第6話 夜のチャーラと、あの人の影
カフェの王都支店が開店して、三日が経った。
初日は完売。二日目は王妃候補が来店し、三日目には商会長が大口の契約を申し出てきた。
――順調。それは間違いない。
けれど、店じまいを終えて屋敷の一室に戻ったとき、私は一杯のチャーラを手に、ふと考えていた。
(……今の私を、あの人はどう思うかしら?)
第二王子、リヒャルト・アストリア。
かつて、私の婚約者だった人。
優しくて、知的で、でも――家の財政や私の奔放さを「将来に不安がある」として、婚約を解消した人。
(……当然よね。当時の私は、浪費して、家計のことなんて何も知らなかった)
当時の私は、父の財布を自分のものと勘違いしていた。
高価なドレス、宝石、舞踏会。すべて「それが当然」だと思っていた。
でも今は違う。
食材の原価も、従業員の時給も、店舗の維持費も、全部わかってる。
利益率も、ターゲット層も、競合他店の動向も。
今の私は、“一杯のチャーラ”を通して、社会と繋がっている。
(……リヒャルト様は、今の私を見て、何を思うのかしら)
未練ではない。ただの興味。
でも、ほんの少しだけ、心の奥がチクリと痛んだ。
「ま、見に来るなら、カフェの予約くらい取ってからにしてね」
そう小さく呟いて、私はカップを傾けた。
温かく、香り高く、少しだけ苦い。
それは、過去を乗り越えた女が飲む、夜の味だった。