2-4 指名手配
シチューを食べ終えて、焚き火のそばに2人分の布団と毛布を敷くと、火の側だからか、空気の肌寒さと合わせてちょうどいい温度になっていた。
「これでいいだろう」と焚き火を挟んで反対側の毛布で寝るようフィアに指示を出して自分も毛布にくるまって目を閉じる。しかし、少しすると、フィアが俺、ナギサの毛布の中に潜り込んできた。
「何してんだ?寝ないとだめだぞ」
諭そうと声を掛けるも返事はない。どうしたことかと目を開けると彼女は俺の背中にひっつくように抱きついており、その小さな体をふるふると震わせていた。
どうやら寒さからくるものではなさそうな震えだ。心配になって寝返りを打ち、彼女を腕の中に入れる。あやすようにトントンと背中を優しく叩くとやがて震えは収まった。
「まぁ、色々あったんだろうな」そう思い、フィアを腕にしっかり抱えながら、今度こそ俺は眠りについた。
翌朝。朝日が登る頃に目を覚ました俺は、腕の中ですやすや眠るフィアを起こさないようにしながら狩りに向かった。目標は野ウサギ。朝食になる予定である。
目標に狙いを定めて純粋な魔力の塊を発射する。この魔法でもなんでもないただ魔力を打ち出すものが今の俺の最高火力だ。弓や剣が使えればよかったのだろうが、魔法具はその武器自信を魔物の素材を使って強化できる代わりに、他の武器の使用を認めてくれないらしい。
今のところ倒した魔物は一種類だけなので使えるものも一種類だ。
レッサースライムの短杖
所持効果:魔力+5
装備効果:スライム系の敵に対するダメージ+3%
これだけである。所持効果という使えるようになった時点で貰えるステータスも、装備効果という、装備している時に使える能力もどっちも弱い。
見た目だって、木の棒の根本にスライムを模した宝玉がついたような見た目をしており、めちゃくちゃダサかった。
そんな現実にため息を付きながら焚き火の場所に戻ると、よほど疲れが溜まっていたのだろう。フィアはまだ眠っていた。
それを横目に調理に取り掛かった。
頭を落とした後。皮を剥がし、腹を開いて内蔵を取り出す。一連の下処理をして川の水で血を洗い落とし、一口サイズに肉を切り分けた。
焚き火の炎を再び起こして切り分けた肉を鉄ぐしに刺していると、隣で動く気配がした。フィアが目覚めたようだ。
「おはよう、フィア。よく寝れたか?」
まだ脳が起動しきっていないらしく、フィアは頭をふらふらとさせている。
たっぷり五分ほど時間を取って返事が返ってきた。
「おはよう。ご主人様。おなか、すきました」
どうやら焼き始めていい匂いを出している焼串につられたらしい。
俺は苦笑しながら彼女を諌めた。
「まだ生焼けだ。今食べたら腹壊すぞ?もうちょっと待ってろ。ほら、顔でも洗ってこい」
彼女は俺の言葉に「ん」と小さく返事すると、川に向かってててと走っていった。
その後戻ってきたフィアと一緒に朝食を食べ、王都に向かう。新しい仕事を探すためだった。
「なにかおかしいな…」
王都に入るため、検問に並んだ俺はいつもと違う刺々しい雰囲気に首を傾げていた。遠目にも検問所がざわついているのが見える。前に並んでいる商人風の男に声をかけてみた。
「おはようございます。すみません。何かあったんですか?」
「?あぁ、おはようございます。どうやら王城に召喚されていた勇者が魔族の力を使用した挙げ句、ラナ王女様を拉致して逃亡したらしくて…」
「全く困りましたよねぇ」と語りかけてくる彼にガン無視を決め込んで俺は今取るべき行動を考えた。
捕まったら間違いなく処刑。魂を抜き取られて、人形にされることも考えられる。
「逃げるか。……フィア。今から走るぞ。準備はいいか?」
幸い門まではまだかなりの距離がある。今抜けてもバレないだろうし、今がラストチャンスだろう。所持金が少ないのは心もとないが、どうにかするしか無いか…。
そう考え、覚悟を決めると、フィアの手を握って一気に走り出す!
