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2-11 夢か現か

……


背中に柔らかい感覚が伝わってくる。清潔でパリッと糊のきいたシーツの感触。掛け布団からはお日様の香りがする。


「勇者様ー?朝ですよ。起きてください!」


バタン。と音が聞こえる。部屋のドアが開いたようだ。


日差しを眩しく思いながらうっすらと目を開けると、目の前には……1人の少女がいた。


月光を思わせる銀色の髪。蒼海を感じる青色の瞳は、失われたはずの彼女……ラナのものだった。


「えっ?…ラ。ナ?」


「はい、そうですよ?」


彼女は鼻歌を歌いながら部屋のカーテンを開けている。周りをよく見てみるとここは、フィーラル王国の王城の一室だった。


懐かしい場所。……懐かしい?少し違和感がある。俺はこの世界に召喚されてから、なにをしていた?


記憶が定まらない。


「なあ、ラナ?俺って……」


「なんですか?勇者様はずっとここにいましたよ?」


「そう……だっ……け?」


「はい。そうです。そうなんです」


……そうか。そうなんだな、なんで変なことを考えていたんだろう。


頭に浮かんだ疑念を振り払ってベッドから立ち上がった。


「ごめん。変な夢を見てたみたいだ」


「ふふっ。そうなんですか?これからご飯です。その時に聞かせてくださいね?」


「ああ、もちろんだよ」


ラナが差し伸べてくれた手をとって、部屋を出る。




今日も幸せな一日が始まった。





朝食の場所に行くとそこには、国王ヨーゼフ。第一王女セリーヌ。もう一人の勇者マモルがテーブルについていた。


それを見て何故か俺は酷い殺意を覚えてしまう。彼らの背後に黒いオーラのようなものが見えたからだ。


「どうしたんですか?ナギサ君?」


「いや…。変だな、なんでもない」


やっぱり変な感じがする。その違和感を拭い

きることは出来なかったが、とりあえず席に座る。


「おお、勇者殿。ご機嫌はいかがですかな?修行は順調ですかな?」


「ちょっと!お父様!あまり急かしちゃダメですよ!マモルとは方向性が違うんです」


「まあまあ、セリーヌさん。そういえば君の属性は水のみだったそうじゃないか。辛いだろうが、僕に協力出来ることがあれば言ってくれ」


ヨーゼフ王、セリーヌ、マモルが優しく声をかけてくれる。その言葉は温かみに満ちていて、俺を心配してくれているのが心から伝わってきた。


……そうだ。なにを疑う必要があったんだ。これでいいじゃないか。


「はい!少しづつですが頑張ります!ラナにもいっぱい教えて貰っているので!」


俺がそう答えると隣のラナが頬を染めながら、合いの手を入れてくれる。


「ナギサ君は頑張ってくれてます。とても物覚えも良くて、なにより優しいんです…」


その言葉に俺まで照れてしまう。二人して顔を赤くしていると、ヨーゼフ王が豪快に笑い声を上げた。


「はっはっは!仲良き事は素晴らしきかな。である。その調子で励め」


「「はい!」」


返事をして席に座るとセバスチャンが部屋に入ってきた。


「勇者様方、お嬢様方。我が王よ。お食事を開始させていただきます」


食事が始まった。




「んー!今日も美味しかったですね〜」


「そうだね。スープは特に絶品だった、まんまコーンスープで故郷を思い出せる味だったよ」


「あれはマモル様の考案らしいですよ。やっぱり異世界の方には通じるものがあったんでしょうか?」


「うん。日本。故郷の名前なんだけど、そこでの朝ごはんでよく食べてたんだ。懐かしいな」


「そうなんですね、私も気に入りました。少し冷めていたのが残念でしたけど」


彼女はいたずらっぽく唇に手を当ててウインクをしている。すごく可愛い。


「また抜け出す気か?前回それで色んな人に怒られたのに……」


「でもそれ以上に楽しかったんです。次はいつにしましょうね?」


「ほどほどにな」


二人で笑い合いながら廊下を歩く。穏やかな時間がすぎていった。





やがて夜になった。ラナに別れを告げて自室に戻り、ベッドに入る。


今日も何事もない平和な一日だった。眠りにつこうと、目を閉じて布団を被る。


『ん。おやすみ。ご主人様』


何か声が聞こえたような気がした。何かを忘れたような不思議な感覚。ただ、この幸せな世界にそんなものは必要なかった。




次の日、俺はラナと図書館に向かっていた。壁を見ると、絵画の間にある花瓶に紫色の花が飾られている。


「なあラナ、なんかあの花毒々しくないか?」


「はい?どれですか?」


「あれだよあれ。紫色のやつ。なんか不気味って言うかさ」


「あれですか?あれは紫色ではなく赤色のお花ですよ?」


「え?あれ?」


再び見ると、その花瓶には深紅の薔薇のような花がいけられている。


……見間違いなのか?


