表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/11

第1話 悪役令嬢に転生してまず、家計簿から

 あの日も、終電だった。

 駅のホームは冷え込みが強く、私の足元にはすでに黒く凍った雪がへばりついていた。

 胸ポケットには、コンビニで買った見切り品のサンドイッチ。レジ横の値引きシールを何度も見直して、ようやく買った198円の晩ごはん。


「もう……二月だよ。寒すぎ……」


 吐く息は白く、身体の芯まで冷え切っている。

 残業、残業、残業。終電で帰ってシャワーを浴びて、気づけば午前二時。睡眠時間は三時間。

 今日も、明日も、その次も。

 “これが普通”になったのはいつからだったっけ。


 国立大を出たのに、大手には全部落ちた。

 面接で「氷河期なので厳しかった」と言ったら、「言い訳ですか?」と鼻で笑われた。

 ようやく内定をもらったのは、社員20人足らずの小さな商社。

 給料は手取り14万。家賃と交通費を差し引いたら、毎月使えるお金は4万円もなかった。


 それでも、生きていくしかなかった。

 親には頼れない。恋人もいない。結婚? 出会いすらない。

 投資? 貯金? なにそれ、美味しいの?

 年金の支給開始がまた延期になるって聞いたときは、本気で未来が怖くなった。


 日々の仕事も、評価されない。

 上司のミスをかばって、部下に怒られて。

 それでも「私は間違ってない」って、自分に言い聞かせながら、毎日を耐えた。


 ああ、そうだ。

 社会保険料高くなりすぎ。もう生活できないよ。

 通帳の残高を見て、ため息が出た。先月よりマイナス5,000円。


 何もしてないのに、何かが奪われていく。

 生きてるだけで、お金が消えていく。


(こんな人生……私、間違ってたのかな)


 ふと、そんな考えが頭をよぎった。

 足元のマンホールが光った気がした。

 次の瞬間、視界が真っ白になった。


 目を覚ましたとき、私はふかふかのベッドの上にいた。


 天井には見たことのない彫刻が施されていて、壁は白い石と金色のモールディングで飾られていた。

 手触りの良すぎるシーツ。起き上がると、絹の寝間着がするりと肌をなでる。


「……ここ、どこ?」


 そうつぶやいた私の声は、いつもより高く、柔らかかった。


 扉が音を立てて開き、ひとりの少女が飛び込んできた。

 レースのフリルをたっぷりあしらったドレスを着て、栗色の髪を二つに結んだ、まるで絵本から出てきたようなメイド。


「お、お嬢様っ! ご無事で……っ!」


 少女――ミリーと名乗るメイドは、涙を滲ませながら私に抱きついてきた。

 そのとき私は、完全に確信した。


(……これ、転生してる)


 鏡に映った自分は、金髪碧眼の美少女。

 身体は10代前半くらい。だけど頭の中は、32歳ブラック企業勤めアラサー女子のまま。


 状況を整理すると、私は侯爵家の長女「セリーナ・ミルフォード」として生まれ変わったらしい。長女とは言っても跡取りの兄と妹がいる。

 しかもこのセリーナ、貴族界隈では“悪役令嬢”として有名だった。浪費癖と高慢な性格で婚約破棄され、没落寸前の実家に戻され、倒れて高熱を出していた……らしい。


(ってことは、あれか。死んで入れ替わったパターン)


 アラサーの理屈っぽい脳みそは、すぐに情報を分析した。


 私が今いるのは、領地にある屋敷。とはいえ経済状況は思わしくなく、もはや“没落寸前”。

 メイドの人数も減らされ、馬車も修理できず、食卓の品数も明らかに減っているという。


 つまり、私が最初にすべきことは――


「ねぇミリー、この家の帳簿って、見られる?」


「え……帳簿、ですか?」


「うん、支出とか収入とか、家の経済状況を知りたいの。あと、台所の備蓄も確認したい。お米ってある? あ、米じゃないか。主食はパン? 麦?」


 ミリーがぽかんと口を開けた。


「せ、セリーナお嬢様が……そんなことを……?」


「うん。ちょっと色々、考え直したいの」


 私の目には、あの月末の通帳がはっきりと浮かんでいた。

 もう、あんな風に、何もしなくてもお金が減っていく生活はいやだ。


「まずは、収支の見直し。次に支出の削減。節約は、私の得意分野よ」


 私はベッドを降り、袖をまくった。


「悪役令嬢? 浪費家? そんなの、全部過去の話。今の私は――」


 言いかけて、口角を上げた。


「“節約令嬢”よ。覚悟しなさい、家計簿」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