2-21 もう嫌だった
祝30話!
一方その頃
わたし。フィアは目の前に座るナターシャに剣を向けながら語りかけている。
「降伏して。あなたが人形につけた偽物の魂は壊した。もう勝ち目は無いよ」
降参を促す言葉。わたしは一刻も早くここを片付けてご主人様のところに向かいたかった。
しかし、ナターシャはおかしそうに笑顔を浮かべながら椅子に座ったままで、何かをしようという気配はない。わたしはもう我慢ができそうになかった。
「そう…。じゃあ死んで」
カーテナーに炎を宿らせる。防御されてもいいように剣と炎の二段階攻撃。”術式付与”の中でも突破力に長けた魔法を宿らせた。
「炎を剣に、剣は槍に!『術式付与”炎ノ槍”』!」
”術式付与”の効果で燃え盛る炎が剣にまとわりつく。はじめは剣に薄く密着するような状態だった炎はやがて形を変えていき、先が鋭く尖った円錐形。騎士槍と呼ばれるものへと変化した。
わたしはそれを構えて”突き”の体制をとる。ナターシャにはまだ動きは見られない。
彼我の距離は三メートル。
その空間をわたしは一瞬で駆けた。
ドン!と肉を穿つ鈍い音がする。
……しかし貫いた先、視線の先にあるものはナターシャではなかった。
「え……?な、なん…で?」
美しい銀色の髪。蒼い瞳。
そう。わたしが貫いてしまったのは……ラナさんの体だった。
「え…さっき……こわし…た。なん……で……」
全身が凍りついたかのような感覚に襲われる。声がかすれて言葉が出ない。
反射で”術式付与”だけは解除したものの、カーテナーが。光の刃ではなく、質量を持ったカーテナーがその華奢な体を貫いていた。
なにが…おこったの…… ?わからない。
わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない
……………………….
ごしゅじんさまにすてられる
脳がいっぱいになる。思考が埋め尽くされる。体が動かない。
固まっているわたしにナターシャの甲高い笑い声が向けられた。
「オー!ホッホッホ!美しい。まことに美しいわ!フィア!感謝いたしますわ!」
「え............?」
聞くものを不快にさせるような笑い声。わたしはナターシャの言っていることが理解できなかった。
「ほんっっっっと無様なこと!魂を壊された?また入れればいいじゃない!そんな事もわからずに突っ込んでくるなんて…笑いが止まりませんわ!」
オーッホッホッホ!とナターシャはまだ高笑いをしている。ショックで手から力が抜けてしまい、手から剣が離れてラナさんの体が倒れ始める。
「あ…」
とめないと……
慌てて刺さったままの剣を掴むが、それだけでは止まらない。ズルッと生々しい音を立てて剣が引き抜かれ、ラナさんの体はそのまま地面に崩れ落ちた。
あ……
ドシャ。
ラナさんの体からは完全に力が抜けている。わたしが刺した傷口から血が溢れ出ていて、誰がどう見ても致命傷だった。
「たす…けて」
口から言葉がこぼれる。ご主人様に助けられてから決めていたのに。もう弱音は吐かないって決めてたのに。涙と一緒に溢れてくる。
「ごめんなさい。しっぱいしちゃった。ゆるして。すてないで…」
ナターシャが俯いているわたしを見ているのを感じる。でも、わたしにはもう戦意は湧いてこなかった。
でも。
…………たすけてよ。
そう願ったときだった。
突如足元に紫色の芝桜が咲き誇る。
ラナさんの体から抜いた後取りこぼしてしまったカーテナーを核として、異形の者が形作られていくのが見えた。
