第8話 優雅な視察者
王都支店の営業三日目。
午後の混雑がひと段落し、厨房のスタッフが小休止に入った頃、私はカウンターの後ろで帳簿をめくっていた。
ふと、視線を感じて顔を上げると、入口付近に立つ男と目が合った。
背の高い、栗色の髪。よく整った顔立ちに、しなやかな身のこなし。
仕立ての良いが、目立たない服。けれど、靴の革質と手袋の縫製からして、ただの商人ではないとすぐにわかる。
「いらっしゃいませ。カウンターでよろしいですか?」
「そうさせていただきます。噂の“チャーラカフェ”、ぜひ拝見しておきたくて」
柔らかな声。けれどどこか探るようなまなざし。
私は席を案内しながら、警戒と好奇心を天秤にかけた。
「おすすめは“ミルクチャーラ”ですが、初めてなら“柑橘ハニー”が飲みやすいかもしれません」
「では、それをひとつ。できれば、店主殿とも少しお話を」
私は一瞬だけ微笑んで、チャーラを淹れ始めた。
彼は商品を受け取ると、ひと口飲んで、静かに息をついた。
「……なるほど。これは、単なる薬草茶じゃない。“飲む文化”として仕上がっている」
「ありがとうございます。お褒めの言葉は、砂糖より甘いです」
「ふふ。店主殿は、ご自身でここまで仕立てられたと聞いています。経営者としては、ずいぶん実戦派だと」
「実戦しか経験してないもので。座学より、数字と汗と帳簿で育ちました」
彼は、軽く頷いた。
「私も似たようなものです。実は、いくつか小規模な店を回しておりまして。物流と加工品に少し関わっています」
「……店主業の方が、当店を視察に?」
「まあ、そんなところです。あなたのやり方に、興味がありまして」
その目には、明確な“値踏み”がなかった。ただ純粋な観察と、静かな敬意があった。
私は、初めて出会ったこの男に、違和感のない安堵を覚えた。
「名前を伺っても?」
「――レオンと呼んでください」
その日、私はまだ知らなかった。
彼が、大公爵家ヴェルシェルンの三男、レオンハルトであることを。