第091話〜誰も悪くない〜
洞窟へと戻ってきたエータとフィエル。
洞窟の入口でエルフと村人たちが何やら話しあって居るようだ。
「エータ、フィエル、おかえり!」
「村を取り戻したんだってな!」
「ビートとドロシーから聞いたよ、体調はもう大丈夫なのかい?」
こちらに気付いたブライや村の人たちが歓迎してくれる。
「あぁ、遅くなってごめん」
エータはそう告げた後「なんの話をしてたんだ?」と投げかけた。
「エルフの里が牛鬼の毒で汚染されたようでね⋯⋯。人が住める環境になるまで、エルフのみなさんをどうするかを話し合ってたんだ」
「ブバスティスで保護すれば良いじゃないか」
エータは当たり前のように言う。
ブライと村人、そしてエルフの面々は難しい顔をしている。
すると、エルフの元族長エルドラが前へと出た。
「使徒様。その申し出、深く感謝いたします。しかし⋯⋯お互いに血を流しすぎました。きっと上手くはいきませぬ」
エータは(そうだった⋯⋯)と、自分の浅はかな発言を恥じた。
殺しあっていた者同士、いきなり手を取りあって生活しようなど無理な話である。
エルフの里の汚染は、エータとケイミィ、そして農家が何人か迎えばすぐにカタがつくだろう。
しかし、たとえ数日であっても、人とエルフが一緒に住んだらどんな問題が起こるかわからない。
「俺は⋯⋯」
エータは目を閉じ拳をぐっと握りしめ、意を決して言った。
「それでも、エルフのみなさんをブバスティスに迎えたい」
「エータ⋯⋯」
その言葉に、フィエルは胸に手をあてた。
エルフの人たちも「使徒様⋯⋯」と、エータを見つめ、どうするか迷っているようである。
人間は怖い。
しかし、人間も我らが怖いはず。
それなのに、我らを迎え入れようとしてくれている。
自分たちはどうすべきか。と。
「エータさん⋯⋯いえ、使徒様⋯⋯」
一人のエルフがエータの元へ寄る。
それは、人間の村を焼いたという女性、ライファ。
「あの⋯⋯数々の御無礼⋯⋯本当に申しわけ」
彼女が言いかけた、その時だった。
「キャー!!」
「やめろ!!」
「誰か!! ノバナを止めてくれ!!」
洞窟の方から叫び声が!!
一同がそちらを向くと、黒曜石のような物をするどく尖らせた『刃物』を持ったノバナの姿。
彼女は明確な殺意を持ってライファに向かって来ていた!
「ライファ!!!」
グリスが彼女を守るように前へ出る。
騒然とする場を律するように、エータは叫んだ。
「みんな動くな! 俺がなんとかする!!」
弓を構えるビートや、ノバナに走り出そうとしていたシロウは、その身をピタリと止める。
緊張と悲鳴。
――赤い血が、ポタポタと地面を染めた。
「また邪魔をするの!? エータァァァ!!」
エータは彼女の持っている刃物を手で受け止めた。
手のひらを貫通し、血がしたたり落ちている。
しかし、エータはそんなことを気にせずノバナを見つめた。
ノバナを取り抑えようと一同が動こうとした時、エータは「みんな、待ってくれ⋯⋯」と、優しく告げた。
「待ってくれっつってもよォ⋯⋯」
「あなた様になにかあれば拙僧らは⋯⋯」
ライオやクロウガは冷や汗をかきながらも、攻撃の構えのままエータの指示通りその場で待つ。
エータはぐっとノバナの手首を掴み、刃物を奪った。
「返せ!!!!」
ノバナは刃物を取り返そうと、エータの顔面や腹部を殴ったり蹴ったりと暴れまわっている。
「すぐそこに居るのに! みんなの! みんなの仇が!!」
うぅー!!と、ケモノのうめき声のように喉を鳴らすノバナ。
怒りで我を忘れているようだ。
「あんた、騎士団を殺したんでしょ!? それと何が違うのよ!! あんたは良くて私はダメなの!? なんであんただけ!!」
そんな彼女へ、エルフのライファが近づいていく。
「ら、ライファ!!」
ライファの手を取ろうとするグリスを、エルドラが止めた。
エルドラは真っ直ぐにグリスを見つめる。
そんなエルドラの真意をくみ、グリスは覚悟を決めたようにライファの背中を見送った。
「本当に⋯⋯申し訳ないことをした」
ノバナの足元で土下座をするライファ。
「は?」
暴れまわっていたノバナはぴたりと止まり、ライファを血走った目で見る。
そして、エータから刃物を取り返すのを諦め、土下座する彼女の元へ行き⋯⋯。
全体重をかけて思いきり彼女の頭を踏みつけた。
何度も、何度も、何度も⋯⋯。
「許すわけが!! ない!! だろ!!」
肉の潰れる音や、骨の折れる音が響く。
ノバナは「死ね」や「殺す」など、恨みを叫びながらライファの頭や胴体を踏みつけ続けている。
