第092話〜イーリンの中で生き続ける〜
ブバスティスに戻る前に、エータ、フィエル、ビート、ドロシーの四人は洞窟にいるイーリンの元へと向かった。
奥に向かうと、ダストンとギムリィの周りに氷が作られて居るのが見える。
どうやら遺体の腐敗をふせいでいるようだ。
そして、ギムリィの手を握るイーリンとその背中をさするクルトの姿。
「イーリン、クルト先生、騎士団からブバスティスを取り返した。ここはいつモンスターが来るかわからない。いったん村に戻ろう」
エータがそう言うと、クルトは「あぁ⋯⋯」と言ってイーリンの手を優しく引いた。
イーリンはギムリィの手をそっと胸に戻し、立ち上がる。
「遺体は村できちんと埋葬したい⋯⋯俺とビートで連れていこう」
そういうエータに、ビートは静かにうなずいた。
アイテムボックスにはきっと入る。
しかし、どうしても二人を『物』として扱いたくない。
「おばあちゃん⋯⋯」
エータの背中に乗るギムリィを見て、イーリンは改めて『ギムリィが死んでしまった』という事を実感しているようだった。
イーリンの目からまた涙があふれてくる。
「イーリン⋯⋯」
――トクンッ
(ん? なんだ?)
エータは、自分の中でなにか熱いものが語りかけているのを感じた。
(これって⋯⋯まさか⋯⋯)
エータは、イーリンの頭を撫でた。
そして、
「イーリンに渡したい物がある⋯⋯」
と、告げる。
「えっ?」
戸惑うイーリン。
そんな彼女に向かって手をかざし、エータは
――恩賞――
と言った。
すると、ギムリィの魂。
『火炎操作』がイーリンの中へ⋯⋯。
「あっ⋯⋯」
「わかる? イーリン」
「うん。おばあちゃん、感じる。私の中に⋯⋯」
暖かい光のような物を胸に感じ、ぽろぽろと涙をこぼすイーリン。
「いる⋯⋯いるよ⋯⋯」
イーリンは手をギュッと握りしめ、胸に手を置いた。
「エータ、何をしたんだい?」
クルトが不思議そうにたずねる。
「ギムリィの『火炎操作』をイーリンに渡したんだ。ギムリィがそうしたがってるようだったから⋯⋯詳しくは村に帰ったら話すよ」
クルトは「そうかい⋯⋯」と言って、イーリンと一緒に涙を流す。
「ギムリィ、良かったねぇ⋯⋯あんたの力、きっとこれからもイーリンを守るよ⋯⋯」
クルトのその言葉に、エータたちも目頭が熱くなった。
「ビート、お前にもダストンのアーツを渡すよ」
「いや、良い」
エータの申し出を断るビート。
「それはエータに持ってて貰いてぇ。親父もきっとそれを望んでる」
この言葉は半分ウソであった。
本当は受け取りたい。
だが、ビートは確信していた、
(今のエータには親父のアーツが必要だ)
と。
「そうか⋯⋯でも、気が変わったらいつでも言ってくれよな」
「おう」
ビートはエータの背中を見る。
(親父⋯⋯エータを守ってやってくれ)
そっと、亡き父のアーツに想いを託した。
出口に歩きはじめたエータを、クルトが呼び止める。
「奥にケイミィとノバナが居るさね」
ドロシーが口を開く。
「わたくしが連れて帰りますわ、エータたちは先に言っててくださいまし」
「ドロシー、君はまだ本調子じゃないだろう? 私も⋯⋯」
そう言いかけたフィエルはハッとし、
「いや、やはり君に頼もう。私のマナを分けておく」
と言って、ドロシーのマナを回復した。
そのやり取りを見て察したクルトは、
「すまないね、頼んだよ」
と、ぽつりとこぼした。
そうして、エータたちは洞窟を後にした。
――――――
ブバスティスに着いたエータたちは集会所へと向かう。
すると、
「んなぁぁー!! ボクちんの集会所がぁぁ!!」
と、ピグリアムが半壊する集会所の前で泣き崩れていた。
「あっ、わり⋯⋯俺がぶっ壊しちまった」
そんな彼を見ながら、ビートが気まずそうにポリポリと頬をかく。
