だったのでさっさと殺しちゃってくださいよ。どうせ僕はもう死んでるしね」
「わかりま……わかった。次で決めるよ」
「あ!ラナさんの魂なんだけど、多分腰の袋に入ってるよ?元自分の体だからね、なんとなくわかるんだ」
何よりも嬉しい情報。彼女がまだ生きている。それだけで勝てる気がしてきた。
「了解」
短くそう答えて短杖を構える。マモルも俺の方を見ていて、呪い殺してやると言わんばかりに睨んできている。
構えて、走る。
三度同じ突撃。だが、今回の俺は無策ではなかった。
「来いよ!このピー勇者!お前なんかピーでピーなただのピーだろうが!とっととピーしてピーしてろ!このピーが!」
まっすぐ突撃するのではなくある地点に向かいながら相手を挑発する。今の俺が思いつく限りの罵詈雑言だ。
「うっ」
後ろで誰かが崩れ落ちる音がした気がする…。気にしないでおこう、さぁ続きだ!
「おいピー!いつまでピーしてる気だ!?お前はピーなのか?ピーなのか!?」
「ぐはっ」
またしても後ろで誰かが吐血した音がした気がした。しかし、効果はてきめん。マモルは理性を失って俺に向かってくる。
「てめぇぇぇぇぇ!殺す、コロシテやルゥゥゥゥ!」
もう中遠距離の威力のある魔法は使えない。その証拠に手には灼熱の大剣が握られていて、近接攻撃で叩きのめそうとしているようだった。
「死ねぇぇ!逃げるなぁぁ!」
絶叫しながら向かってくるマモルの大剣を避けながら目標としていた地点へと移動、それと並行して切り札となる魔法の詠唱もしておく。
正直何の属性の魔法を使ってくるかは賭けだったけど。炎とはね。
「ほら!俺はまだ生きてるぞ!このピー!お前のピーはピーなのか!?ピー野郎!」
追加の挑発。マモルが冷静になる隙を与えないように、少しでも動きを止めたら挑発。たまに消しゴムサイズの『ウォーターボール』と、まんべんなく馬鹿にしていく。
「俺様をぉぉ!ばかにぃぃ!するなぁぁぁあ!」
激情に駆られたマモルが踏み出した最後の一歩。その一歩で準備は整った。
カァァァン!
マモルの炎の大剣は張られたままだったバリアで受ける。
足元では最初の『セレノアサージ』で飛び散った炎が揺らめいていた。
至近距離。バリア越しに睨み合う形になった俺はマモルにこう言った。
「水蒸気爆発って知ってるか?」
「ッ!お前ッ!」
「『大瀑布』」
二人の頭上から大量の水が落下してくる。俺が唯一使えるようになった水の中級魔法。大量の水を落とすだけのなんでもない魔法。しかし、この場合では最強の一撃となった。
パァァァァァン!!!!!!!
『大瀑布』によって生み出された大量の水がマモルの炎の大剣、床の炎に反応して一瞬で気化。1700倍に体積を膨張させた。
天に轟く轟音。大地が割れたと錯覚してしまうほどの衝撃が過ぎ去った後には、壁にめり込んで動きを止めたマモルがあった。胸には大きな穴が空いており、息絶えているのは確実だった。
後ろを振り返ってみると男、マモルの精神体も消えている。
「成仏してくれればいいけどな…。っと、これか」
倒れたマモルの腰からラナの魂の入ったキューブを取り出す。爆発の衝撃でヒビが入っていたが、どうやら無事のようだ。
キューブの中で蒼い光がぴょこぴょこと激しく動いている。その様子に戦場ということを忘れて少し和んでしまう。
バン!と、入口の扉が激しく開く音が聞こえる。敵襲か!?と慌てて見ると、途中においてきた奴隷の少女が入ってきていた。
「あ!ご主人様!」
「フィア!無事だったか!」
二人で再会を喜ぶ。髪の毛が燃えるような赤に変わっているものの、確かにフィアだった。
しかし、玉座からおどろおどろしいこえが聞こえてくる。
「ふん!やはり雑魚は雑魚か…。マモルもナターシャも死ぬとは。だが、この国での目的は果たした。我は撤退するとしよう。」
ドアスはワープポータルのようなものを召喚している。逃げる気のようだ。
「行かせない!」
フィアが魔法を放とうと上げた手。それを俺は掴んで止めた。
「行かせるんだ。今の俺達じゃ絶対に勝てない」
「でも…」
「フィア。目的は果たしたんだ。もういいんだ。ありがとう」
そう言ってあやすように頭を撫でてあげると、 赤かった髪が徐々にくすんで、灰色に戻ってしまった。顔もいつもどおりの無表情になる。
「落ち着いた?」
「ん」
いつもの返事。安心感を覚えていると、ドアスの声が聞こえる。
「素晴らしい友情だな。では、次はその友情を壊させてもらおう。フハハハハハ!!」
機嫌の良さそうな高笑い。大きく声を響かせながらワープホールに飛び込んで…、行く前に大きな爆弾を残していった。
「さぁ、爆発の時間だ!」
みょん。とポータルが閉じる。が、一瞬後。王城の中のあちこちで爆発音が聞こえ、建物全体が揺れ始めた。
「おいおい!まじかよあのジジイ!フィア!捕まれ!」
「ん!」
目指すは謁見の間の端。水堀が見える窓だ。
水蒸気爆発でヒビが入っていたものを蹴り破って、俺とフィアは空中に躍り出た。




