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第3話 仕入れ改革!悪役令嬢、値切り交渉する

「やっぱり、おかしいわね……」


 屋敷の一室、私は手元の帳簿とにらめっこしていた。

 先日厨房に立ち、野菜の皮まで使った節約料理で食費を少しは圧縮できた。

 それでも――帳簿上の数字は、まだ“重い”。


「これだけ節約しても、費用がほとんど変わらないなんて……ありえない」


 私は改めて食材ごとの仕入れ価格に目を通す。


 じゃがいも、にんじん、玉ねぎ。どれも庶民的な食材のはずなのに、単価が高すぎる。

 特に肉と乳製品は、信じられないような値段で記載されていた。


「これ、絶対に……中間でピンハネされてる」


 侯爵家という立場にあぐらをかいて、ずっと同じ商人から“言い値”で買い続けてきた結果。

 つまり、“値切る”という発想すらなかったのだ。


「なら、今からでも交渉すればいいだけの話ね」


 私は立ち上がり、執事を呼び出した。


「ハーヴェイ。現在の食材仕入れ先、一覧を出してちょうだい。あと、今日中に主要な取引商人を呼べる?」


「お嬢様……? 一体何を?」


「交渉よ。無駄に払ってるなら、取り戻す。私は、もう“いいカモ”じゃないから」


ーーー

「……お嬢様、その件につきましては――」


 執事ハーヴェイがやや困ったような顔で言いかけたそのとき、扉がノックもなく開いた。


「セリーナ、お前……また妙なことをしているのではあるまいな」


 低く重みのある声。背筋がすっと伸びた。


 入ってきたのは、私の父、レオポルド・ミルフォード侯爵。

 銀髪に近い金髪をきっちり撫でつけ、端正な顔立ちの中年男性。厳格で格式を重んじる“典型的な貴族”だった。


 そのあとに続いて入ってきたのは、母、クラリッサ・ミルフォード侯爵夫人。

 社交界では「優美で気品ある夫人」として知られているが、要するに人の目と伝統を何より大事にするタイプである。


「なにやら、屋敷の仕入れ先を変えると言い出したとか?」


「ええ。支出を抑えるには、まず価格の見直しが必要ですから」


 私が淡々と答えると、母クラリッサが眉をひそめた。


「でも、セリーナ。あの仕入れ商会はおばあさまの代からのお付き合いよ。あなたのひいお祖母様が、嫁入りの際に取り決めたご縁なの」


「伝統は大切にすべきだが、実害が出ているなら見直すのもまた責任だと思います」


 父レオポルドが咳払いを一つした。


「貴族の付き合いは、損得ではないのだぞ。代々の信用というものがあってだな……」


「損得を無視して家計が破綻するなら、本末転倒では?」


 私ははっきりと言い返した。父と母の顔がぴくりと動く。


「このままでは家計が持ちません。伝統の名のもとに高額の仕入れを続けることが、果たして“信用”を守る行為ですか?」


 沈黙が落ちた。


 私は静かに続ける。


「私は、この家を再建したいんです。見せかけの気品や過去の約束ではなく、現実的な手段で」


 父はしばらく私を見つめたあと、短く息をついた。


「……責任はお前にある。好きにするがいい」


 母はまだ何か言いたげだったが、黙ってうつむいた。

ーーー

応接室に通された中年の商人は、柔らかい笑顔を浮かべながら、いかにも“口が上手いタイプ”という印象だった。


「いやぁ、お嬢様にお目通りいただけるとは光栄の極み。何かご不満でも?」


 セリーナ・ミルフォード。かつては浪費癖の強いわがまま娘として知られた令嬢。

 商人の中では「高級品をふっかけても気づかない、お得意様」として有名だった。


 だが――


「こちら、過去三ヶ月分の仕入れ明細と市場価格の比較です。ご覧いただけますか?」


 セリーナが差し出したのは、丁寧に書き直された帳簿と、自ら作成した価格表だった。

 そこには、現在の仕入れ価格と市場価格との差異が赤字で記されていた。


「……っ」


 商人の笑顔が、わずかに引きつる。


「ご覧のとおり、じゃがいもで平均1.3倍、牛肉では最大1.5倍の価格差が出ています。これはどういうことでしょう?」


「え、ええっと……その、侯爵家にお納めする品ですので、選りすぐりの――」


「ではその“選りすぐり”の根拠は? 具体的な等級や産地、記録は?」


 畳みかけるように問われ、商人の顔から血の気が引いていく。


 セリーナは静かに言った。


「私は、家計を立て直す責任を背負っています。取引を続けるなら、今後は“正当な価格”でお願いしたい」


「……で、ですがお嬢様、わたくしどもは先代の頃より――」


「ええ、伝統と信頼には敬意を払っています。でも、“信頼”とは“価格を誤魔化しても許される”という意味ではないでしょう?」


 商人は、とうとう言葉を失った。


 その日の夕方、仕入れ価格は即座に見直され、過去の差額の一部も“謝罪”として減額されることとなった。


 交渉を終えたあと、セリーナは窓際で冷えた紅茶を口にした。


「……やっぱり、言ってみるものね」


 ハーヴェイが、いつになく口元をほころばせた。


「まるで――商会長のようでございますな、お嬢様」


「褒め言葉として受け取っておくわ。次は……供給ルートの多様化かしら」


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