第7話 利益確定より、現金の重み
カフェが軌道に乗り、日々の帳簿にも黒字が並ぶようになったある日。
私は決算報告の準備を進めながら、ふと気になった数字に目を留めた。
「……“未収利得見込み”? これは……?」
執事ハーヴェイに確認すると、彼は少し顔をしかめて言った。
「はい。お嬢様が店を始める以前、旦那様――レオポルド侯爵が、“これは儲かる”との触れ込みで始められた投資案件でございます」
「投資……? どんな?」
「表向きは“王都の魔法技術研究所支援”との名目でして、他にも“新素材事業”“貿易拡張協会”など、いくつかの民間出資型に分かれております」
「……で、これまでの配当は?」
「ひとつも、入っておりません」
「即刻、全て解約して。元本だけでも戻ってくるなら、今のうちに」
ハーヴェイは驚いた表情を見せた。
「旦那様は、“もうすぐ大きな利益が出るはず”と仰っておりまして……」
「そういう話に乗る人間がいちばん損をするのよ」
私はぴしゃりと言い放った。
「“もうすぐ”“絶対儲かる”“あの人も出資してる”――そう言われて飛びついた貴族たちの末路、見せてあげるわ」
ーーー
一ヶ月後
「セリーナお嬢様、あの投資案件の運営商会が……王都から、姿を消しました」
「やっぱりね」
私はため息もつかずに言った。
先に元本を戻していた我が家は、被害ゼロ。
だが、王都では悲鳴が上がっていた。
ある伯爵家は「老後の蓄えが消えた」と騒ぎ、別の子爵家は娘の持参金を丸ごと失った。
“あの時”解約したかどうかが、家の明暗を分けたのだった。
ーーー
その夜、セリーナは執務室にいた。
机に並んだ金貨の束を見つめながら、私は一人、チャーラを飲む。
「現金は信用できるわ。数字だけじゃなくて、手に持てる“確かさ”がある。」
父はまだ「残していれば、今ごろ倍になっていたかもしれない……」と呟いていたけれど、私はもう聞かない。
「投資も節約も、信じるのは“計算と確実性”。夢は、チャーラの香りだけで十分よ」