第4話 悪役令嬢、異世界スタバを始めます!?
市場の空気は、活気と埃と、焼きたてのパンの匂いで満ちていた。
仕入れ価格の見直しを進める中、私は領地内の卸市場へ足を運んでいた。
現地の価格、品物の質、流通の問題点――“数字だけ”じゃ見えてこない情報を拾うために。
「セリーナお嬢様、自ら市場を見て回られるとは……」
同行していたハーヴェイが、信じられないものを見るような目をしていたけど、私は気にしない。
「現場に出なきゃ、わからないことは多いのよ」
そう言って歩いていると、ふと、妙な香りが鼻をかすめた。
苦味。焦げ。なのに、どこか懐かしい。目が覚めるような――
「……これ、コーヒー?」
足を止めると、屋台のような小さな店があった。
おばあさんが、黒い豆を手網で煎っている。
「これ、飲み物ですか?」
「ん? あぁ、あんた貴族の嬢ちゃんかい。これはな、“チャーラ豆”って言ってね。苦くて目が覚める、薬みたいなもんさ」
差し出された小さなカップに入った液体は、まさしく見慣れた――そして、見飽きた社畜時代の相棒、コーヒーの色だった。
口に含むと、たしかに苦い。でも、嫌な苦味じゃない。荒削りで、ポテンシャルのある味。
(これ、加工次第で絶対化ける)
砂糖、ミルク、フルーツ。
あの会社で過ごした毎朝のルーティンが、脳内を駆け巡った。
私はポーチから銀貨を出して言った。
「この豆、全部買い取ります」
「へっ?」
「あとで説明するわ。やることができたの。私、カフェを作る!」
ーーー
「よし……じゃあ、まずは基本のミルクコーヒーから」
私は厨房に特設した試作カウンターの前で、“チャーラ豆”を丁寧に挽いて、沸かした湯をそっと注いだ。
香りがふわりと立ち上る。そこに温めた山羊乳と粗糖を加え、ほんの少し塩でコクを足す。
「……うん、まずは及第点」
そこへ、背の高い青年が扉を開けて入ってきた。
「セリーナ、なにやらまた面白そうなことをしているな」
ジークハルト・ミルフォード。私の兄で、次期侯爵として真面目に育てられた人。
だけど、根はお人好しで、こういう新しいことにはちょっと興味を持ってくれる。
「兄さま、ちょうどよかった。試作品、飲んでくれる?」
「これは……チャーラか? 苦くて誰も飲まないと聞いていたが……」
「ただの苦い薬としてしか扱われてなかったのよね。でも工夫次第で、こんなに飲みやすくなるの」
ジークハルトはカップを受け取り、慎重にひと口。
「……おお。これは……苦味が柔らかくなって、後味がほんのり甘い。しかも香りが豊かだ」
「現代の社畜なら、朝これを飲んでから出勤よ」
「しゃちく……?」
「気にしないで。とにかく、チャーラの可能性はまだまだあるってこと」
そこへ、明るい声が響いた。
「セリーナ姉さま〜! わたしにも飲ませて〜!」
やってきたのは、末の妹、アメリア・ミルフォード。
14歳。甘いものとかわいいものが大好きで、流行にはすぐ飛びつくタイプ。
「アメリアにはこっち。ベリーと乳を合わせた“チャーラスムージー風”。見た目もかわいくしてみたの」
「きゃー! かわいい! しかも……これ、めちゃくちゃおいしいっ!」
アメリアは目を輝かせ、にこにこ笑いながらカップを抱えた。
「チャーラって苦いだけかと思ってたけど、こんなにスイーツみたいになるんだね!」
「そう。だから私はこれを、屋敷だけじゃなく、領民にも楽しんでもらえる形にしたいの」
「……まさか、お店にでも?」
「そう。カフェを作るわ。チャーラの美味しさと楽しさを、もっとたくさんの人に届けたいの!カフェがうまくいば、家計も潤うかもしれないし。」