第098話〜ケイミィ②〜
たくさんの毒薬とポーションをたずさえて、山狩り部隊へと参加するケビン。
目指すは北の山である。
「お父さん⋯⋯」
村の入口で、ケイミィが心配そうに両手を合わせている。
「心配すんなケイミィ! サッと行ってザッと帰ってくらぁ!」
そして、ケイミィの頭を優しくなでた。
「絶対帰ってくる、絶対だ」
その言葉に、ケイミィも覚悟を決めた。
「約束⋯⋯!」
二人は小指を結び、
「ゆーびきーりげんまん、うーそつーいたら激痛ポーションのーます!」
と、唄う。
これが、二人の最後の別れとなった。
――――――
霧のような雨の降る、初春の夜。
遺体すら残らず、父、ケビンはミノタウロスに殺された。
「すまぬ、ワシが不甲斐ないばかりに⋯⋯」
山狩りから帰ってきた人たちは満身創痍で、わずかな収穫しか無かったようだ。
「うそ⋯⋯」
ケイミィはヒザから崩れ落ち、視界がぐにゃぐにゃになるほどの衝撃を受ける。
「お父さん⋯⋯?」
呼吸を整えることが出来ず、心臓が破裂するほどに脈打っている。
震える手で顔をさわり、ダストンの報告を脳が理解しはじめたとき。
彼女は大絶叫し、その場に倒れた。
――――――
目を覚ますと、ベッドの上で仰向けになっていた。
視界がボヤけ、身体が熱い。
ノドは腫れ、うまく呼吸が出来ない。
ふと、隣のベッドを見ると、ガリガリにやせ細った母、ミザリィの姿。
どうやら、クルトの診療所らしい。
ケビンが亡くなった事実を受け止められないケイミィは「ハッハッ⋯⋯」と、短い呼吸を繰り返している。
だんだん脳が酸欠となり、視界が暗く、せまくなっていく。
(お父さん⋯⋯お母さん⋯⋯)
すると、部屋に誰かが入ってきた。
「危険な状態だよ、精神的なショックで免疫が落ちちまったみたいだ。そこを病原菌にやられたね⋯⋯」
「ケビンが命がけで作った薬は一つ⋯⋯」
深い水の底から聞こえるように、かすかに話し声が聞こえる。
(ブライ? クルト⋯⋯?)
気を抜けばすぐに意識を失いそうな中で、ケイミィは必死に耳をかたむけた。
「⋯⋯ケイミィを助けよう」
ブライの声がする。
「彼女は錬金術師だ。死なれては困る」
「⋯⋯それしか無いのかね」
(⋯⋯困るって⋯⋯なに?)
クルトがケイミィの肩を叩き、多少意識があるのを確認すると、上体をおこし、ポーションを口に流し込む。
(⋯⋯イヤ⋯⋯⋯⋯イヤ⋯⋯⋯⋯お母さん)
とろりとノドを通る冷たい液体を感じながら、ケイミィの意識は途切れた。
――――――
目を覚ますと、診療所のベッドにいた。
ガンガンとうるさく鳴りひびく頭をかかえ、上体を起こす。
――隣のベッドには、もう誰も居なかった。
(母さん⋯⋯)
ゆれる焦点を必死に合わせ、まわらない脳を叩き起こす。
「お母さん!!!!」
ケイミィは裸足で駆けだした。
まだ寒さの残る村を、足がボロボロになるのもいとわず駆けまわる。
「イヤ! イヤだ!!」
そして、村のハズレで、地面に棒を刺し、手を合わせる大人たちを見つけた。
それが何を意味するのかを、ケイミィは理解してしまっていた。
「うわぁぁぁぁーーー!!」
地面にヒザをつき、墓標の前で祈るブライを、ケイミィは力の限り殴った。
周りの大人たちが必死にケイミィを止める。
「なんで!! なんでウチを助けた!! 職業持ちがそんなに大事か! 人でなし!!」
ケイミィは前髪で隠れた目から、大人たちをにらんで叫ぶ。
「お前たちもだ! 中途半端に行動して!! 誰も助けられなくて!! なんの為に国を出た⋯⋯なにが正義だ!! ふざけるな!!」
ケイミィのぐちゃぐちゃな心は、誰を憎み、誰に責任を押し付ければ良いのか⋯⋯。
どうしたら、この言いようのない怒りが収まるのか、わからないでいた。
すると、
「ケイミィの言う通りだ」
ブライが口を開いた。
「中途半端だったんだ、私たちは」
そして、ブライは、冷たい目をケイミィに向ける。
「だから、あえて言おう。私は、君を助けたことを後悔しない」
「ブライ⋯⋯! 貴様、なにを⋯⋯!」
ひどく取り乱すダストン。
ケイミィは大人たちの制止を振り切り、ブライの顔を思いっきり殴りつけた。
手の甲は割れ、ケイミィの拳と、ブライの口元から血が流れ落ちる。
