2-13 交渉
ヴィラ=ファルがトンと床を叩くと、大理石っぽい四角いテーブルが一つ。椅子が俺の方に二つと反対側に一つ出現した。
ヴィラ=ファルが反対側の椅子に座る。交渉のテーブルに付けというらしい。それに習って俺とフィアも隣り合って着席した。
明らかに空気が変わる。
[さて。そなたらは妾に何を望む?財宝か?地位か?永遠の命であっても夢ではないぞ?]
「そんなものを望むつもりは無い。俺が欲しいのは魂を解放できる武器。そして、肉体を傷つけることがない武器。この二つだ」
俺が望んでいるのはラナの救出。そのためには『ラナの魂を半透明の物体から取り出す』ことと、『ラナのからだを支配している邪悪なものを倒す』ことの二つが絶対条件だ。
そのための武器を貸してほしいとヴィラ=ファルに説明する。
[ほうほう。それは立派な心意気だ。英雄物語にもよく見られるな?旅の先で伝説の剣を。といったストーリーだ。しかし妾に泉の妖精役を求めるのは無礼であるぞ。そもそも妾たちゼルドは中立であれぞ、どちらかと言えば魔王陣営だ]
「でも、さっき何でも手伝うって言ってたじゃないか!」
[たしかにそう言ったな。では、その武器の製法を教えるだけで手伝ったと言ってもよいのだろう?]
「そんなの……屁理屈だ……」
あまりのいいように少し俯いてしまう。すると、隣のフィアが変わりに声を上げた。
「つまり、たいかがほしい。てこと?」
[平たく言えば確かにその通りだ。妾はそなたが望む物を持っておる。しかしそれは他に二つと無い貴重なものでな。ついためらってしまうのだ。わかるであろう?]
”対価”その言葉に考えを巡らせる。今俺が出せるものの中で相手が何を欲しているのかを考えなければ、この交渉で有利を取れない!
「フィアが対価。と言ったように、俺達が求めるものを貸してくれるのならば、どんなものでも対価に差し出す覚悟がある。だけど、流石に俺とフィアの身と魂だけは勘弁してくれないか?」
「でも、せんせい。なんでももってる。ほしいもの。わからない。だから、おしえて?」
二人で息を揃えて対面のヴィラ=ファルに問いかける。すると、彼女はふと考え込むような様子を見せた。
[妾には一つ気になっていたことがあってな。なんだか分かるか?]
「わかるはずがないだろ。何が気になってるんだ?」
[体である]
嫌な予感がする。俺の背筋に冷たい汗が一粒滑った。
[ゼルドには時たま妾のように知性ある生物が生まれる事がある。しかし、それらはそれぞれが強力なものの、絶対数が少なく自我が強いため統率がとても難しいのだ。]
「どうやって、うまれるの?」
フィアが合いの手を入れる
[うむ。妾たちが街を一つ飲み込むたびにその街に住んでいた生物は魂になって、この世界に吸収される。それらが長い年月をかけて集まった末に実体を持ったものが我ら、ヒトの世界で”ゼルドの怪物”と呼ばれる者たちだ]
冷や汗が止まらない。
[なぜこんなにも妾の同胞は少ないのか。それはひとえに実体化するために必要な魂の量が果てしなく多いからだ。だが、その体が手に入れば魂だけがない肉体を作れるようになるやもしれん。そうなれば、同胞の誕生するスピードは更に増加するだろう!あぁ、なんと素晴らしい取引ではないか!]
声を震わせながら、乾いた唇を動かす。確かめなければいけないからだ。
「ラナの…ラナの体をどうする気だ…?」
[ラナ。とやらの体が乗っ取られるのを危惧しているのか?それは安心して良い。少し分析して、少し実験させてもらうだけだ。妾の同胞にはこの手の実験が大好きなヤツがいてな、そなたらも会ったことがあるであろう?]
その言葉にホルン村の前で襲いかかってきたあの男が脳裏に浮かぶ。
……全く安心できねぇ!