「あ!おい!そこの人たち止まりなさい!」
後方で兵士が叫ぶ声がするが無視して走る。森まで逃げられれば…その一心で走っていると、耳元を風を切りながら細い棒が通り過ぎていった。
”矢”だ
「くそっ!あいつら殺す気かよ!フィア!抱えるぞ!」
息を切らし始めていたフィアを抱き上げ、更に走るスピードを上げる。しかし、飛んでくる矢の数は増す一方だった。
命中こそしないものの、マントやリュックにかする矢が増えてくる。「もうここまでか…」と諦めようとしたその時、腕の中から凛とした言葉が聞こえた。
「ほのおさん。まもって。『イグニスシールド』」
直後。背後に巨大な熱を感じた。横目に見ると不死鳥を思わせる巨大な炎が盾となって矢から守ってくれている。
強大な、それでいて優しい炎を盾にして森の中へと駆け込む!
「ああぁぁあ!……とど…いた……」
ゴロゴロと茂みに転がり込んだ瞬間に背後で炎の盾が爆発したようだった。
だがまだ追ってくるかもしれないと、フィアを抱えて茂みの中で息を殺す。
「おい!いたか?」
「だめだ。逃げちまった。けど怪しいな」
「黒髪黒目。特徴とも一致する。報告に行くぞ!」
「「おう!」」
茂みの向こうからそんな会話が聞こえたかと思うと、数人の足跡が一気に遠ざかって行くのを感じた。
フィアと顔を見合わせ、ほっとため息をついて体を起こそうとすると、頭上から聞き覚えのある声が聞こえた。
「おう。もう誰もいないぜ。出てきな坊主」
「……」
俺は背後にフィアを隠したまま、短杖を構えつつゆっくり立ち上がった。
「オジサマじゃないか。一体何のようだ」
警戒心からか自然と敬語が外れ、言葉遣いが荒々しくなる。
「坊主が王女サマを誘拐したと聞いてな。とんだクソ野郎だと思って顔を見に来たわけだ。後ろの子も別人みたいだし、取り越し苦労だったようだがな」
がっはっは。と大口を開けて笑うオジサマ。警戒を続ける俺達を見て、オジサマは言葉を続けた。
「おっと、勘違いするなよ?俺はこれを渡しに来たんだ。」
そう言ってオジサマが差し出した手には一冊の本と手紙が握られていた。
「これは”フィーラル王国を歩く”って本だ。少し前に出版されてな、王国内の簡単な地図とか植生、魔物の生息などが結構細かく書いてある。活用しろよ。」
手帳サイズの本を受け取り中を改めると、確かにそれらしいものが見て取れた。
「じゃあこの手紙は何だ」
「それをこの先のホルン村にいる”エルサ”って女に見せろ。色々と融通してくれるように書いてある。悪いようにはされねえぜ」
……ありがたい。課題だった身の寄せ先と周辺の把握が一気にできた。しかし俺には、彼がどうしてここまでしてくれるのかが分からなかった。
「まぁ、なんつーか餞別だ。当分ここには近づけないだろうしな。元気にやってこいよってことだ」
「なんというか。ありがとう。頑張るよ。」
「おう。達者でな。そこの嬢ちゃんも元気でな」
構えを解いてお礼を言うと、彼はノースリーブの袖から覗く腕をピクつかせながら王都の方向に走っていった。
「きんにくさん。いい。ひと?」
首を傾げながらフィアが聞いてくる。
「そうだな。少なくても筋肉だけの人ではないよ」
「きんにくさん。ありがとう」
言葉足らずの口から漏れるとんでもないセリフに苦笑しながら俺達は次の目的地”ホルン村”へと森の中を歩き始めた。
うさぎの調理シーンは、キャンプに行ったこともそもそも普段料理することもない人の勝手な想像です。決して真似しないように。