「死ね⋯⋯」
ケイミィは、呪うように吐き落とした。
「死ね、死ね、死ね、死ね!!」
まだ焼けるように痛い肺と、腫れが残るノドを使って、全身で叫んだ。
「ブライなんて死んじゃえ!!」
その声、その涙は、大人たちの心に深く突き刺さった。
「山に挑むのは辞めよう、犠牲は増えるばかりだ」
こうして村人たちは、ビートが神託を得るまで、山での安易な狩りをしなくなった。
――――――
村の中央にある大きな木の下でケイミィがうずくまっていると、足音と共に、ふわりと花の香りがした。
頭になにかを乗せられたようだ。
その足音はケイミィの隣で止まり、温かい体温が肩に乗った。
ちいさく、鼻をすする音がする。
ケイミィはそれが誰なのか、わかっていた。
あんなに偉そうなことを言って、いざ自分がその立場になれば取り乱す。
『生きてる意味がない』と、同じことを考える。
サイテーだ。
そんな自分のために、涙を流してくれている。
(ウチは⋯⋯)
ケイミィの心に、白いアネモネの花が咲いた。
――――――
「いでぇーー!! ケイミィ!! なんじゃいこのポーションは!?」
オーガから受けた傷を癒そうと、ケイミィのポーションを使ったダストンが怒気をこめて言う。
「ニシシ⋯⋯それだけ痛かったら〜安易にケガしようなんて思わないでしょ〜?」
「なんちゅーことを思いつくんじゃ⋯⋯確かにこれじゃあケガするわけにはいかんが、ポーションに体力を奪われては本末転倒じゃろがい」
「命だいじに〜がんばってね〜」
そんな二人の近くを、ブライが通る。
――チッ
ケイミィはわざと聞こえるように舌打ちをした。
「ケイミィ、あのなぁ⋯⋯」
ダストンが呆れたように言う。
「な〜に〜? ウチ、ちょっと口がチュッてしちゃっただけなんだけど〜」
「はぁ⋯⋯お前さん、日が落ちたら両親の墓参りでも行ってこんかい」
「はぁ〜? 墓参り〜?」
「もう何年も行っとらんじゃろ。たまには顔見せてやらんと、さみしゅうて泣いとるぞ」
(⋯⋯行ったってよみがえる訳でもないじゃん)
ケイミィはダストンの言葉を無視し、いつも通り、ひとり家で寝た。
――――――
それからしばらくして。
寝付きが悪く、夜風にでも当たろうと外へ出たケイミィ。
(寂しがる⋯⋯か)
そんな非現実的なことを意識した訳ではないが、ダストンの言葉がフラッシュバックし、両親の墓参りに行こうと足を運んだケイミィ。
すると。
(な〜んでブライが居るかな〜)
長い髪をなびかせ、月夜と蝋燭の火を頼りに、墓標ひとつひとつに花をたむけるブライが居た。
木の影からそれを見るケイミィ。
(あ〜ぁ、今日はムリっぽいな〜。明日また来よ〜っと)
そう思い、踵を返した。
――――――
しかし、ケイミィが両親の墓の前で手を合わせることは出来なかった。
何日、何週間、何ヶ月、何年⋯⋯。
雨の日も雪の日も、毎日毎日、彼が居る。
(ブライ⋯⋯今日も居る⋯⋯)
年を重ねるごとに増える墓標の前で、一日に何時間も黙祷を捧げるブライ。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
そんな彼の姿に、ケイミィは勇気をもって踏み出した。
苔が生えてしまわぬよう、キレイにされた両親の墓標に向かって。
静かに目を閉じて祈る彼の横にたつ。
「隣、良い?」
ブライは驚いた様子でケイミィを見たあと、
「あぁ、もちろん」
と言って、黙祷を再開した。
遠くで鳥の声が聞こえる。
さわさわと葉をこすらせる神じゃらしたち。
「ごめんなさい」
ケイミィが、ぽつりとこぼす。
それは、重い、重い一言だった。
「⋯⋯⋯⋯私の方こそ」
そう言うと、ブライは立ち上がり、ゆっくりと屋敷へと戻って行った。
「ブライ!!」
そんな彼を、ケイミィは大きな声で引き止める。
驚いた顔で振り向くブライ。
「ウチ! ブライが村長で良かった!!」
ケイミィは彼に届くように、大きな声でさけぶ。
「⋯⋯ありがとう!」
そう言ってほほえんだブライ。
彼は、彼女に悟られないよう、静かに泣いた。
ケイミィは、彼の心をどれだけ救ったのか、知らない。
白いアネモネの花が、ほほえむように揺れた。