「大丈夫だ、すぐ戻す」
エータは大工を持つ鴉天狗のチョウからジョブを回収し、その知識を活かして脳内で集会場を組み立てる。
そして⋯⋯。
「アイテムボックス」
半壊した集会所を回収し、新しい集会所を取り出した。
「よし、恩賞」
忘れないよう、すぐに大工をチョウに戻す。
「エータってあんな複雑な物を取り出せたか?」
「ジョブに目覚めたって言ってたからその影響かも」
「使徒様はすごい能力をお持ちで⋯⋯」
周りがざわついている。
「とりあえずゆっくりご飯でも食べよう、話はそれからだ」
疲弊したみんなをねぎらうために、さっそくピグリアムに腕をふるってもらう事にした。
――――――
久しぶりの集会所フル稼働。
キッチンではピグリアムをはじめ、料理人のジョブを持つものが右へ左へと大忙しである。
その中にはエルフの料理人、グリスもいた。
「グリス、体調は大丈夫なのか?」
「使徒様!! おかげさまで!!」
グリスはしゃべりながらも高速で野菜をカットしている。まさに達人芸。
「ピグリアムさんの知識がすごくてですね、新しい料理を学ぶのが楽しくて楽しくて⋯⋯料理人としてこんなに充実した時間ははじめてですよ!」
「おぉ、それは良かった」
なんとなく、料理人のジョブを持つ人は奉仕が好きなのかも知れない。
グリスとピグリアムに同じものを感じるエータ。
と、エルフの元族長エルドラと現族長ドラシルがエータの元へやってきた。
「使徒様⋯⋯この度はわたくしどもを救っていただき、感謝の言葉もございません」
「エルフ族を代表して、心より御礼申しあげます」
深々と頭をさげる二人に困ってしまうエータ。
「か、顔を上げてください! 当然のことをしたまでですから!」
「当然のこと⋯⋯ですか⋯⋯」
エルドラは思うところがあるようだ。
そんな彼に、息子のドラシルが言葉をかける。
「父上、私は使徒様が人間であることに意味があるように思います」
「そうだな⋯⋯」
エータは、疲弊した二人を見て、
「話し合いは、食事をしながらの方が良いものになると言います。どうぞこちらへ」
と言って、テーブル席へと案内した。
「お言葉に甘えさせていただきます」
二人は、エータに導かれるまま席についた。
「俺はブバスティス⋯⋯村のみんなに報告しなければならない事があるのでこれで⋯⋯。また後でお話ししましょう」
そう言ってその場を離れた。
――――――
壇上へとのぼり、声を張上げるエータ。
「みんな! 一角牛鬼の討伐! ご苦労さまでした!」
手を止め、エータのほうに集中する一同。
「みんなのおかげで伝説を超えるモンスターを倒すことが出来ました! 救えなかった命はあるけど、こうして、救えた命があります! まずはそれを素直に喜びたい! これもすべて、みんなの協力あっての事です! 本当にありがとう!!」
エータは頭をさげる。
パラパラと拍手をする一同。
「だけど⋯⋯!」
固く拳をにぎりしめ、歯を食いしばるエータ。
「みんなも知ってのとおり、俺たちが一角牛鬼の討伐に行っている間に王国のヤツらが攻めてきました! そして、ヤツらは俺たちの大事なものをうばって行った! だから⋯⋯」
エータはおおきく息を吸い込んで言った。
「俺は、王国のすべてを奪うことに決めました!」
ざわつく村人たち。
「王国のすべて?」
「いったい何をしようってんだ?」
そんな彼らを見て、エータは高く右手をかかげ、さけぶ。
「俺はこのブバスティスを『国』として興し、ラ・プリース王国の国王、ハロルドを討ちます!!」
先ほどよりも更にざわつく一同。
ブライが壇上のエータの元へ駆けよる。
「エータ、これはいったい⋯⋯」
みなが混乱するのも無理はない。
エータは村人たちに、ジョブに目覚めたことや、アーツを得たことを説明しはじめた。