「どうしたんですか?そんなものどこにもありませんよ」


ラナの顔に一瞬ノイズが走った気がした。だけどそんなことは些細なもの。彼女の言葉に俺の中に生まれた疑念は薄まってしまった。




図書館に着いた。扉を開けて中に入ると、先導していたラナがこちらを振り向いて言った。


「では、私は教材の準備をしてくるので本でも読んで待っていてください」


わかった。と彼女に返事をして、そばの本棚から適当に本を取り出してみる。手帳サイズの小さな本。題名は、


『フィーラル王国を歩く』


どこかで見たことのある本だった。


装丁もこの図書館にある大多数の本についている豪華なものではなく、最低限のとても質素なもの。使い込んだ跡が残っており、ページの間には乾いた砂が挟まっていた。


「砂?というかこの本見覚えが……。オジサマ?まて、オジサマって誰だ?」


再びの違和感。しかし、目を離した隙にその本は手の中から消えてしまった。


「あ!いました!準備できたのでお勉強を始めますよ!」


ラナが部屋の中央にある机から手を振って、俺を呼んでいる。


しかし、俺は動けずにいた。ラナの手に握られている黒いオーラを纏った大剣。笑顔の彼女とは対照的に、それは殺意にまみれていた。


「なんなんだ……?あれは。まて、あれもどこかで……」


突如頭に激痛が走り、走馬灯のようなものが流れる。


そこで見えたのは、魂が抜けて人形になったラナ。そして、その手に握られて、俺に向かって振るわれた大剣。


……そうだ。ラナはあの時。じゃあこれは?今目の前にいるのはなんだ?


記憶が戻る。霧がかかっていたように動きの鈍かった脳がどんどんクリアになって行く感じがした。


ラナのようなものは未だこちらを心配そうな顔でこちらを見ている。


「あの……大丈夫ですか?良ければ医務し、」


「黙れ!」


言葉を遮る。


彼女は酷く傷ついたような顔をしていた。


「黙れ黙れ黙れ!ここはどこだ!俺に何をした!フィア……そうだ!フィアはどこに行った!」


フィア。その名前をつぶやくと同時に、空間全体にノイズが走る。壁や本棚が歪み始め、ラナのような何かが不思議そうな顔で問いかけてくる。


「フィア。ですか?彼女なら……。えっと、なんでもないです!今日はもう休みましょう?ね?」


「貴様。なぜフィアのことを知っている。ラナとフィアは面識が無いはずだ。それにボロが出ているぞ。お前はラナではない」


「な、何を言うんですか!?私ですよ!私!」


「うるさい!その汚い口を閉じろ、その姿を使うな。それは誰よりも優しい彼女のものだ。お前ごときが使用していいものではない!」


激情に身を任せてラナの姿になっている何かを威圧する。


彼女からの弁明がないことに業を煮やし、呪文を使うために短杖を呼び出した直後。空間に響くような声が聞こえた。


[ふむ。人間のケアには楽しい記憶が有効だと聞いたのだがな。どうやら文献に間違いが見られたようだ。謝罪をしよう。]


空間が歪んで、崩壊を始める。メッキが剥がれるかのように豪華な装飾が崩れていき、その奥から廃墟か姿を現した。


よく見ると、古びて朽ちてはいるが、ここはさっきまでいたはずの場所。王城の図書館のままだった。


だが、本は腐り、棚は朽ち、壁は崩れている。とても正常な状態には思えなかった。


[何を驚いている?ゼルドとは過去にして今。そして未来まで全ての時間に共通して存在する世界だ。未来の王国が飲み込まれていても不思議ではないだろう?]


その声と共に、完全に世界が変わる。


太陽が降り注いでいた窓の外は完全な暗闇に、建物内のあちこちには鎧を被った騎士の骸骨が転がっており、過去。もしくは未来にあったであろう激しい戦争を思わせた。


[あぁ、そなたが心配なのはあの娘のことだな。フィア、という名前だったか?]


「そ、そうだ。フィアはどこだ!」


[安心するがいい。あれはわらわにとっても貴重な実験体だ。そう易々とは殺したりせん]


ラナの姿が歪み始める。背後から紫と赤によって彩られ、身体中に文字の紋が刻まれたエイのような女性が出てきた。


[さあ。謁見を認める。フィアに再び会いたくばついてくるがいい]


彼女の背後に紫色のツルで編まれたアーチ状のゲートが出現した。


警戒を解かず、疑問と恐怖を胸に抱えて、俺はそのゲートをくぐって行った。








幸せですね、夢のようであればこの物語も幸せでした


ちなみにタイトルにある『現』は『うつつ』と読みます。これこだわりです

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