「も、もう止めた方が⋯⋯」
周りの人達は止めるべきか悩んでいるが、エータは「お願いだ。まだ待ってくれ」と、みんなに告げた。
グチャグチャと、痛々しい音が静かにひびく。
「うあああぁー!!!」
――グチャッ
ノバナは叫びながらライファの顔面を思いきり蹴りあげ、倒れる彼女の髪の毛を掴み、その顔を見た。
ライファの顔は、見るも無惨な姿になっていた。
歯は折れ、目元は腫れ上がり、美しいとされるエルフの顔はもう見る影もない。
「うっ⋯⋯」
その顔を見て、ノバナはひるんだ。
自らのおこないの悲惨さを実感したのだ。
目の焦点がブレ、激しく動揺するノバナ。
そんな彼女に、ライファは口を開いた。
「ごめん、なさい⋯⋯」
腫れて開けられなくなった目から大量の涙を流し、ライファはノバナに語りかける。
「ごめんなさい⋯⋯ごめんなさい⋯⋯」
はらはらと泣き続ける彼女を、ノバナは「う、うるさい!!」と地面へと投げた。
はぁはぁと肩で息を吸うノバナ。
彼女の精神状態が限界を迎えているのは、誰の目から見ても明らかだった。
(つらいよな⋯⋯ノバナ⋯⋯)
エータは騎士団を殺したときの感触を思い出していた。
べっとりとまとわりつくような、赤くて、どす黒い、あの感触を。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「ノバナ、俺はエルフたちをしばらくブバスティスで保護したい」
「ダメだ!! イヤだ!!」
「頼む」
目を閉じて顔を左右に振るノバナに、エータは頭を下げた。
彼女の口から「ぐぅぅ!」と声が漏れている。
「わ、私が悪いの⋯⋯?」
ノバナは目を見開き、両手で髪の毛をぐしゃぐしゃとかいた。
「私は⋯⋯私は被害者なのに! 私が悪いの!? みんな⋯⋯みんなそんな目で見ないでよ!! 見ないでよォ!!」
うめきながら錯乱する彼女に近づき、エータは優しく言った。
「ノバナは悪くない」
予想外のエータの言葉。
ノバナは呆気にとられている。
「ノバナが被害者なのは事実だ。だから、悪いことなんかひとつも無い。俺はノバナがエルフを受け入れられなくて当たり前だと思ってるし、殺したいほど憎んでいるのも、当然のことだと思ってる」
「⋯⋯⋯⋯」
言葉が出ないノバナ。
「でも、ごめん。それでも俺はエルフを助けたい⋯⋯。許して欲しいとは言わない、けど、どうか俺にエルフを助けさせて欲しい。頼む⋯⋯」
ノバナはすべてを理解した。
(そうか、私は邪魔なんだ。この世界に要らない存在なんだ。やっぱり⋯⋯やっぱりあの日、みんなと死んでいれば⋯⋯)
彼女はエータから地面へと視線を落とした。
「は、はは⋯⋯」
と乾いた笑い声を出しながら、ふらふらと洞窟へと戻ろうとする彼女。
そこへケイミィが、ノバナの無くしていた髪飾りを持って走り、彼女の肩を抱いて一緒に歩きだした。
「なに、けいみぃ」
ノバナは彼女のほうを向かず、地面を見たままボソボソとつぶやく。
「ノバナが心配だからね〜」
ケイミィはいつもの調子でこたえた。
「わたしのことはもうほおっといて」
「イヤ。傍にいる。絶対離れない。ウチはノバナの友達だから」
ケイミィは歩きながら、ノバナの背中をさすった。
「お願い、一緒に居させて。ノバナ」
その言葉にノバナはポタポタと涙をこぼし、無言で洞窟へと歩いた。
――――――
動けなくなったライファを、グリスが抱きしめる。
エータはディアンヌを呼んで治療を頼もうとした。
しかし⋯⋯。
「このままで居させてください。彼女の痛みを少しでも感じたいから⋯⋯」
彼女はかたくなに治療を受けようとしない。
エータ達はライファの意をくみ、止血だけに留めた。
(これが俺の選んだ道⋯⋯)
エータはこのやるせない気持ちに整理をつける事が出来ないでいた。
ノバナは被害者だ。なにも悪くない。
でも、自分が今からやろうとしている事は、たくさんの人をノバナと同じ想いにさせるだろう。
それを受け止める覚悟はある。
だが『他者に痛みを強要する』というのは、いざ目の前にすると想像以上つらい⋯⋯。
「エータ⋯⋯」
そんな気持ちを察してか、エータの手をフィエルがギュッと握りしめる。
「フィエル⋯⋯」
エータは顔を上げ、周りを見る。
「ビビってんじゃねぇ」
「エータ!」
すると、ビートとドロシーも、エータの目を見てうなずいてくれた。
(そうだ、俺は独りじゃない)
エータは深呼吸をし、
「エルフを含め、全員ブバスティスに帰還しよう。そこで話がある」
と、切り出した。
(もう二度と、悲劇は繰り返させない)
そう心に誓いながら。