第096話〜人間とエルフは結ばれない〜
「俺、フィエルが好きなんだ」
その言葉にフィエルは、
「エータ⋯⋯」
と、静かに喜んだ。
すると、エルドラとドラシルの二人がとても驚いた様子で口を開く。
「人間とエルフが!?」
「誠か!? 使徒様!」
その様子は、むしろエータにとっては意外だった。
「え、エルフって人間からすると、とても美しく見えるのですが、そんなに変ですかね⋯⋯?」
「うつく⋯⋯!」
ポンッ!と顔が赤くなるフィエル。
エルドラとドラシルは顔を見合せ、思わず立ち上がってしまった身体を、ゆっくりとイスに戻す。
「い、いえ⋯⋯エルフは愛玩用として、人間に拉致されることも多い。変な話ではない。ただ⋯⋯」
「使徒様の身を案ずると、とても許可できませんな」
「???」
意味がわからず困惑するエータに、ブライが口を開く。
「エータ。エルフは寿命が長く、他の生物のような発情期がほとんど無い。義務として繁殖する」
「な、なんだよいきなり⋯⋯。俺の元いた世界でも、だいたい同じだよ。架空の存在だったけど」
ブライは顎に手をあて、出来るだけ真剣に話す。
「エータ、なぜ人間は万年発情期だと思う?」
「はぁ!?」
いきなり何言ってんだコイツ、と思ったエータだったが。
どうやら、真面目な質問らしい。
「⋯⋯なんでって言われても」
突然の質問に答えられないでいるエータに、ケイミィが助け舟をだしてくれる。
「そうしないと〜生き残れないからだよ〜。種としての生存戦略だね〜」
「な、なるほど⋯⋯」
納得するエータの横で、ビートが、
「どーゆーこった?」
と、またわからない様子だ。
そこでドロシーがフォローをしてあげる。
「すぐ死んでしまいますから、数を増やして生き残ろうとしたのですわ。ドラゴンのような強い生物は数百年に一度しか子を産みませんけど、ネズミのような小動物はたくさん産みますでしょ?」
ビートはパチンと指を鳴らし、
「なるほど! エルフは寿命がなげーし、秘術で住処もなかなか襲われねーから発情期が少ねぇのか!」
と、納得した。
「えっと、それでこの話がどう繋がるんだ?」
エータはブライに聞く。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「ブライ?」
なぜか黙ってしまったブライから、視線をエルフの二人に向けるエータ。
エルドラとドラシルも気まずそうだ。
「話し合いが進まないんだけど⋯⋯」
しびれを切らしたエータが、しんと静まり返った空気に口を出す。
「わかった、話そう」
観念したのか、ブライが話してくれるようだ。
「人間とエルフが⋯⋯その⋯⋯子供を作ろうとすると⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯死ぬ」
「ちょっと何言ってるかわからない」
食い気味でエータはこたえた。
「ふざけている訳ではないのだ、使徒様」
と、ドラシルが言う。
そして、エルドラが(なぜ実の子どもの前で⋯⋯)と、思いながらも、諦めたように口を開いた。
「エルフは繁殖期が非常に稀で、みじかい⋯⋯。そのため、確実に子をなさねばなりません。それで、身体の構造が特殊でして⋯⋯人間にとって、エルフというのは⋯⋯その⋯⋯」
エルドラは深呼吸をし、
「具合が良すぎるのです」
と、頭に手を当てて言った。
「つまり⋯⋯えっ?」
ようやく話が見えてきたエータの顔がみるみる赤くなっていく。
「気持ちよすぎて死ぬってこと?」
ブライ、ドラシル、エルドラは目をつむり、無言でうなずいた。
「ちょ、ちょっと夜風に当たってくりゅ!」
フィエルはたまらず集会所を駆け足で出ていった。
「なんの話をしてんだい、まったく⋯⋯」
たくさんの人達の命運をかけた話し合いが、まさかこんな方向に向かうと思っていなかったクルト。
彼女はそれはそれは大きなため息をついた。
エルドラはコホンと咳ばらいをし、話を続ける。
「エルフは愛玩用として攫われると言いましたな。美しい見た目や、高い魔力を利用する者がほとんどですが⋯⋯たとえ死ぬことになっても、行為におよびたいという者もおりまして⋯⋯」
ドラシルが口を開く。
「関係を持った人間の致死率がほぼ100パーセントなんだ」
「なんてこった⋯⋯」
つまり、王都侵攻のために子孫をつくらなくてはいけないが、一緒になりたいフィエルとは子供がつくれない、という事⋯⋯。
となると⋯⋯。
「やはり、イーリン、ディアンヌ、ケイミィと作るしかないね」
ブライはすっぱりと言いきる。
そこに戻ってきてしまう。
(それしか方法が無いのか⋯⋯?)
エータはどうにか、フィエルと結ばれる道はないのかと思案する。
と、ケイミィがバンッ!とテーブルに両手をついた。
「あのさ〜さっきからウチを頭数に入れてるけど〜なんなのかな〜?」
ブライの方をにらみつけるケイミィ。
「おや、イヤだったかい。それは失礼なことをした」
ブライはけろりとこたえる。
その様子に、ケイミィは思わず一筋の涙を流し、無言で集会所を出ていってしまった。
「ケイミィ!!」
ドロシーがケイミィの後を追う。
と、その前に⋯⋯。
「ごめんあそばせ。これだけはさせてくださいまし」
と言って、ブライの後頭部を思いっきり殴った。
「ぐっ⋯⋯!!」
マナ切れで身体強化を使えない彼女は、痛そうに手をひらひらさせている。
「すこしはケイミィの気持ちもわかったかしら?」
そう吐き捨てると、ドロシーは足早に集会所を出ていった。
「わかっているから⋯⋯だよ」
ブライは誰にも聞こえない、ちいさな声で言った。