表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/11

第8話 優雅な視察者

 王都支店の営業三日目。

 午後の混雑がひと段落し、厨房のスタッフが小休止に入った頃、私はカウンターの後ろで帳簿をめくっていた。


 ふと、視線を感じて顔を上げると、入口付近に立つ男と目が合った。


 背の高い、栗色の髪。よく整った顔立ちに、しなやかな身のこなし。

 仕立ての良いが、目立たない服。けれど、靴の革質と手袋の縫製からして、ただの商人ではないとすぐにわかる。


「いらっしゃいませ。カウンターでよろしいですか?」


「そうさせていただきます。噂の“チャーラカフェ”、ぜひ拝見しておきたくて」


 柔らかな声。けれどどこか探るようなまなざし。


 私は席を案内しながら、警戒と好奇心を天秤にかけた。


「おすすめは“ミルクチャーラ”ですが、初めてなら“柑橘ハニー”が飲みやすいかもしれません」


「では、それをひとつ。できれば、店主殿とも少しお話を」


 私は一瞬だけ微笑んで、チャーラを淹れ始めた。


 彼は商品を受け取ると、ひと口飲んで、静かに息をついた。


「……なるほど。これは、単なる薬草茶じゃない。“飲む文化”として仕上がっている」


「ありがとうございます。お褒めの言葉は、砂糖より甘いです」


「ふふ。店主殿は、ご自身でここまで仕立てられたと聞いています。経営者としては、ずいぶん実戦派だと」


「実戦しか経験してないもので。座学より、数字と汗と帳簿で育ちました」


 彼は、軽く頷いた。


「私も似たようなものです。実は、いくつか小規模な店を回しておりまして。物流と加工品に少し関わっています」


「……店主業の方が、当店を視察に?」


「まあ、そんなところです。あなたのやり方に、興味がありまして」


 その目には、明確な“値踏み”がなかった。ただ純粋な観察と、静かな敬意があった。


 私は、初めて出会ったこの男に、違和感のない安堵を覚えた。


「名前を伺っても?」


「――レオンと呼んでください」


 その日、私はまだ知らなかった。

 彼が、大公爵家ヴェルシェルンの三男、レオンハルトであることを。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