「ちっ!まずいわね……おい!お前ら!やってしまいなさい!」
ナターシャの号令がかかる。
動き出したのは周囲でお茶会の真似事をしていたヒト型の人形たち。あるものは豪華なレイピアを。あるものは華美なナイフを握りしめて、わたしに向かって来るのが見えた。
魔法を連発できれば片付けることはできるかもしれない。
そう思い魔力を練る。が、途中でやめてしまう。
もう、このまま死んでもいいかもな。ご主人様に捨てられた事にならないし。
ご主人様にだけは捨てられたくなかった。見放されたくなかった。でも、ご主人様の大切を傷つけてしまったからもうだめかも知れない。
諦めの感情が浮かぶ。体はすでに脱力してしまっていた。
これからここに来るであろう人が誰なのか想像はついている。わたしに魔法を教えてくれたあの人だろう。
そう考えると同時に、カーテナーを核としていた魔法が完成した。
「やっぱり。せんせいだ」
シルエットは逆三角形。見るものを畏怖させるオーラを放ちながら現れたのは、わたしの魔法の先生。ヴィラ=ファルさんだった。
[邪魔だ]
場に現れるとともに両手を一閃。いつかの時の再現だ。
一陣の風。しかし放たれた斬撃は無数。瞬きの後には人形の中で原型をとどめているものは一つも無かった。
[きれいになったな。さて、我が弟子よ。久しぶりだな?役目を果たしてくれたようで何よりだ]
そう優しく声をかけてくれる。でも、わたしはもう諦めていた。
「先生。もういいの。わたし失敗しちゃった。だからもういいの」
[失敗?なにがだ?こうして体は手に入ったではないか?]
「ううん。違うの」
ため息をつきながらわたしは続ける。
「ラナさんはご主人様の大切な人なんだ。それを傷つけちゃったわたしは、もういらない子なんだ」
[フィア…]
「そうよ!お前なんか生きてるだけ無駄なのよ!だから早くその化け物を連れて何処かに行きなさいよ!」
[貴様は少し黙れ。『シャドウバインド』]
先生が哀れみの目を向けてくるのを感じる。その眼差しも、ナターシャのヒステリックな声もわたしには響かない。なぜならもう諦めているから。
放心しながら先生の声に答えると、頬に鈍い痛みが走った。
パァン!
「え…?」
何をされたのかわからない。顔を上げると、手を振り抜いた状態で止まっている先生が目の前にいた。
「なに…するの?」
パン!
今度は逆の頬を叩かれる。
「ま、まって。」
再び振り上げられる先生の手。しかも今回は間違いなく何かの魔法を発動させようとしていた。
[目を覚ませ。『イーヴィル=ブレイク』]
背筋が凍る。『イーヴィル=ブレイク』。かつて一撃で一つの山を消し飛ばした魔法。それがわたしに向けられているという事実に、体が無意識に反応した。
「い、いや!『イグニス…』」
自分が使える最上級の防御魔法を展開する!が、間に合わない!
攻撃が命中する瞬間!『イーヴィル=ブレイク』の魔力は霧散した。
[冗談だ]
………え?
[冗談だ。だが、やりたいことは見えたのではないか?妾の魔法。命中すれば確実に死ねたであろう一撃をそなたは防ごうとした。無意識だとしてもだ。]
「あ…」
頭の中がクリアになっていく。
「わた、しは。いきたい。い、きて…。いきてご主人様の隣にもう一度立ちたい!」
[そうだ!その意気だ!で、あれば。何をすべきかはわかるな!?我が弟子、フィアよ!]
「うん!」
[『シャドウバインド』解除だ!]