「流石に冗談きついな。そもそも言い方は悪いが、入れ物がなかったら魂はどうするんだよ。消えたりしないか?」
[その点は大丈夫だ。魂の末路としては徐々に未練とともに消えていくか、10年20年と放置されてアンデットになるかの二択だが、今回に限っては問題ないであろう。聞くところによると、彼女は強い未練を持っていると推測できる。よって自然に消滅することはないし、長い間放置しなければアンデットになることもない。もし気になるのなら早めにゴーレムでも作ってそこに収めておけばよいであろう]
確かに筋は通っている。しかし、好きな人の体を渡せと言われてはいはいと頷くわけにはいかなかった。
「もし断ったらどうなる」
[聞かなかったことにしよう。妾の許しなくばそなたらはこの世界から出ることすら叶わぬと心得よ]
選択肢はなかった。
……「わかった。せめてゴーレムの作り方を教えてくれ」
[懸命な判断である。ゴーレムについてはな…それ!]
古びた地図が投げてよこされる。
[昔、ゼルドに取り込まれた国の中に”オクトア”という物があった。この国は古代魔法分明期の優れたゴーレムをいくつも所有していたのだ。非常に興味深いものだが、妾は何かしらのトリガーがない限り地上に顕現することができんのだ。よって、この地図、ひいてはこの場所にあるものはくれてやる。もしかしたらラナとやらに合うゴーレムが残っているやもしれんな?]
地図を覗き込むと、毛だった羊皮紙に大雑把な地形が書いてあって、中心部にバツ印が塗られていた。見ると、この砂漠とは王国を挟んで反対側のようだった。
「十分です。納得は行いかないが、それが彼女を救うただ一つの手段ならば従おう」
[おお!それは良かった!これがニッポン?でいうところのWIN=WINというやつだな]
日本語の模様が肌に刻まれていたのでもしや…と思っていたが、未来の日本は遠くない未来でこいつに飲み込まれるらしい。
複雑な顔をしている俺、ものすごく笑顔なヴィラ=ファル、よくわかっていない様子なフィア。三者三様な様子を見せつつ、空中に浮かび上がった契約書のようなものに短杖を使って、魔力でサインを書く。
書き終えると、契約書はほどけて魔力の糸になって俺とヴィラ=ファルの胸のあたりに吸い込まれた。と、同時に心臓。いや、もっと深いところで何かに縛られた感覚がする。
[破ることはないと思うが、もしこの”魂の契約”を違える事があれば魂ごと消滅してしまうだろうな]
背筋が凍る。
「しないよ…。約束しよう。」
[結構!妾も武器を持ってこようではないか]
そう言って、自身の前に虚空を出現させる。そこに手を入れると、一振りの長剣を取り出した。
[ヒトの世では”クルタナ”や”カーテナー”と呼ばれるものだ。この剣は肉体を傷つけぬ慈悲の剣。存分に使うが良い]
そう言って差し出された剣は剣先が丸みを帯びていて、儀礼剣。と呼ばれるにふさわしい美しさを持っていた。
「俺はこの魔法具以外使えないから、この剣はフィアが持っててくれ」
「ん。からだはしばく」
「適度にな?」
頼もしい返事とともに、フィアが受け取ってくれる。
[これもやろう。その剣を作った際に余った素材だ。これが何なのか、どうやって作られたのかは妾にも分からん。が、その魔法具の短杖なら活用できるであろうな]
さらに、銀色の柔らかい粘土のような鉱石を持たされた。試しに呼び出した短杖に吸わせてみると、杖全体が、銀色の無機質な棒に変わった。
「なるほど。魂を傷つけない攻撃が撃てるようになったみたいだな。助かる」
…これならラナの魂を助けられる。
そう確信して、ヴィラ=ファルに頷く。すると彼女は、魔力を編みながらこたえた。
[さあ、準備ができたなら出発するが良い。ホルン村?というところまでそなたらを送り届けよう]
決戦まで後少し。決意を胸に、俺は紫色の女帝に頷いた。
さあ、あと少しでラナのところに帰ります。
このお話はまさのばを見ていて思いつきました。裁判パートのBGMを想像しながら読んでください