先生の声でナターシャを縛っていた影が解かれる。彼女は咳き込みながら、殺意を込めた目でわたしを睨んでいた。
「ゴホッ!あなた!わたくしに何をしたかわかっているのかしら!?」
「わかっています。でもそれはあなたの行いが招いたことです!」
「うるさい!『マニックドール』!魂よ宿れ!」
地面に落としてしまっていた剣を拾う。ナターシャが放った聞き覚えのない魔法に備えていると、倒れていたラナさんの体が動き始めた。
「オーッホッホッホ!これには攻撃ができないでしょう?さあ、死ね!」
ラナさんの体は血液が少なくなって筋肉の動きが鈍っているのか、ガクガクと小刻みに体を震わせている。しかし、その体が完全に立ち上がる前にわたしの尊敬する先生が動いてくれた。
[それ以上無理に動かすでない。本当に死んでしまうぞ?『ヒーリングバリア』]
ラナさんの体を黄緑色のバリアが包んだかと思うと、バリアごと浮いて先生の隣に移動する。ヒーリングの名前の通り、中ではラナさんの体の治療が行われているようだ。
[これは妾が預かっておこう。フィアよ。思う存分暴れるがいい。この体には傷一つつけぬわ]
「うん!先生ありがとう!」
こうしてやり取りしている間にもラナさんの顔には赤みが戻ってきていた。その光景に安心しながらわたしは前を向く。
あとはナターシャを倒すだけだ。
「ありえない!なぜわたくしの魔法が解かれるんですの!?魔族であるわたくしより下等な生物である獣なんかに解除されるなんて!ありえませんわ!」
「先生は獣じゃない!というか先生を獣というのなら、先生に魔法の制御で負けたあなたって…もしかして獣以下?」
背後に先生がついている今のわたしは無敵だ。なれないけど挑発をしてみる。
「はあぁぁぁあ!?ありえないって言ってんでしょうが!こんのくそガキィ!」
面白いほどに乗ってくれる。ナターシャは怒りで顔を真赤にしながら、手に魔法の球を構えて突撃してきた。
「あははは!『ダークスフィア』!『シャドウボール』!手も足も出ないでしょう!」
闇魔法を乱発しながら走ってくるナターシャに一定の距離を取るように移動しながらわたしは一つの魔法を練る。
先生に教わった当時は発動すらできず体内で暴走してしまった魔法。暴走した結果、もともと燃えるような赤色だったわたしの髪を灰色に焦がしてしまった魔法。伝承にすら残っていない、火属性魔法の原型。
今のわたしなら使える気がした。
「チッ!いい加減に当たりなさいよ!わたくしがわざわざ戦ってあげてるのよ!聞いてるの!?」
「うん。聞いてるよ。もう避けない。だって完成したら」
「完成って?あぁ…あのヘボみたいな魔法かしら?かわいそうに、その程度しか使えないなんて……。かわいそうだから一発だけ食らってあげるわ。何を使うの?『ファイアーボール』?もうちょっと強いの使える?」
わたしを完全に舐めている口調。
そういえばナターシャの前では”術式付与”しか使ってなかったっけ?
まぁ、いいや。
「そう?じゃあ遠慮なく」
ぱちりとウインクを一つ
「『アッシュ=アイド』」
炎はない。熱もない。煙もない。過ぎ去ったのは魔力の波だけ。
でも、そのあとには灰しか残っていなかった。
ナターシャも灰色の物言わぬ彫像になっている。が、剣でつつくとパラパラと崩れてしまう。
室内にあったテーブル、椅子、人形の残骸。すべてが灰になっていて、例外は術者であるわたしと先生。ラナさんの体だけだった。
室内を見回して自分の発動した魔法の結果に呆然としていると、拍手が聞こえた。
[素晴らしいじゃないか。強力すぎて失われた原初の魔法。それを発動できるとはな]
「えっと、そんな……。というかラナさんは!ラナさんの体は!?」
先生の言葉に嬉しくなってしまう。でも、自分が傷つけてしまった人を思い出して急いで聞いてみる。
[この通りだ。もう命に別状はないだろう。ま、体は貰っていくがな]
とりあえずの命が助かったことにわたしは安堵する。持っていくと言っているが先生なら大丈夫だろう。
でも、ラナさんはご主人様の大切だ。一応釘を刺しておく。
「先生。もし傷つけたらさっきのを食らわせますよ?」
[もちろんだ。妾に任せてくれたまえ。では、そろそろ時間切れだな]
そう言うと、ヴィラ=ファル先生の体が徐々に透けてくる。
[カーテナーは返してもらうぞ。また会おう]
「うん!先生も元気で!」
満足そうな笑顔を浮かべて先生は消えていった。
とりあえずご主人様のところに行こう。
灰が雪のように積もる大広間。わたしは反対側の扉を開くと、振り返らずに走り出した。
思ったより進みませんでした……。
今週はこの更新でラストです




